③⑧
窓からはいつの間にか日の光が漏れ始めていた。
オリヴィアは休むことなく、一人一人の様子を見ながら確認していた。
エリーが服を持ってくるが、動きにくいからと急変があったら困るからという理由で断る。
それよりもこれ以上、体温が下がらないようにと怪我人を気遣うように告げた。
「お待たせしました……!」
医師が大量の包帯を持って現れた。
オリヴィアは立ち上がると、応急処置は終えたことや治療の順番、怪我の状況などを細かく伝えていく。
今回、運が悪いことにエンバルト公爵家の常駐の医師は医薬品を調達しに屋敷を離れていたようだ。
予想外の怪我人に知らせを受けて慌てて屋敷に戻ってきたようだ。
オリヴィアにお礼を言った医師は怪我人たちの様子を診ていく。
(久しぶりだったけど、うまくできてよかったわ)
血塗れになった手のひらを見つめながらグッと握った。
懐かしい感覚は自然と昔の記憶を呼び起こす。
(……みんなが助かりますように)
あとは任せて、離れた位置に移動しようとしたときだ。
オリヴィアはこちらを見つめるロベールの姿に気づく。
「……オリヴィア」
「ロベール様、おかえりなさい」
「…………」
「先ほどお戻りになられたのですか?」
オリヴィアがそう言うと、ロベールがこちらにやってくる。
彼はじっとこちらを見つめたままだ。
オリヴィアが首を傾げると、彼は血が付着した頬を親指でそっと撫でた。
「あの……?」
オリヴィアが声を上げると、彼はジャケットを脱ぎ出したではないか。
それを後ろに控えていたマルセルに預けたようだ。
何をするつもりかと思いきや、手を離して屈むような姿勢を見せた。
タックルをされるかもしれないと警戒したが次の瞬間、体がふわりと浮いた。
「……ひゃ!?」
それからオリヴィアの足元を隠すように、ロベールのジャケットがかかる。
ロベールの行動に驚いて、彼にしがみついてしまう。
しかし自分が汗で濡れていたことや血がこびりついていることで、すぐに体を離そうと彼の肩を押した。
「は、離してください……!」
「大人しくしていろ」
仮面をつけていることで表情は見えない。
勝手なことをして怒っているのか、それとも邪魔だから退けということなのか何もわからないままだ。
オリヴィアが暴れているためバランスが崩れるかと思いきや、ロベールは気にすることなく運んでいく。
「どういうつもりですか!?」
「…………」
そのまま運ばれていくオリヴィアだが、ロベールは訳を説明してはくれないようだ。
後ろからはマルセルと暗い表情のアイナスとエリーが続く。
(もう……この人、何考えているのかわからないわ)
今になると単純でわかりやすい父と兄が懐かしく感じてしまう。
オリヴィアは一晩中緊張感の中、動いていたからか疲れから瞼を閉じていた。
やがて寝室に到着すると、エリーが椅子を用意する。
ロベールは壊れ物を扱うようにオリヴィアを降ろした。
膝の上にジャケットをかけるのも忘れていない。
(早く体を綺麗にしたいのだけれど……)
できるなら、医師の手伝いをして彼女たちが目を覚ますまでそばにいたかった。
オリヴィアに少しだけ焦りが滲む。
難しい顔をしているオリヴィアに、ロベールは予想外なことを告げた。
「ありがとう」
「…………え?」
「彼女たちを救ってくれて」
どうやら影蜘蛛の手当てをしたことを言っているようだ。
「いえ、大したことはありません」
「なぜあんなことができる?」
「なぜ、とは?」
「手慣れているように見えた。それに血が恐ろしくないのか?」
彼はいつからオリヴィアが応急処置をしているのを見ていたのだろうか。
フラッシュバックする光景は今まで無意識に記憶の端に追いやっていたものだ。
「恐ろしくなどありません。それよりもいなくなるほうがずっと怖い」
「…………!」
隣で笑っていた誰かが人形のように動かなくなる。
その背筋が凍るような絶望や恐怖をオリヴィアは誰よりも知っていた。
だけどそれと同時に失っても強くいられるように覚悟を決めたのだ。
「それに当たり前のことをしただけですから。何もできずに失うのは……もうごめんよ」
オリヴィアの声が低くなっていく。
積み上がった死体を見つめながら、自分が何を思ったのか思い出したくもない。
手のひらは微かに震えていた。その恐怖を握り潰すように力を込めていた。
彼はオリヴィアがなんのことを言っているのか察したのだろう。
ロベールは膝をついた。
大きな骨ばった手が、オリヴィアの拳を包み込むように握る。
「認識が甘かった。俺のせいだ……」
「…………」
「……こんなはずではなかったのに」
彼の後悔や悔しさが体温から伝わるような気がした。
いつもよりもロベールの声が弱々しく思えた。
この姿が演技だとは思いたくはない。
それを確かめるためにもロベールに視線を送る。
どこか遠くをみているロベールは血が滲みそうなほどに唇を噛んでいる。
この姿をオリヴィアは知っていた。




