④⑥ ロベールside4
「……まさか肉に負けるとはな」
ロベールのひとり言が静かな部屋に響いた。
それも当然のことだろう。最初の出会いは最悪。
オリヴィアを金で無理やり妻にして、札束で頬を叩いた。
利害関係の一致していたら、そのほうが心が痛まないと思った。
一年経ったら解放すればいい。
ディルムーン辺境伯の事業を助けたのも、後々うるさく言われないために恩を売るという打算的な考えからだ。
彼女ことを最初は何も思っていなかった。
ただ今まで出会ってきた女性とは何かが違う。それだけは確かだった。
ロベールは気持ちよさそうに寝息を立てるオリヴィアの唇にこびりついたよだれの跡を拭った。
食に執着しているのは、極貧生活を送っていたからだろうか。
「ん…………むっ!」
「……!?」
するとオリヴィアがロベールの指に噛み付いた。
ガリガリと歯で噛まれて味わっているが、それすらも愛おしいと思う自分がいた。
ロベールはどこか壊れてしまったのだろうか。
(オリヴィアと一緒にいたい。彼女のように心惹かれる人は初めてなんだ)
馬鹿みたいに素直でまっすぐ。
ディルムーン辺境伯譲りの図太さを発揮したかと思いきや、変なところで遠慮をして控えめだった。
肉塊を要求したところもそうだ。
ロベールは次の日の食事からオリヴィアの肉の量を増やすように指示を出した。
オリヴィアの願いを叶えたくて仕方ないのも、彼女に喜んでほしいからだ。
誰かを喜ばせたいなんて初めて思った。
ロベールはこうすることしか愛情を示す方法が思いつかなかった。
(オリヴィアはどうすれば俺のことを見てくれるようになるんだ? これ以上、彼女に嫌われたくない)
この二週間で屋敷を空けることになったのは仕事があったからだ。
だが、彼女の本性を炙り出すいい機会だと思った。
しかしロベールの予想を裏切る結果になった。
影蜘蛛たちを差別することなく、潜んでいる一人一人に声をかけて挨拶をしたらしい。
名前を教えてもらえずに拗ねていたと聞いたときには目玉が飛び出るかと思った。
屋敷の従者や侍女たちにもそうだ。
彼らはどこかに怪我をおっている。だが、そのことを指摘されたものは一人もいないそうだ。
毎回、シェフに『おいしかった』と涙ながらに感謝を述べたかと思いきや、暇だからというよくわからない理由で侍女たちの仕事を手伝っていた。
エリーも次第に遠慮しなくなったという。
だが、彼女はエリーを怒ったり咎めたりすることはない。
むしろエリーに怒られている。
それに午後は勉強を積極的に行っているそうだ。
ロベールがいないことすら気にしていない。
初夜をともに過ごさなかったこともそうだ。
まるでロベールなどいてもいなくても同じなのだろう。
後にいろいろと勘違いしているのだと知るが、彼女に翻弄されるばかりだ。
さらに驚くべきは何事にも動じない彼女の強さだった。
怪我を負った蜘蛛たちを淡々と応急処置をする。
そんな姿を見せられたら自分のオリヴィアへの決めつけた浅慮な考えが恥ずかしくなった。
ロベールが知っている女性像がガラガラと崩れていく。
それと同時に自分の甘さに落ち込んでいた。
彼らに怪我をさせたのはロベールの判断ミスではないだろうか。
エンバルト公爵家の当主として失敗は許されない。
影蜘蛛など使い捨てだと何度も何度もいわれてきたが、ロベールは冷酷になりきれない。
彼らはロベールを支えてくれる唯一の存在だと思えたからだ。
そしてロベールを惹きつけたのは、彼女の言葉だ。
『わたしがあなたのそばにいる』
それは孤独だったロベールが幼い頃からずっと欲していた言葉ではないだろうか。
こんなふうに人に好意を抱くことなど絶対にありえないと思っていた。
ロベールの闇に満ちた心に、初めて光が差し込んだような気がした。
そこからオリヴィアに何かを与えたくてたまらなくなる。
彼女を幸せにしたい、喜んでもらえたい……そんな気持ちになった。
この短期間で自分が、こんなふうに心変わりすることなどありえない。
どうにか彼女から好意を向けて欲しいと思ってしまう。
まるで初めて恋に落ちて浮かれている子どものようだ。
だがネグリジェも戦闘服と勘違いしているのも、初夜を手合わせと勘違いしていることもすべてがかわいらしいと思える。
(……ありえない。ありえないはずなのに……)
終始、ロベールはオリヴィアに振り回されっぱなしだ。
彼女との契約結婚をほぼなかったことにした。
オリヴィアは半分以上、理解できなかった様子だが今はそれでいい。
ゆっくりと誤解を解いていくしか道はないはずだ。
まずは最悪な印象を変えていき、オリヴィアの信頼を勝ち取っていきたい。
そのためにならなんだってしたい。
だが、心に巣食う闇は簡単に取り除くことはできない。
自分の使命や責任が蜘蛛の糸のように体に巻き付いていく。正気に戻れと訴えかけてくるようだ。
公爵家の使命とオリヴィア、どちらかを選択しなければならないとき、ロベールは間違いなく公爵家をとるのだろう。
そのとき、オリヴィアはどんな顔をするだろうか。
(このまま無関心でいられたほうが互いに幸せなのかもしれない)
きっとロベールはすぐにオリヴィアを裏切ることになる。
初めての気持ちに戸惑いながら彼女の頬に口付けると、ロベールは目を閉じた。




