3-15 嗚呼、他人事では居られない
嗚呼、終わる。終わってしまう。
流行りの劇のような断罪に可愛い姫様が裁かれてしまう。
確かに姫様も多少の可愛いオイタはしたが、それがどうした。止められる立場にいたくせに止める気概も愛した女を守る力もなかったくせに。
自分が助けられる訳でもないくせに、そんな女々しい恨み言を胸に仕舞いつつ、ちょっとしたハプニングとともに私は舞踏会の会場を辞した。
ちょっと待て。誰が家出の手伝いに巻き込めと言った。重責を勝手に乗せるな。
姫様?姫様ー?!
新たな土地と新たな出会いに目を輝かせないで、姫様ー!?
嗚呼、他人事では居られない。
「この国を背負う王太子としてここに婚約破棄を宣言する」
嗚呼、目の前で断罪劇が終わりを迎えようとしている。
気がついたら全てが終わろうとしていた。
正確には現実から目を逸らしていたら、だが。
嗚呼、結局私は中途半端な生き方しか出来なかった。
媚びの売り方も分からない、愛想笑いもぎこちない。
器量がいい訳でもない。要領は悪い方。生憎、場を読む力なんて元からなかったのだろう。
安寧を求めて長いものに巻かれたつもりが、巻かれたまま崖から落ちてしまった。
なんとなく着いていき、なんとなく尊敬し、なんとなく取り巻きとして振る舞い、何となく指示を仰いでいた主のような、友のような公爵令嬢はたった今、目の前で断罪されてしまった。
青ざめて崩れ落ちるさまもやはりどこか絵画のように美しい彼女。
駆け寄る私に非難の目がグサグサと刺さる。お前もこの不愉快な断罪劇の登場人物なのかと目が語っている。
嗚呼、私も彼女も、もっと上手くやれなかったのかという鈍い胸の痛みはあるが、この人につかなければよかったと思うような感覚は不思議となかった。
断罪者たちの足元で、いつも何となく一緒にいた取り巻きたちが大袈裟に泣き叫びながら自己弁護をしている。勝ち馬に乗った気でいるのだろうか?
嗚呼、結局。どこまでもどこまでも、どこか、わたしは他人事。
そのまま惰性で公爵令嬢の肩を抱き、頭を伏せさせ自分のショールで肩を巻いてやった。この国の王都は北部に近いせいか夜は随分と冷える。
するとそれが気に入らなかったのか王子の横で泣いていた聖女の声が余計に大きくなる。
「きさま、罪人を庇うとは何事だ」
失望したぞと王子と聖女を挟んで立っている我が婚約者殿が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
はて、侯爵令息とはいえ王族と同じ壇上に帯剣したまま立っていても問題はないのだろうか?
「庇ってなどおりません、ただ……話し合えば済むようなことをこのように衆目に晒しあげることはよろしくないと愚考したまでです。おふたりは婚約者ではございませんか。ましてや夜会の最中でございませんか、姫様の矜恃も尊重して穏便に済ませることが良いと思います」
腕の中の重みが急に増える。嗚呼、気が抜けて気絶したんだなとまたどこか他人事で支えつつ、手を上げると緊迫した雰囲気に負けずに、教育の行き届いた侍従たちが公爵令嬢を抱き抱えて移動してくれた。
「あとは互いの家の話と思いますれば、今宵我々は失礼致します」
一応、申し訳程度に頭を下げるとズカズカと婚約者殿が近寄り、手を振りあげる。
次の瞬間私は床に倒れていた。
どうやら、殴られたらしい。
グラグラ、視界が揺れる、揺れた。揺れている。
婚約者殿がなにやら騒いでいたが、周りの悲鳴も入り交じり、耳がぼわぼわとぎぃぎぃ、変な音を立てて聞き取れない。視界が赤く染まる。顔の半分が熱い。嗚呼、侍従を呼んだ時についでに私も抱き上げてもらえばよかったと若干の後悔を抱きながら意識を手放した。
地面が回る、世界が回る、自分の頭は逆回転。
当たり所が余程悪かったのかわたしは2ヶ月たっても目眩に耳鳴り、片目、片耳に後遺症が残った。令嬢として傷モノになってしまったがあの婚約者殿に貰われるのはさすがに他人事で済ませられなかったため、公爵令嬢のお父上のお情けでとある修道院に療養することになった。
なぜか公爵令嬢も着いてきているあたり罰を受けているというアピールなのだろうかと邪推をしつつも、馬車の中で抱きついてきた令嬢の肩を撫でる。
「姫様、どうかなさいました」
「あなたが、あの夜会で叩かれたときいて」
「ええ、婚約者殿がおいたをしましたね」
おいたじゃすまないじゃないか。と声を張り上げる令嬢、申し訳ないがその声に耳鳴りとぐわぁんと世界が揺れる気配を感じて奥歯を噛み締めると令嬢は慌てたように白魚のような手で自分の口を塞ぐ。
「ごめんなさい、あなたいま体が辛いのに」
「いえいえ、姫様の声が辛いわけがありません」
「そういうの、やめて欲しいと言いましたわ」
「なあなあに生きてきたゆえのくせです。お許しを」
「だめよ、直して」
「そんなぁ」
しばらくして崖道で馬車が唐突にとまった。罠か?
さすがにこの令嬢を亡き者にするほど王子達も馬鹿ではなかろうと思いつつも背中に庇う。
ドアから顔を出した御者は好々爺とした人物で昔から令嬢に甘い使用人のひとりだった。
「姫様、孫がそろそろ迎えに来ますで、じいはこのまま馬連れて孫と帰ります」
「姫様?ここどう見ても山道ですよ?」
「じぃ、ありがとう。お孫さんによろしく。それと、ばぁやのお墓参り、これから行けなくなるのごめんなさいね」
「いえいえ、一年かそこらお世話をしただけの家内に毎年墓参りしていただいただけでこのじいがどれほど嬉しいか分かりますまい」
「感動的なところ申し訳ない、お二人とも私が目に入ってますか?」
トントン拍子で話が進んでいく。使用人はニコニコ笑いながら近くの崖に荷台の箱から出した馬の死体のようなものをぼちゃぼちゃと落としていく。だいぶ用意周到だな。
「ねえ、一緒に来てくれるでしょう?」
「お膳立てが強引すぎませんかね」
「でもこうしないと私もあなたもあの王子とあのバカと結婚することになるのよ?」
「まあ、国の政略ですから」
「おねがいっ」
令嬢が肩を掴む。ラピスラズリのような藍に金を散らした夜空の瞳が私を見つめる。令嬢が顔をちかづけると同時に瞳の中の私も近付き、ぐぅ、と世界が自分と重なるような感覚があった。
「あなたが来てくれないと私一人で平民として生きていかないといけないわ」
「あー、それはまずい」
「でしょう?」
「ちなみに姫様、硬貨とか見た事ありますか?」
「……?印章でお買い物してるわ、お父様もこれを使いなさいって」
「覚悟の割には準備が足りてないなぁ!」
そのお父様から逃げてるんでしょうが。
嗚呼、これは他人事ではいられない。
なぜならしれっと従者は迎えに来た孫と一緒に馬に乗ってどこかへ帰るついでに手際よく馬車を谷底へ落とし、そのついでにその孫が落ちていく馬車に魔法で破裂する火矢を射るという謎の離れ業をこなしていったからだ。なんだアレ。
これは、もう当事者でしかいられない。
私だけこの冬の森に取り残される訳にはいかないし、姫様に何かあってみろ。私と従者が死ぬ。誇張なしに死ぬ。
あのジジイ、勝手に自分と一族郎党の首を私の背中に乗せて生きやがった。しかも世間知らずの姫様の世話といういちばん大切でめんどくさい仕事を押し付けて。
「近くに馬車を停めてあるの、じいのお孫さんのお嫁さんのはとこが住んでいる街まで送ってくれるそうよ」
「信頼していいんですかその限りなく他人というか本当に他人ですよ?」
せめて直系であってくれ。傍系でもなんでもないだろう。
「大丈夫よ、じいやの知り合いだもの」
「姫さま、姫さま。本当に警戒心をどこかの夜会に置いていきました?社交界でだれそれの知り合いは信用しちゃいけないって鉄板ですよね?」
「大丈夫、何かあったらじいやの首が無くなるのよ?」
公爵令嬢。すっごく公爵令嬢。呆れと感心が混ざってなんというかなんとも言えないこの気持ちよ。
引っ張られるまま待ち合わせ場所に着くと赤毛でそばかすのある愛嬌のある顔の若い男が呑気に手を振っていた。
「おーい、嬢ちゃんたちが駆け落ちの2人か?」
「駆け落ち???」
「親の決めた結婚から逃げるための逃避行なんだろ?駆け落ちじゃねえか」
「絶対違う」
怖いものなどないのだろか?そんなケラケラと笑うなんて。その馬車に自分の首を乗せるなんて考えてもないのだろう。座面もクッションもない荷台に座る。さすがに姫様の尻に青あざを作る訳にも行かないので持ってきた布物を全て姫様の座る場所に置いた。
「行く場所は決まってるんですか?」
「オレの故郷。今から出ると夕方には着くよ。黒い桟橋の港とかポッドパイの街って呼ばれてんだ」
「ポッドパイ?なにかしらそれ!」
「堅く焼いたカップ型のパン生地やパイ生地に潰したじゃがいもを塗って、中にスープやショートパスタをいれるんだ。同じくじゃがいもを塗ったパンの蓋で蓋したらほいこれ。冷めない、腹にたまるうんまい飯の完成」
手渡されたポッドパイとやらを受け取るといつ作ったのか知らないが確かにじんわりと温かい。一緒に差し出された木彫りのスプーンは少し歪んでいたがとても丁寧に作られていた。蓋を開けると小さく刻まれてよく煮込まれた根菜と魚、鶏肉の匂い。潰したじゃがいもにはローズマリーが混ぜこまれているのか匂いは重くない。根セロリとネギのほこほこした甘み、じゃがいもと豆のおかげかとろみがついたスープと中に魚の詰め物のしてあるショートパスタ。冬の寒さ抜きにしても美味しい。
「美味しいわね」
「ええ、とんでもないことに巻き込まれたのを許しそうになる程度には美味しいです」
「あらいやみ?」
「分かります?」
「……わたくしもこれ、作れるようになるかしら」
「……まずは、まずは……いや、まあ努力は大事だと思いますよ」
馬車が小石で跳ねた。やはり尻は痛かった。





