②②
「ここが俺たちの部屋だ」
「……!」
オリヴィアの部屋、ではなくあえて『俺たちの部屋』と言ったような気がしていた。
ロベールはそのあとも淡々と説明を続ける。
オリヴィアは空腹を紛らわせるために必死で気を逸らしていた。
「必要なものはすべて揃っているはずだ」
「……ありがとうございます」
そう言った瞬間、背後に気配を感じたオリヴィアは反射的に殴ってしまいそうな腕を押さえた。
(ふぅ……危ない危ない)
相手に敵意がある場合、容赦なくいけと言われて育てられていたオリヴィア。
この屋敷に来てから無数の視線や人の気配にやきもきしていた。
気配なく近づいてこられるとどうしても無意識に反応してしまいそうになるからだ。
誤魔化すようにヘラリと笑いつつ挨拶をする。
「足りないものがあれば侍女のエリーに言ってくれ」
いつのまにかオリヴィアの背後に音もなく立っていたのはエリーという少女だった。
そばかすとおさげ髪の若い侍女は深々と頭を下げた。
無表情で何もいうことはないが、彼女はじっとオリヴィアを見た。
「では、また夜に」
「…………え?」
「エリー、あとは任せた」
「かしこまりました」
「マルセル、アイナス、行くぞ」
「「はい」」
部屋から出ていくロベールたち。丁寧に腰を折るエリー。
(夜……? 夜って……)
どうやらロベールは夜にここに戻ってくるつもりのようだ。
となるとこの広いベッドで一緒に寝るということだろうか。
(自分の部屋だったんだから当たり前よね)
なんとなくではあるが、オリヴィアの頭にあることが過ぎる。
(ま、まさか初夜のことじゃないでしょうね? ううん、気のせいよ! きっと一緒に過ごすだけだから……)
オリヴィアは大きく首を横に振った。
(そんなわけないわ。だって契約結婚だもの! それにまだ互いのことを全然知らない。でも貴族の結婚はそういうものだとお兄様が言っていたような……)
よく血まみれで動物を狩ってきた兄は、オリヴィアに結婚がどういうものかを教えてくれたことがあった。
母は恥ずかしがって貴族の結婚がどういうものか教えてはくれないし、父はふざけてばかりで嘘か本当かがわからないからだ。
『いいか、オリヴィア……初夜は肉体と肉体とのぶつかり合いだ!』
『肉体のぶつかりあい? なにをするの?』
『己のすべてをかけて戦うんだ。そしてどっちが強いかが決まるのさ……!』
それを聞いた時、頼るべきは兄でやはり物知りだと思ったものだ。
そんな彼の言葉を思い出したため、オリヴィアは初夜を過ごす覚悟を決めた。
(つまりわたしかロベール様、どちらが強いか力比べをするのね……!)
いろんなことが間違っていることにも気づかずにオリヴィアは体を動かしていた。
どんな方法にしても、体を鍛えて準備運動はしておいたほうがいいだろう。
オリヴィアが気合いを入れていると、後ろからワゴンを引いたエリーの姿があった。
そこには上品な小粒のお菓子やパンが置いてある。
ハムやチーズが並べられて、いい香りのする紅茶を淹れてくれた。
(……またパン!? あ、あの時食べ損ねた綺麗なお菓子もあるわ)
オリヴィアの視線はマドレーヌやクッキーへと向かう。
周りには花びらが散らされていて、おしゃれでかわいらしい。
強いて言うならば、量や肉々しさが足りないということだろうか。
そんなことを考えている間にエリーが淡々と準備を進めていく。
ライトブラウンの髪を綺麗にまとめて、眼帯をしてあり片目は隠れていた。
どこか憂いを帯びたグリーンの瞳と袖から覗く細い手首が女の子らしくて羨ましいと思える。
オリヴィアがじっとエリーを見つめていた。
「エリーは綺麗ね」
「……え?」
「え……?」
「っ、大変失礼いたしました」
聞き返しただけなのに、突然謝り出したエリーに驚いてしまう。
儚い雰囲気が母に似ているが、辺境にはいないタイプなので思わず心の声が口から出てしまったのだ。
準備の手を止めて深々と頭を下げるエリーに逆に申し訳なくなり、オリヴィアは声を出す。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなくて……」
慌てて首を横に振るオリヴィアだが、エリーは頭を上げることはない。
何かに怯えるような彼女の震える手が気になった。
それと天井や隣の部屋に潜んでいるであろう数人の影蜘蛛たちもだ。
(もしかして見張られているの? エリーも込みかしら)
だったら彼女が怯えている理由はなんとなく理解できる。
「エリー、一緒にお茶にしましょう!」
「…………!?」
「あなたと仲良くなりたいの。辺境伯邸に侍女はいなかったから、いろいろと侍女の仕事を説明してくれない?」
「あ、の……」
明らかに戸惑っているエリーだが、オリヴィアも何が正解なのかわからない。




