⑤
手元にはバキバキに折れた扇子を持って、女性たちを蹴散らす勢いて馬車に乗って去って行ってしまった。
おそらく彼女の侍女であろう人たちは「サンドラ様……! お待ちください!」と、彼女を必死に追いかけていく。
オリヴィアは真紅の絨毯が敷かれた長い廊下を進んでいく。
自分の順番までもうすぐだ。
(あんな綺麗な令嬢でもダメなんて……どうやらなかなか厳しいオーナーのようね。わたしは受かるかしら)
一気に自信がなくなってしまう。不安を抱えたまま足を進めていた。
廊下の端では先ほど逃げ帰った令嬢と同じように、豪華に着飾った令嬢が佇んでいる。
おしゃれに疎いオリヴィアでもわかるほどに高級なドレスや小物を身につけており、頭のてっぺんから足先まで美しい。
彼女はまるで人形のように動かなかった。
しかしピンク色の瞳がギョロリと動いたことで生きているのだとわかる。
前髪はまっすぐ切り揃えられており、ミルクティーのような髪色とピンク色の瞳。
ビスクドールのように白い肌。小さくて桃色の唇、長いまつ毛。
レースやリボンがふんだんに使われたかわいらしいドレスから伸びる手足は触れただけで壊れてしまいそうなほどに細かった。
オリヴィアはかわいらしい彼女を凝視していた。
きっと男性に守られて愛されるために生まれてきたのだろう。
予想ではあるが、彼女はここの娼館で働いているのではないだろうか。
(ここまで美しくないと働けないのね。わたしは……絶対に無理そう)
健康的な肌に自然と勝手に鍛えられてしまった引き締まった肉体。
髪もクシでとかす程度で、ほとんど手入れはしていない。
毎日の家事と動物の世話、食糧を得るために山にばかりいるせいかガサガサになっている。
つまり彼女とは真逆だ。
(でも、ここで落ちるわけにはいかない……! お母様を助けるためだもの。どんなことだって耐えられるわ)
働けないのならこの際、下働きでもなんでもいい。何が何でもしがみつかなければならなかった。
数日分の薬しかないため、数日稼いだら一度辺境伯邸に帰らせてもらえるように交渉しなければならない。
(それもわたしの働き方次第よね。がんばらないと……!)
オリヴィアが懸命に考えていると、どこからか感じる視線。
ビスクドールのような少女がこちらを向いていることに気づく。
(……何かしら)
しばらく視線が交わったあとに、わずかに口角が上がったような気がした。
すぐに視線は逸れてしまったが、まるで馬鹿にするような態度に、いい気はしない。
オリヴィアが何か言いたいことがあるなら言ってくれと告げようとするが、十人ほど前に並んでいた女性が大泣きで走り出して行く。
列が進んでしまい、彼女に声をかけるタイミングを逃してしまった。
前の女性たちは面接に落ちてしまったのか、泣いたり怒ったりして部屋から出てくる。
ついにオリヴィアの番となった。
扉が開くと、見覚えのある人物が現れた。
「お待たせいたしました。こちらにどうぞ」
「…………え?」
先ほど屋敷の門でジョセフィーヌを預けた金髪の少年が現れたではないか。
たしかに移動する時間はあったかもしれないが、不思議に思えた。
「驚かれましたか?」
まるで見透かすようにそう言った少年にオリヴィアは瞬きを繰り返す。
しかしわずかな違いを見逃さなかった。
体は鍛えているのは先ほどの少年と同じだ。
顔の見分けはつかないが体格や声のトーンが若干違う。
「はじめまして、ですよね?」
「……!」
「もしかして双子でしょうか?」
同じ人物ではないとなると、オリヴィアには彼らが双子だとしか思えなかった。
金髪の少年はにこりと微笑んだだけで何も言葉を返すことはない。
「こちらにどうぞ」と、案内されたため促されるまま足を進める。
豪華な広い部屋の真ん中、大きなソファーが置かれていた。
そのソファが半分埋まるほどの巨体を見て、動きにくそうだと思ったのと同時に違和感を覚える。
彼は顔の上半分を仮面で隠していた。口元はでっぷりとした肉に埋もれている。
コバルトブルーの髪の男性が威圧感を放っていた。
彼が〝ロベール〟なのだろうか。
(貫禄があるけど、何かがおかしいわ)
今はそんなことを考えている場合ではないと首を横に振る。
オリヴィアはテーブルを挟んで椅子に腰掛けた。
(こ、こんなに緊張したのはお父様に前線に連れていかれた時以来だわ……!)
手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。
(ディルムーン辺境伯家を救うためには面接に受かるしかないのよ! 落ち着いて言葉を選びましょう)
相手を観察していると、頬と顎の贅肉に埋もれている薄い唇が開いた。
「どうせお前も金目当てなのだろう?」
「……あっ」
「この程度に耐えられないのなら今すぐ帰れ」




