③⑨
父は戦で仲間を失ったとき、自分を責め続けていた。
兄も悔しさから慟哭していた。
地獄のような光景は悪夢として何度も苦しませるのだ。
けれど次の日には何事もなかったかのように振る舞わなければならない。
兵たちの士気に関わるからだ。
指揮者は弱音も吐くことも許されない。
誰かの悲鳴を聞きながら、いつ崩れるかわからない屍の上に立ち続ける。
彼の言葉はそれとまったく同じものだ。
きっとこの作戦を指示したのはロベールなのだろう。
今こそ英雄と呼ばれてはいるが、きっと失敗していれば国中から責められていた。
そんな未来があったかと思うと恐ろしいが、身近で見ていたからこそ、それが理解できるような気がした。
オリヴィアはロベールをそっと抱きしめた。
汗臭いとか血がついてしまうとか、そんなことはどうでもよかった。
彼の気持ちが理解できるからこそ、こうすることしかできない。
(お母様はこうしてお父様を毎回、支えていたのよね)
母は何も言わずに、父の気持ちを受け止めていた。
あの緊迫した状態では気休めの言葉など何の役にも立たないと知っていたからだろう。
だけど最後は必ずこう言うのだ。
「大丈夫、あなたはまだ戦える」
「…………!」
ロベールはその言葉に上半身を起こして、オリヴィアを見た。
オリヴィアは彼の頬を両手で包み込むように掴んだ。
スカイブルーの瞳が戸惑うように左右に揺れていた。
押し潰されてしまいそうなプレッシャーは無意識に本人を追い詰めていく。
母の腕の中が父にとっても唯一、弱さを吐き出せる場所だった。
今でこそあんなふうになってはいるが、両親の絆は深い。
だからこそ父は母に楽をさせたい、今までの分まで幸せにしたいと強く強く思っているのかもしれない。
その中でも印象的な言葉があった。
あの時もこうして父の潰れそうな心を支えていた。
「わたしがあなたのそばにいる。信じているわ」
「──っ!?」
そう言って女神のように微笑んだ母の表情を今でも忘れられない。
その言葉の意味もあの頃はまったく理解できなかったが、あの日……追い詰められた状況から一気に逆転したのだ。
母と同じように呟いたオリヴィアだったが、ロベールの仮面がずれたことで正気を取り戻す。
彼の端正な顔立ちが露わになると同時にパッと手を放した。
そして誤魔化すように手を上げて、何もしていないとアピールしつつ目を逸らす。
「あっ、えっと、今のは違いますから! 記憶を思い出していたといいますか、ただ思い出して真似をですね……!」
エリーたちに助けを求めようとするが、彼女たちはいつのまにか部屋にはいなかった。
椅子から立ちあがろうとした瞬間、それを防ぐかのように逞しい腕が腰に回った。
「ロ、ロベール様……?」
「少しだけ……こうしてみたい」
「……!」
オリヴィアは少しだけロベールの弱さを垣間見たような気がした。
彼のことは話で聞いただけだし、ほとんど知らないが抱えているものが多いことだけは確かだ。
あの時の父とロベールが重なったのも、そういったプレッシャーと戦っているからだろう。
ロベールはずっと孤高だったのだろうか。
オリヴィアは彼の髪を撫でた。
怒られるかと思いきや、特に何も言わないためこのままでいいだろう。
指通りのいいサラサラな毛はとても気持ちいい。
どのくらい時間が経ったのだろうか。ロベールが少しだけ顔を上げた。
その顔は照れているのか、ほんのりと赤く染まっている。
「またこうしてもいいか?」
「わたしは構いませんけど……」
「…………ん」
まるで猫のように甘えるロベールと戯れていると時間が過ぎていく。
ロベールの問いかけにオリヴィアが答えていると眠気が襲う。
「あの……そろそろ休みたいのですが」
「……そうだな」
ロベールは名残惜しそうにオリヴィアから離れた。
彼は何事もなかったように仮面をつけると立ち上がる。
それから指を鳴らすとマルセルやアイナスが音もなく現れた。
エリーも部屋の中へ。
彼女に怪我人たちは大丈夫かと様子が知りたいと問いかけようとしたオリヴィアが動くと彼のジャケットがはらりと落ちた。
下を見ると、自分の足が露わになっていることに気づいて慌てて手で隠す。
包帯がなく、スカートを千切っていたのは自分だが、ここまで短くなってしまっているとは思いもしなかった。
それに気づいていなかったオリヴィアに、ロベールはこうして気遣ってくれたのだろう。
「それで……こんなに足を出してどうするつもりだ?」
「……え?」
ロベールの言葉の意味を頭で整理する。
足を出すほどに侍女服を破ったことを怒られているのかもしれない。
「す、すみません」
「何を謝っている?」
「服を破ってしまったので、弁償しろということかと……」
チラリとロベールを見ると、彼は眉を寄せている。
「そんなことはどうでもいい」
「……!?」
「夫である俺意外に肌を晒すな」
「へ…………?」
その言葉の意味がわからない。頭にはハテナがたくさん浮かんでいる。
(どうしてそんなことを言ったの?)
まったく意味が伝わっていないことがわかったのか、ロベールは小さくため息を吐く。
「まぁ、いい」
「えっ……はい」
ロベールが額を押さえつつ、近くにあったサイドテーブルに触れた。
するとひらりと何かが舞う。
それはオリヴィアが動きやすくて気に入っているヒラヒラの戦闘服だ。




