②⑥
まだまだロベールがどんな人間かはわからない。
しかしディルムーン辺境伯領での、少年ロベールは不思議と優しかった気がした。
それもエンバルト公爵邸に着くと、元に戻ってしまったが。
男性に免疫がないため、あの距離感は二度と御免だと思っていた。
それに今日は初夜を迎える。肉体と肉体の激しいぶつかり合いだ。
そののことを思い出して、ドレスの中で足を鍛えようとした結果、自然と頬が赤らんでいく。
アリスがそんなオリヴィアを見て目を見開いた。
「わたくしですら知らないロベール様を知ったのね……」
そして紅茶を持ったまま、アリスが俯いて何かを呟いたことにも気づくことなく、隠れて体を鍛えているとオリヴィアの前に黒い影がかかる。
「本当……嫌になっちゃう」
「アリス様?」
オリヴィアはアリスが目の前に立っていることを疑問に思い声をかける。
──バシャ!
胸元にじんわりと広がる熱い感覚。
アリスに紅茶をかけられたのだと気づいたオリヴィアは呆然としていた。
「……ッ!?」
薄紫色のドレスにはっきりと残る薄茶色の液体が広がる。
まずオリヴィアの頭に浮かんだのは、このドレスを弁償しなければならないという恐怖だ。
(嘘でしょう? ドレスが……! この場合はわたしがドレス代を払わないといけないの……?)
そう考えた瞬間、オリヴィアの表情が引き攣っていく。
紅茶のシミはどんどんと広がっていき、どうすることもできない。
呆然としているオリヴィアの前でアリスはオリヴィアの髪を掴んだ。
その手を反射的に阻止したことで、彼女は気に入らないとばかりに声を上げた。
「ふざけないで……! ロベール様はわたくしのものなのにっ」
アリスはロベールと結婚したオリヴィアをどうにかして排除したいのだろうか。
意外な言葉に目が点である。
(このドレス、アリス様が汚したんだからアリス様が弁償してくれるのかしら……)
それよりも紅茶をかけるというこの行動に果たして何の意味があるのか教えてもらいたい。
こんなに綺麗なドレスは汚れてしまい、紅茶はもったいないし最悪なことばかりではないか。
オリヴィアにとって、ロベールが誰のものでも構わない。
しかしこうしてドレスを汚されたことで、実害が被るのだけは勘弁してほしい。
それにアリスが勢いよくテーブルを揺らしたせいか、ティースタンドが崩れて、せっかくのおいしそうなクッキーやスコーンが台無しだ。
(もしこのドレスが弁償だって言われたら恨んでやるわ……!)
オリヴィアのアリスの手首を持つ手のひらに無意識に力がこもる。
しかしそれを気にすることなく、反対のカップを持った手でオリヴィアを煽るように頬を押し付ける。
まだ温かい陶器がオリヴィアの頬に触れた。
(貴族って、何かで頬を打ったり、押しつけたりするのが好きなのかしら)
ロベールにも札束で頬を叩かれたため、なんとなくそう思ってしまう。
「どんな汚い手を使ったかしら。田舎の土臭い令嬢の分際で小賢しいったらないわ」
アリスの綺麗な顔が歪んでひどいことになっている。
何もしなければ人形のように美しいが、嫉妬に塗れた表情は醜く映る。
「今すぐに離縁なさい。あなたにロベール様は相応しくないわ」
「…………」
「そうすれば許してあげる。さっさと辺境に帰りなさいよっ!」
オリヴィアだって、お金のことがなければそうしているだろう。
だが、あんな大金をもらってただで帰るわけにはいかない。
一年後には、きっちりとその分を働いて返さなければならないからだ。
そうでなければ、この契約結婚は成り立たない。
彼女を張り倒すくらい造作もない。
だが、オリヴィアが本気で力を入れたらアリスの腕は折れてしまう。
オリヴィアがアリスを睨みつけて、汚したドレス代だけは絶対に払ってもらうよう説得しようとした時だ。
「──オリヴィア!?」
ロベールの声にハッとするアリスはすぐにカップを隠すようにテーブルに置いた。
反射的に動いたアリスの早業に感動しつつ、こちらに寄ってくるロベールを見る。
また夜に会うと勝手に思っていたため、なぜここにいるかわからない。
彼の仮面は相変わらずだが、今日は朝と同じ青年の姿でいるようだ。
「ロベール様、どうしてここに?」
「ここは俺の屋敷だぞ? それよりもそのドレスは……」
オリヴィアはロベールの視線のにある紅茶がかかったドレスを見てハッとした。
(やばっ、汚れたドレスを見られたわ……!)
その部分をロベールから見えないように腕で隠す。
次に弁償しろと言われるのかが恐ろしくて誤魔化していると、確認するようにこちらを覗き込むロベール。
「オリヴィア、大丈夫か?」
「え……あ、はい」
彼の言葉とは思えない優しい声色に鳥肌が立つ。
どうして急にこんな扱いになったのか、その理由はすぐに明らかになる。
「……アリス、俺の妻に何をしている。これはどういうことだ?」
ロベールはアリスに圧をかけるように言い放つ。




