③⑦
次の日の朝、何かを察したエリーが寝ぼけたオリヴィアを着替えさせた。
それから特大のお腹の音が鳴り響いたことで、エリーが素早く動いていく。
いい香りとともに目の前に置かれたワゴン。
見たこともないような鮮やかなフルーツに、パンやスープ、ミルクなどが置かれていた。
朝食を感動しながら見つめていると、食べていいと言われて感動しながら一口一口味わっていたときだ。
エリーが何か言ったような気もしなくもないが、聞き流してしまったようだ。
回想を終えたオリヴィアは頷いた。
「そういえばそうだったかも……」
「私が間違っておりました。オリヴィア様には目を見てしっかりとお伝えしなければ……と」
この二週間、エリーは容赦がなくなってしまったようだ。
鋭い視線が背中に突き刺さっていたため、後ろを振り向くことができなかった。
そのまま誤魔化すようにエリーを落ち着かせていると、何かを察したアイナスがいち早くその場を離れた。
オリヴィアも気になり、耳を澄ましてみるとなぜか周囲が騒がしい。
オリヴィアが様子を伺うために廊下に出ると、裏口付近で騒ぎが起こっていることに気づく。
エリーに止められはしたが、気になって様子を見に行ってみると……。
「今すぐに医師を……っ!」
「誰かっ、布をもらってきてくれ」
「もう少しだっ! しっかりしろ!」
アイナスが屋敷のものたちや影蜘蛛たちに指示を出していく。
その顔はいつもの笑顔ではなく、焦りが滲んでいるようだ。
裏口からは次々と怪我人が運び込まれていく。
すぐ近くの部屋には怪我人たちが寝ていた。
影蜘蛛と呼ばれる者たちの顔を隠していた真っ黒な布が剥がれると、想像異常に幼かったり、女性だったりと驚いてしまう。
「この方たちは……?」
「情報収集に失敗したのかもしれません。かなりやられてしまいましたね」
アイナスは冷静に言いつつ、状況を確認するために走り回っている。
隣にいるエリーは眼帯を押さえていて険しい表情だ。
彼女もこのような経緯で目に怪我をしてしまったのかもしれない。
オリヴィアは怪我人たちに目を配り、じっとその様子を見ていた。
深夜ということもあり、医師がいないことに焦っているようだ。
怪我をして運びこまれてきたのは五人だ。
一番年齢が上であろう女性の腕からはとめどなく血が流れていた。
他の四人もぐったりとしていて、どこかしらは怪我をしている。
久しぶりに感じる血の匂い。
オリヴィアは幼い頃に見た光景を思い出していた。
気を抜けば先ほどまで笑っていた誰かが動かなくなっている。
そして二度とその命は戻らない。
自分の心臓の鼓動が、耳元で聞こえてくるような感覚だ。
瞼を閉じたオリヴィアに、エリーが部屋に戻ろうと再び声をかける。
アイナスも部屋の入り口に立つオリヴィアが邪魔なのだろう。
怒鳴り声が耳に届いた瞬間、オリヴィアは腕まくりをしながら丁度布を持ってきた影蜘蛛に声をかけた。
「綺麗な布と包帯をもっと持ってきて!」
「は、はい!」
「オリヴィア様、何を……!」
「──早くっ!」
怒鳴るようなオリヴィアの声に、すぐに影蜘蛛たちが動き出す。
オリヴィアは怪我がひどい女性のもとへと駆け寄り、止血のために傷口に布を被せた。
手で強く圧迫して止血に挑む。
新しい布が届くと、オリヴィアはすぐに他の蜘蛛たちに的確に指示を出していく。
「そこ止血! 圧迫して押さえて。包帯はまだなの!?」
なかなか血が止まらずにさらに体重をかける。
「ゔぅっ……死に、たくない……マイク……」
「死なせない。絶対に……!」
オリヴィアの力強い言葉に女性の目からはポロポロと涙が溢れる。
彼女から発せられたのは大切な者の名前なのだろうか。
しかしなかなか包帯は届かない。
オリヴィアの前にはヒラヒラとしたスカートがあった。
自分のスカートを持ち上げた瞬間、アイナスが『何を……!』と、声を上げた。
歯でスカートの端を噛んで逆向きに引っ張ると、ビリビリと布が破れる音が聞こえた。
オリヴィアは器用に布を紐状に裂いていく。
血が滲んできたため布を重ねて、その上から引きちぎったスカートの布できつく巻いていく。
(これで止血できればいいけど……次は足ね)
そのまま足へ。
女性の応急処置が終わると、順に巡って応急処置をと繰り返していた。
そして布を押さえるように、次々とスカートを千切って巻いていく。
一通り止血を終える頃には、スカートはすっかりと短くなっていた。
その様子を帰宅したロベールたちに見られているとは気づくことはない。
お湯で血を丁寧に拭いていく。
(これでひと段落……あとは彼女たちの体力次第かしら)
オリヴィアが頬を伝う汗を拭うと、血がべったりとこびりつく。
一番、重症の女性が震える腕を上げる。
それに気づいたオリヴィアが、彼女の手を握った。
意識が朦朧としているのか、縋るような声が耳に届いた。
「ま……い、く……たす、けて」
「大丈夫、絶対に大丈夫よ……」
彼女の手を包み込むように握り、祈るように目を閉じた。
安心したのか彼女はそのまま眠るように意識を失ってしまった。




