②⑦
どうやらアリスの前では仲のいい夫婦を演じるつもりのようだ。
彼女に対して嫌悪感を持ちつつも、ロベールはどうすることもできないと悩んでいた。
つまりオリヴィアを迎えたことで、彼女に諦めてもらおうとしているのかもしれない。
怒りを露わにするロベールにアリスが涙を浮かべてからロベールの腕に絡みつく。
「わたくしもびっくりしましたわ。いきなり腕を掴まれたんですもの!」
「……!」
「オリヴィア様はわたくしのことがそんなに気に入らないのかしら……」
どうやらこの紅茶はオリヴィアに腕を掴まれたから仕方なくかけてしまったと、そういうことにするつもりらしい。
アリスがドレスから折れてしまいそうな細い腕を出すと、そこには確かに先ほどオリヴィアが掴んだ手首の跡があった。
「オリヴィア様ったら、わたくしに嫉妬したみたいで……ねぇ、オリヴィア様?」
「……違いまっ」
実際にはアリスが先に紅茶をかけてきたからだと反論しようとしたが、オリヴィアの足をヒールで思いきり踏まれてしまう。
「いっ……!」
「嫌だわ……変な声を出さないでよ」
踏まれた足をすぐに確認できなかったのは、ドレスの動きにくさやコルセットのせいもあった。
しかしこうやって言い訳を塞がれたのは初めてなので、驚きを通り越して呆れてしまう。
アリスはあくまでもオリヴィアに掴まれそうになったから反撃したと、そう言いたいようだ。
「反論があるなら、ロベール様の前できちんと伝えた方がよくってよ?」
そう言いつつ、オリヴィアの足をヒールでグリグリと踏んでいるではないか。
これ以上、余計なことを言ったら足を貫くぞ、と言わんばかりだ。
「ほら、オリヴィア様もそう言ってますし、これ以上は言わないであげてくださいませ」
「…………」
「自分がロベール様の妻だと勘違いしているオリヴィア様が可哀想ですから」
アリスがそう言って困ったようにクスリと笑った。
(こんな痛み、どうってことないわ)
ヒールで足を踏まれたからなんだというのか。
反抗的なオリヴィアの表情を見てか、アリスの力がさらに強まった。
普通の令嬢ならば、このやり方で十分なのだろうが、オリヴィアには通用しない。
(蚊に刺されたほうが、まだ嫌に思えるわ)
オリヴィアはテーブルに置いてあった冷めた紅茶のカップを手に取る。
そして容赦なくアリスへとかけた。
バシャリという音とともに、紅茶はアリスの胸元のドレスを汚していく。
薄ピンクのドレスはオリヴィアのドレスよりも薄茶色の液体を目視するこたができた。
「…………え?」
自分の状況がわからずに呆然としているアリスだが、オリヴィアは気にすることなく、丁寧に紅茶のカップをテーブルに置いた。
それからアリスを見据えて、低い声を出して彼女を威嚇するように言葉を放つ。
「今すぐ、わたしの足の甲を踏んでいる足を退かせ。さもなくば顔面の骨を折る」
「……っ!」
固く拳を握り淡々と告げるオリヴィアに、アリスは怯んだのか一歩後ろに下がる。
彼女の体重がのっていたため、足の甲にはかなり痛み感じた。
(ヒールって、武器になるのね。これを履きこなせたら、いざとなったら目潰しにも使えるしらいいかもしれないわね)
呑気にそんなことを考えていると、ロベールが侍女に布を借りてアリスに渡しているのが見えた。
そこで初めてやらかしたのだと自覚する。
(ああああ、やばいやばいやばいっ! この状況明らかにわたしが悪者じゃない!)
その証拠にロベールに布をもらったアリスは静かに涙を流しながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
その笑みはオリヴィアにしか見えないだろう。
足もわざとではないと言われて、オリヴィアは何も言えなくなってしまう。
アリスは手際良くドレスの胸元をあけて紅茶を拭いていく。
「ごめんなさい……わたくしが、オリヴィア様のせいにしたばかりに」
涙を流したアリスは、ロベールの腕に縋りながら豊満な胸を押しつけているではないか。
思わず自分の胸元と彼女のほうを見比べてしまう。
(わたしが男だったら、アリス様の胸元に夢中になって隙を作っているわ……!)
ゴクリと喉を鳴らしたオリヴィアとは違い、アリスは淑やかに自分のことをアピールしていた。
(そうだわ! 周りの人たちはこのやりとりを見ていたはず……!)
そう思い辺りを見回してみるが、わかりやすいほどに視線を逸らされてしまった。
それにはオリヴィアも露骨すぎてびっくりしてしまう。
アリスが畳み掛けるように言葉を続けた。
「証人はいくらでもいるわ。ロベール様……わたくしを信じてくださいますよねぇ?」
アリスはもう勝ったつもりでいるのかもしれない。
さらにロベールに体を寄せていて、隙間から見える口元は綺麗な弧を描いていた。
「…………はぁ」
オリヴィアの言い訳はもう無駄なのかもしれない。
あまりにも面倒臭すぎて、ため息が出る。
この状況ではアリスには敵わない……そう思ったがオリヴィアはあることを言わなければ気が済まない。
「わたしはアリス様から紅茶をかけられました」
「……っ、だから!」




