③⑤
あれから二週間が経とうとしていた。
公爵家の生活にも少しだけ慣れてきて、多少の不満はあるけれど大きな問題はない。
今は勉強の楽しさや食事の豪華さに夢中だった。
(信じられない……自分で用意しなくても、三食のご飯とおやつが出てくるなんて……震えるわ)
毎食、毎食、最高に幸せすぎて涙が溢れ出てくる。
そのたびにエリーに『もしかして毒が!?』と、心配してくれるので申し訳なくなってしまう。
おいしいご飯を食べられるというだけで、今でもまだ夢を見ているようだ。
ジョセフィーヌはアイナスに会えない日があると、恋しいのか夕方付近になると切ない鳴き声が響く。
彼女が手に負えないときは、午前中にオリヴィアがジョセフィーヌの世話をしていた。
それに朝から晩まで動き続けていた身では、今の環境ではとにかく暇で暇で仕方ない。
大体、午後に講師たちがやってくるため時間を持て余していた。
(馬の世話に屋敷の掃除、狩りや下処理、食事の準備も必要ないなんて……)
エリーには刺繍や読書をしたらどうかと言われたものの、オリヴィアは顔を顰めた。
母は刺繍や読書、裁縫が得意だった。
オリヴィアが着ていたワンピースなどはすべて母の手作りだ。
とにかく刺繍もうまく、人見知りの母は幼少期からひたすら針に向き合ってきたらしい。
オリヴィアも一緒に刺繍や裁縫をして過ごしていた時期もあるため、刺繍や裁縫はできないわけではないが、体を動かすほうが好きだというのが本音だった。
そのため次の日からは早朝に起きて、目についた掃除用具を持って無意識に掃除をしていた。
影蜘蛛たちも屋敷で働く侍女や侍従、執事たちはオリヴィアを止めるべきか迷っていたようだ。
なぜなら司令塔であるはずのロベールやアイナス、マルセルが出払っているから。
それにオリヴィアは建前では公爵夫人だ。
つまり仮にも屋敷の主人に何かを言うことはできないと言うことだろう。
そのため、淡々と手を動かし続けたオリヴィアは掃除用具はいつもの場所にないと気づいてハッとする。
後ろを振り返ると影蜘蛛たちも侍女たちも、どうすればいいか困惑しているようだった。
「あっ……ごめんなさい。勝手なことをして」
居た堪れなくなり謝罪するオリヴィアだが、誰も目を合わせてくれない。
それどころかどんどんと後ろに下がっていく。
すると廊下の向こう側から凄まじい勢いでエリーが走っているではないか。
その顔は今までで一番恐ろしかった。
手には白いシーツを持っており、それをオリヴィアに巻きつけるように被せる。
「そのような格好で勝手にお部屋から出るのはおやめください!」
「考え事をしていて、着替えるのを忘れただけだから……!」
いつも無表情なエリーだが、今は顔が強張っていた。
余ほどやってはいけないことなのかと反省していたが、どうやら〝戦闘服〟が、よくなかっただけのようだ。
シーツに巻かれたまま、引きずられるようにして寝室へと戻る。
眼帯がずれ落ちそうになっているエリーを心配して声をかけるが「今はそれどころではありません!」と一蹴されてしまった。
「もう一人、侍女を増やすようにお願いしなければ……!」
ぶつぶつと呟いているエリーに寝室で着替えさせられてしまった。
「いいですか、オリヴィア様。ネグリジェ……戦闘服で外に出るのはおやめください」
「えー……」
「動きやすい服を用意いたします。戦闘服はダメです」
そう言われてワンピースを着せてもらったのだが、やはり丈の短いネグリジェに比べると動きにくい。
それになめらかな生地は明らかに高級品で、汚すわけにはいかずにオリヴィアの動きはピタリと止まる。
部屋の端にあるワゴンにはお茶が並べられていた。
(貴族ってすごい……!)
エリーが朝の支度をしようと思い、オリヴィアの部屋を訪れると、そこはもぬけの殻だった。
探しに行ってみればネグリジェという名の戦闘服姿で掃除をしているオリヴィアな姿があったというわけだ。
お茶が冷めてしまったからと淹れ直してくるというエリーを引き止める。
驚いて本当に大丈夫かと問いかけるエリーだったが、オリヴィアは早く朝食が食べたいだけだった。
エリーがオリヴィアの優しさに感動しているとも知らずに、オリヴィアはパンに並べられたサンドイッチに夢中だった。
「午後まで時間があるでしょう? いろいろと手伝えたらと思ったんだけど……」
「それは旦那様に相談していただきませんと!」
「……わたしは自由にしてはいけないのかしら」
「そうは言われておりません。基本的には好きなことを、と……ただ予想外の行動ですので」
それからエリーはオリヴィアの行動を再度注意していた。
その間、朝食を食べ終えて再び動き出すために立ち上がる。
「エリー、着替えましょう!」
「はい……?」
「侍女服よ、侍女服……! 掃除が途中だったでしょう?」
「私の話……聞いてましたか?」
エリーがブチギレ寸前だとも気づかずに、オリヴィアは好きなことをしていいと言われたことを優先するつもりでいた。
結局は彼女を説得して、侍女服を借りて屋敷を綺麗にする手伝いに勤しんだ。




