②⑨
ロベールは振り払うようにオリヴィアの手を避けたのだ。
(えっ……嘘でしょう!?)
今のは突発的だったし、動きも予想できないものだ。
父や兄でさえ避けられたことはないのに、ロベールはいとも簡単に避けていた。
そのまま胸を押さえつつ呆然としていると、彼はエリーを呼ぶように指示を出している。
顔を赤くして胸元を押さえながら距離を取るオリヴィアを見て、何故か驚いて動きを止めるロベール。
「そんな顔もできるのか」
「どっ、どういう意味でしょうか!」
「勘違いするな。火傷をしていないか見ているだけだ」
彼がただ火傷の心配をしてくれているのだと気づいたオリヴィアは、さらに恥ずかしくなり、胸元を押さえながら答える。
「……このくらい、全然平気ですっ」
この程度、紅茶がかかっただけで心配されるとは思いもしなかった。
なんとなく恥ずかしくなってしまったオリヴィアは頬を赤らめた。
それから彼はベッドに腰掛けるオリヴィアの元に膝をつく。
今度は何をするつもりなのかと注視していると、彼はするりとドレスの中に手を滑らせる。
「んぎゃ……!?」
くすぐったさに口元を押さえた。
また突発的にロベールを蹴り飛ばしてしまいそうになったからだ。
だが、彼は軽々と手の甲で叩くようにして蹴りを受け流してしまう。
それにはオリヴィアは驚愕していた。
(ロベール様って、何者なの!?)
自分の攻撃を避けられたことがないため再び衝撃を受ける。
彼は平然とヒールを脱がせて、オリヴィアの足をそっとすくう。
(貴族の男性ってみんなこうなの!? 王子様みたいなことを平然とする生き物なの!?)
身近にいた男性が父や兄のような戦いのことしか考えていはい単純な性格な人ばかりだった。
ディルムーン辺境伯領にも、こんな男性は見たことがない。
ロベールのように物静かで上辺は紳士的な男性への対応は初めてなので、どうすればいいかわからない。
「……こちらは随分とひどくやられたな」
オリヴィアの足の甲にはアリスの尖ったヒールで踏まれた跡があった。
真っ赤に腫れ上がっているではないか。
どうやらロベールは怪我を確認するためにここような態勢をとったようだ。
(この人……何を考えているのかまったくわからないわ)
多少ならば何を考えているのか表情や仕草で想像できるが、ロベールにはそれがない。
アイナスたちもそうだが、ここまで読めない行動をとる人は今まで見たことがなかった。
優しいのか、冷たいのか、上辺なのか、本心なのか悟らせないところがまた恐ろしいではないか。
「このくらいの怪我は大したことありません。歩けないわけでもないですから」
「……!」
そう答えると、なぜかロベールのほうが驚いているではないか。
その理由もわからないまま、ロベールの膝上で足の感触を確かめるように指を動かしていた。
(動かすのは多少痛むけど、大したことはないわね)
しかしそこは床ではなく、ロベールの膝の上だということを思い出す。
ハッとしたオリヴィアは彼の膝の上からそっと足を降ろした。
「ふっ……」
軽く笑った彼は立ち上がる。
オリヴィアはドレスが落ちないように胸元を押さえているため、うまく動けない。
「君は強いな」
「……え?」
「彼女の攻撃をものともしなかった」
「どこが攻撃だったのですか? 足ならば全然平気ですけれど」
「そうか……よかった」
二人はしばらく見つめ合っていたが、耐えられなくなり先にオリヴィアが視線を逸らしてしまう。
窓の外はいつのまにか日が落ちて、空が暗くなっていた。
「医師を呼んでくる」
「いえ、大丈夫です」
「だが、胸の皮膚は火傷しているだろう?」
オリヴィアは首を横に振った。
火傷ではなく、ただ肌がほんのりと赤くなっているだけだ。
胸元を見ると薄茶色の液体が染み込んでいる。
自分の怪我よりも気になるのは、やはりドレスのことだった。
「ちなみにこのドレスって……」
「ああ、お前が弁償しろ」
「────ッ!」
オリヴィアは思いきり顔を顰めた。
今、かなり不細工な顔をしているだろうが、それほどにダメージが大きかったのだ。
(うぅっ……一番恐れていたことが起こってしまったわ)
このままドレスを汚すたびに代金を請求されてはたまらない。
(やっぱりワンピースを持ってくればよかった)
今度は紅茶をかけられようと、ケーキを投げつけられようと、すべて避けなければと固く決意する。




