④⓪
「エリー……これはどういうことだ」
「…………」
ロベールに睨まれたエリーは気まずそうにスッと視線を逸らす。
もう一度、名前を呼ばれて肩を揺らした。
どうしてエリーが怒られるのか不思議に思ったオリヴィアは、彼女を庇うように声を上げた。
「エリーは悪くありません。これは戦闘服ですよ!」
「……戦闘服?」
エリーは額を手のひらで押さえたあとに「申し訳ありません」と呟いた。
「はい! これを着て夜にロベール様を待ってました」
「は…………?」
ロベールはオリヴィアのやる気満々の様子を見て驚いている。
「それはどういう意味かわかっているのか?」
「もちろんです! 毎晩、体を動かして練習しましたから」
「……そんなにやる気があるとは意外だな」
ロベールがオリヴィアの顎に指を置いてクイッと上げる。
挑発されていると思ったオリヴィアは余裕たっぷりに口角を上げた。
「肉弾戦はあまり得意ではないですが、負けるつもりはありませんから!」
「……その姿で戦うつもりか?」
「もちろん! とても動きやすいですよ」
「だったら俺は負けてしまうかもな」
ロベールは負けると言いながら笑みを浮かべている。
それも余裕があるからだろうか。
それにオリヴィアに触れる手やこちらを見つめる表情が、以前よりずっと優しく思えた。
フッと笑みを浮かべたロベールは「楽しみにしている」と、オリヴィアの髪を軽く撫でる。
「エリー、オリヴィアの支度が終わったら教えてくれ」
「……。かしこまりました」
深々と頭を下げたエリー。
ロベールは双子を連れて、寝室から出て行ってしまった。
(何だったんだろうか……)
オリヴィアは首を傾げつつ、エリーとともに浴室に向かった。
──数時間後。
体が綺麗になり、いつもの戦闘服ではなくワンピースに着替えた。
寝室で休もうかと思ったが、怪我人たちが気になり裏口方面へと足を進める。
一時はかなり危ない状態だったようだが、応急処置のおかげでなんとか一命を取り留めたようだ。
医師たちに感謝されつつ、オリヴィアはエリーに休むように促されて寝室へと戻る。
安心したからか眠気が襲う。
寝室のベッドにはロベールが座っていて、難しい顔をしながら書類をめくっていた。
オリヴィアはエリーに促されるまま椅子に腰掛けた。
ミルクがたっぷりと入った紅茶はおいしそうだ。
「今回の件、礼をしたい」
「礼、ですか?」
「彼らもそう思っているはずだ」
音もなく現れた影蜘蛛たちは深々と頭を下げた。
その中の一人の男性は一歳ほどの子どもを抱えて、今にも泣き出してしまいそうだ。
「もしかして……あなたがマイク?」
「……はい」
女性が必死に名前を呼んでいたのは、どうやら自分の息子だっようだ。
オリヴィアは涙が溢れ出しそうになるのをグッと堪えた。
「マリアンを救ってくださり、ありがとうございます……!」
彼は影蜘蛛のまとめ役だそうだ。
マリアンとは夫婦だそうで、彼女を救ったオリヴィアに深く感謝してくれていた。
オリヴィアはマイクを抱っこさせてもらい小さな頭を撫でた。
ふわふわな髪、柔らかい肌に癒されていた。
マイクを渡して、深々と頭を下げた彼らは音もなく去っていく。
ロベールが影蜘蛛について説明してくれた。
彼らは孤児や行き場のない者たちがほとんどだそうだ。
厳しい訓練を繰り返して、生き残ったものたちで危険な任務も多く、最悪の場合命を落とすこともあるらしい。
それに屋敷で働いている人たちは任務に恐怖して働けなくなったものや、怪我で働けなくなったものたちを雇っているそうだ。
(ロベール様は、本当はとても優しい人なんだわ)
オリヴィアは社交界に出ていないため知らなかったが、彼らの存在自体が嫌悪されているようだ。
エンバルト公爵家は恐れられているものの、数えきれないほどの恨みをかっている。
オリヴィアに一年間、耐えろと言い続けたのも彼らのことがあるのかもしれない。
つまりエンバルト公爵家の名前を背負うだけで好奇な視線に晒されてしまう。
普通の令嬢ならば耐えられないそうだ。
それは貴族たちの悪事を暴くのが、大半彼らだからだそう。
影たちは気配を消していろいろな場所に潜む。
それから王家に仇なす悪人たちを裁いていく。
影蜘蛛たちはそんなロベールの手足となり、情報を集めている。
(だからディルムーン辺境伯の状況も知っていたし、ここまで手際がいいのね)
疑問に思っていたことが繋がっていく。
それにロベールの今までの行動の意図もそうだ。
(だからロベール様もこんなに警戒心があるんだわ。仮面をつけているのも、お金で選ぼうとしているのもそんな理由があったからなのね)
ロベールもこうして一年の契約結婚といっているが、それがオリヴィアのためなのだとわかる。
それに父に事業を教えていたり、アリスから守ろうとしてくれたのも、彼なりの贖罪なのだろう。
ぶっきらぼうで冷たく見えて、オリヴィアが嫌がることは絶対にしてこない。




