3-13 experiment
僕は、高校からの下校途中に誘拐される。目覚めるとそこは四方がコンクリートに囲まれた個室だった。目の前にはVRゴーグル。戸惑う僕の頭上から声が降ってくる。「九十九人を、指定された手口で殺してください」。――指示を出した少女の目的は?
九十九人を、殺した。……殺し、終えた。
全身が、おびただしい量の血に染まっている――錯覚。
この手に包丁を突き立てた感触が残っている――錯覚。
空間には眩むような死の気配が残留している――錯覚。
全部紛い物、だから、僕は誰も殺していない。
VRゴーグルを外し、天井を睨んだ。
「終わったけど」
スピーカーからノイズが走る。直後、
『……驚きました』
幼くもなく年老いてもない、かといって成熟しきっていない少女の声が降ってきた。
『なんのリアクションも取らず、ただの報告だけとは。実はヒューマノイドだったりしません? カタコトさん』
その声は清涼剤になり、場に満ちた血生臭さを浄化していった。……ダウト、元よりここには何もない。
「片吹だ。あんた、最上だろ」
『おやひょっとして有名人だったりしますか、私』
「有名人だろ。ご令嬢さん」
『そんな名前じゃないですね』
鬱陶しいな。
このままだとペースに乗せられる、ので深呼吸。白く、クリアになった思考が、なすべきことを導き出した。
「――あんたはなんで僕を拉致監禁したうえで脅してきたんだ」
そう、現在進行形で僕は犯罪被害に遭っている。
下校途中に突如ワゴン車に詰め込まれ、気が付いたら六畳一間のコンクリート空間に放り出されていた。そこから紆余曲折あって僕はVRゴーグルを被り、コンクリルームで計九十九人を仮想現実で殺す羽目になったのである。
刺殺、毒殺、焼殺、絞殺エトセトラエトセトラ、まさに殺人手段の博物館! ……当然だけど、現実ならこんなうまいこと人は殺せない。僕はそれをよく知っている。所詮は誰かがプログラムして、誰かが構築した、都合のいい現実(世界)なのだ。
『そうですね、お題は達成したのです。無事合格です。いえーい、ドンドンパフパフ』
九十九人を殺せと命じたときと、今の軽薄さのギャップに頭が痛くなってきた。
咳払いをひとつし、彼女は告げる。
『わたし、最上 紫月の姉、最上 翠月を殺した犯人を、突き止めていただきたいのです』
僕の父親は、大量殺人鬼だ。殺人犯でも殺人者でもなく、「殺人鬼」。あの男の所業を語るには、これ以上なくぴったりな表現だった。
そんなわけで僕は世間様からありとあらゆる罵詈雑言と怨みを頂戴し、暗黒の小中学生時代を送ることになった。名前を変えたいと渇望し続けて三年、殺されることなく無事十五歳を迎えた僕は速攻家庭裁判所に駆け込み、変更手続きをしたのでした。そこでめでたしめでたしとならないのが現代日本。とうの昔に僕の個人情報は筒抜けで、僕の一挙手一投足は大衆に消費される運命でした。めでたしめでたし。
「聞こえてるか」
『はい。ヤマザキさん』
「片吹だ。あんたの身内が殺されたという話は聞いたこともない。報道も噂も一切。さっきの話は本当か?」
『yes』
無駄に発音が良いな。さすが帰国子女。
『我が家のおねがい、もとい、圧力で報道規制いたしまして』
「なんてこった、報道の自由はないのかこの国は」
『今回にいたってはありませんね』
室内にあるどこかのスピーカーからスプリングがきしむ音がした。
『だって犯行手口が、花糸木 《かしき》 真維の三十八件目そのものなのです』
全身が固まった。内臓まで石化してしまったようで、呼吸がうまくできない。
かしき まい。
その文字列を聞くだけで吐き気と、腐臭と、愛情と、憎悪とがいっぺんに襲ってくる。上下左右の間隔が揺らぎ、今と過去が混ざる。コンクリートの地面が、瞬きの間に、木造の床へと変わる。
欲しいおもちゃがあった。こつこつ貯めたお年玉ではわずかに届かない値段の。
父は言った。――パパのお手伝いが出来たら、お小遣いをやろう。
僕は答えた。――わかった、がんばるね。
お小遣い欲しさ半分、父が褒めてくれるのが嬉しいのが半分で引き受けたのだ。
子どもにはよくある一幕、そして、「ひとごろし」を手伝った最古の記憶。
『――コトブキさん』
一瞬にして僕は、過去の映像から抜け出した。そのトリガーが名前の言い間違いというのが癪だけど。
「片吹だ。それで?」
『つまりは事件が事件です。これで犯人が調子ずいたら大変でしょう?』
スピーカーの奥からスプリングがきしむ音がした。
「……その日の僕のアリバイは?」
『姉の死亡推定時刻にお惣菜買ってましたね』
「品物は」
『からあげと揚げ餃子です。どっちも揚げ物なんてセンスがないですね』
食い合わせは僕の勝手だろう、という突っ込みは置いておいて。
それなら事件が起きたのは第一火曜日だ。スーパーに行くのは十六時以降、滞在時間は十五分と決めている。つまり十六時から十六時十五分の間に紫月の姉、翠月は殺されている。
「で、ここまで聞いておいてなんだけど。あんたの『九十九人を殺せ』というお題は達成してるんだ、出してくれないか。そして僕は潔く警察に駆け込む」
『まあまあお堅いことをおっしゃらずに』
なぜか紫月がゆるりと微笑んだ――気がした。
『お休みになるお部屋とルームサービスは用意しております、どうぞ、ごゆっくり』
言い終えた瞬間プシュッと炭酸の抜けるような、場違いな音がした。反射的に肘で口元を覆った。催眠ガスだと直感すると同時に、長時間息は止められないと判断する。……まったく我ながら憎らしいぐらいに冷静じゃないか! 自嘲し、僕は抵抗を諦めた。
1
たとえ話。生まれながらにして家に電子レンジがある。当たり前に存在し、使い、いつ何時も恩恵を受けてきた。家のどこかにレンジが置いてあることに不思議だとは思わないだろ?
僕だってそうだ。時折、家に女の人や男の人が代わる代わるにやってきては一夜にして消えるのが「日常」だった。
ある日、一人の女の人がやってきた。こんにちはと挨拶をすると、こんにちはと頭を撫でてくれた。
『では――善行をしよう』
そう呟くと父は、お茶を飲んで寝てしまったその人の口をガムテープでふさぎ、腕を縛り上げた。気を失った女性を担ぎ上げ、父が出ていく。僕はそれを横目に、夕方のアニメを見ていた。
呼ばれたのは、エンドロールが流れているときだった。手伝ったらお小遣いをやろう。甘言に乗せられ、父と共に向かったのは地下だった。そこには大小様々な多種多様な箱があった。人が寝そべれそうな大きなものから、人一人が体育座りをしなければ入れなさそうな小さなものまで。
父が言う。
『お手伝いのルール説明だ。箱を開けていってほしいんだ。順番はどれでもいい。ただし、これは競争だ。中身があるのが当たり。パパが先に見つけたら、お小遣いはなし。どうする?』
金欠で甘えたがりな僕は、一も二もなく「やる」と頷いた。よーいドンの合図で、片っ端から箱の中身を見ていった。空、空、空――箱の数は減っていき、残りは片手で数えられるぐらいになった。どちらにしようかなの歌を歌いながら、父が箱を選んでいる。結果僕は父に選ばれなかった箱を、開けた。
『あ』お姉さんがいた。なるほど、かくれんぼだったんだ。『みつけた』
『お、運がいいなぁ』頭を撫でながら、父は笑う。『パパの負けだ。じゃ、蓋をしよう』
お姉さんが必死に首を横に振る。くぐもった声が聞こえた。犬がワンと吠えるように、猫がニャーと甘えるように、ニンゲンにも日本語以外に鳴き声があるんだと思っていた僕は、父の言う通りにした。
お姉さんが隠れていたのは人一人がすっぽりはいってしまう、隙間のない箱だった。僕が蓋をかかげると、箱が暴れた。これでは閉められない。困って父を見れば、ウィンクをされた。直後ごっ、と音が鳴る勢いでお姉さんの入った箱を蹴った。ガタが来た洗濯機みたいな震えが止まる。
今度こそ、僕は蓋をした。一か所だけ丸く穴が開いている、奇妙な手作りの木板。
父は蓋全体に重しを乗せ、ホースを穴に差し込んだ。繋がっている先は真四角の銀色の装置だった。スイッチを入れるとゴウンと稼働しだす。その機械がなんだか僕にはわからなかった。ただ地響きのような稼働音に混ざって水の音が聞こえた。
大きな銀の箱と、木の箱。読んでもらった舌切り雀の話を思い出していると、父は「戻ろうか」と僕の手を取った。僕も、その手を握り返した。
手をつないで地上に上がる。宣言通り、僕は父から小遣いをもらった。五百円。これでおもちゃを買いに行けるし、なんだったら三百円あまるのだからお菓子も買おう。ほくほくと硬貨を握り締め、幼い僕はおつりの使い道を考えていた。
――お姉さんのことなど、もうすっかり頭から抜け落ちていた。





