③⑥
エリーは無表情ながらもピクリと眉が動いた。
ロベールもオリヴィアが常識外のことをやらないかぎり、何も言わないはずだからと。
渋々ではあるが許可をしてくれたエリーに感謝しつつ、オリヴィアは有意義な時間を過ごしていた。
オリヴィアが活き活きしている姿を見て、何も言えなくなったのだろう。
「旦那様には、ちゃんと報告いたしますからね」
「はーい」
返事をしたものの、実際は掃除に夢中でまったく聞いていなかった。
それに彼らと親しくなるための第一歩になったようだ。
午前中は屋敷の手入れ、掃除や洗濯、午後から夜はみっちり勉強。
そんな幸せすぎる状況に加えて、三食も食事が出てくる。
身の回りのことをしてくれる侍女もいて、最高の結婚生活になっていた。
しかしオリヴィアには不満が一つだけあった。
(心の底から肉が食べたい……)
すべてが美しくて完璧な料理は最初は嬉しかったものの、だんだんと物足りなさを覚えていた。
久しぶりに草を食べたいと思うくらいには深刻だった。
まさかあの生活が恋しいと思う日がくるなんて、信じられなかった。
自分の手で捌くのは手間暇がかかるものの、薪をくべて焼いた肉は頬が落ちるほどにおいしいのだ。
(生臭いけどハーブで消せば問題ないし、塩でさっぱりと食べる赤身肉最高。あの肉汁……たまんない)
それにあんなに食べたいと思っていたクッキーやマドレーヌも、初めはどうして今までこの味を知らなかったのかと毎回感動していた。
だが、だんだんと飽きてしまい胃が受け付けなくなってしまう。
紅茶にチョコレート、パンに三切れの肉とよくわからかいソース。
前菜も食べたことないものばかりだが、口に合うかと問われたら微妙なところだ。
どうやら質素な食事を何年も続けていた代償はオリヴィアが思っていた以上に大きいようだ。
今では毎晩、夢に出てくるほどに肉にかぶりつきたいと思っている。
朝起きると、したたるよだれが乾いて口周りがカピカピになっていた。
それにもう一つ気になることといえば、あの日以来ロベールと顔を合わせていないということだ。
あの日から毎晩、初夜に備えて戦闘服を着て準備運動をしていたのだが、まったく意味がないことに気づく。
初夜には必ず着なければならない無駄にヒラヒラとした透けているネグリジェ。
これを着ると男性は勝負をする気になるらしい。
(恥ずかしがらせて勝負に勝とうとしているの? 正々堂々と勝負すると言ったのに……)
しかしそんな姑息な手に負けたくはない。
毎夜にネグリジェという名の戦闘服を着て準備していたものの、ロベールが現れることはなかった。
(あの日、ロベール様の様子が変だったけど、それと関係あるのかしら……)
なにか失礼なことをしたかと考えてみるものの、彼も笑っていたため大丈夫だろうと、最初は呑気な気持ちでいることはできたのだが……。
(……これは絶対に怒ってるわよね?)
今日も日課を終えて、夜を迎えた。
オリヴィアはパンチをしつつ、ステップを繰り返していた。
キックをすると空気を裂く音が響いていた。
(少し体が重い。おいしい食事を食べ過ぎてしまったからしら)
もう少し体を動かす量を増やそうとかんがえながら、オリヴィアはロベールのことを考えていた。
そんな中、部屋に入ってきたエリーはオリヴィアがヒラヒラの戦闘服でキックを繰り出している様子を見て無表情で固まっていた。
短い悲鳴を上げたあと、アイナスや蜘蛛の影たちが慌てて部屋に入ってくる。
「エリー、どうしたの?」
「「「……ッ!」」」
しかし彼らは……というよりは男性の影蜘蛛はオリヴィアの格好を見て、すぐさま背を向けてしまった。
エリーはすぐに近くにあったシーツをオリヴィアにかけて体を隠してしまう。
朝と同じパターンだ。
「エリー?」
「そんな格好で動かれては……!」
「だって、これは戦闘服でしょう?」
「ある意味、戦闘服ではありますが、そういうことではありません!」
「……?」
エリーは声を荒げているが、もとはといえば夜にこれを着るように促したのは彼女だ。
オリヴィアはまったく意味がわかっていない。
エリーがオリヴィアにガウンを着せた。
(これ、重くて動きにくいからあまり好きじゃないのよね……)
影蜘蛛たちの背後からアイナスがひょっこりと顔を出す。
彼とも久しぶりに顔を合わせたような気がした。
「オリヴィア様は今日もお元気そうですね」
「アイナスさん、ロベール様はどこにいるのかしら……?」
「二週間前より急なお仕事が入り、王都におりますが……まさか知らなかったのですか?」
「あっ、えっと……!」
自分のせいでロベールがどこかに行ってしまったと思ったが、そうではなかったようだ。
アイナスの視線がエリーへと向かう。
「私は二週間前の朝、きちんと申し上げました」
「ん……?」
「オリヴィア様も頷いていたので、てっきり理解されたものだと……」
オリヴィアは二週間前の出来事を思い出す。
アリスに紅茶をかけられて、ロベールにベッドに押し倒された日のこと。
夜になり戦闘服を着て待っていたが、そのまま寝落ちをしてしまう。




