①⑨
「夫婦だからに決まっている」
「……!?」
彼は真顔でそう答えた。
契約結婚だといいつつ、夫婦だからと言い出したロベールの心情がまったく理解できない。
少年の姿のため、かわいらしいのでいいが、夫婦だと言われると違和感がある。
(わたしたちは契約結婚ではないの!? もっとこう……殺伐とした他人のような感じではないのね)
考えるオリヴィアを至近距離でジッと見るロベールに困惑してしまう。
「…………」
「……っ!」
それに仮面をつけていることもあり、表情が読みにくい。
(なんでこんなふうに見られているの? 最初に会った時の彼とは別人だわ)
あの高圧的な態度はどこにいってしまったのか。
見た目が変わっていることもあり、脳がついていかない。
じっとりとした視線に耐えきれなくなり負けじと見返す。
「な、なにか?」
「……別に」
ロベールの手がオリヴィアの髪にそっと触れた。
不可解な行動の数々に耐えきれなくなったオリヴィアが問いかける。
「わたしに何か言いたいことあるのなら言ってくださいませ!」
「……言いたいこと?」
「そうです! こちらをずっと見たり、触れたりどういうつもりですか!?」
ロベールは驚いた様子で自分の手を見た。
「君のことが気になって仕方ない」
「え……?」
「そう言ったら、どうする?」
ロベールがオリヴィアに接近してきたことで、体をのけぞらせた。
唇が触れそうな距離にオリヴィアは背を仰け反らせてロベールの胸に手を置く。
──ぐぐっ
手でロベールを押すがビクともしない。
「そんなに近づかないでください!」
「……何故拒否する?」
「今すぐに体を離してくださいっ」
オリヴィアの声にムッとしつつも体を離す少年姿のロベール。
小柄だからといって、力は子どものものではないようだ。
母のように手が出そうになるのを必死で押さえていたが、やっと離れる体にホッとする。
オリヴィアからスッと視線を逸らすと、考え込むような素振りを見せる。
(……なんだったの?)
オリヴィアはロベールの不思議な行動に振り回されっぱなしだった。
彼は書類に手を伸ばして確認している。
やはりオリヴィアの隣から動くつもりはないようだ。
誤魔化すように外を見ていると変わっていく景色に目を奪われる。
ほとんどディルムーン辺境伯から出たことがなく、ジョセフィーヌに乗ってエンバルト公爵領に流れ着いた時も景色を楽しんでいる余裕はなかった。
そのため、窓から見える景色がすべて目新しく見えた。
たまにジョセフィーヌがアイナスを乗せて、心底嬉しそうな姿が視界に映る。
(ジョセフィーヌ、すごく嬉しそうだわ……)
それから急ぎ目で二日半ほど。
ロベールと馬車の中で共に過ごしてわかったことは一つだけだ。
(……この人、ずっと仕事してる)
影蜘蛛たちが、定期的にロベールのもとへ大量書類を大量に運んでくる。
それに居眠りしていたオリヴィアが目を覚ますと、いつのまにか少年の姿ではなくなり、大人の男性の体格に戻っていた。
(これが元の骨格なのかしら……)
隣にいた理由はオリヴィアが前にいると書類の整理ができずに邪魔だったからではなかったのだろうか。
勘違いしていた自分が恥ずかしい。
彼は影蜘蛛たちに指示を出していく。
「何故、見つからない?」
「申し訳ございません。移動を繰り返しているようです」
「消えるようにいなくなるそうです」
「なんとしても子どもたちを探し出せ。どんな手を使ってもいい」
「かしこまりました」
それも不穏な言葉が並んでいるではないか。
(王都で子どもたちがいなくなっているの?)
向かい側の席には大量の書類が積み上がっていく。
見かねたオリヴィアが手伝いを申し出たものの……。
「必要以上に俺に干渉するな。自分の仕事を文句を言わずにこなすこと……そう言っただろう?」
「…………はい」
そう一蹴されてしまえば、何もすることはできなかった。
先ほどまで忘れていたが、オリヴィアはロベールに札束でビンタされたことを思い出す。
妻を決めるためにしても、あのやり方は過激だ。
その札束にまんまとつられたオリヴィアが言えたことではないが。
今まで毎日、お金の心配をしながら働き通しだったため、何かをしていなければ落ち着かない。
だが、今はおとなしく窓の景色を見ているしかなさそうだ。
(外見が違えば、喋り方も性格も変わるのね。少年の姿はかわいらしかったのに……)
また一つロベールのことを知ることができたようだ。
オリヴィアは移動中は暇すぎて、ひたすら眠っていた。
その間、彼が仮面をとってオリヴィアに優しく触れていたとも知らずに……。




