①⑤
「そもそも保存がきかないものを王都で売るのはおすすめできませんよ。これではもし運良く運べたとしても売れるかはわかりませんから。それと、この商人は詐欺を繰り返しています」
「……なんだと!?」
「この期に捕えたいので、協力をお願いします」
「それはもちろんだ。だが、今度はうまくいくと思ったのに……っ」
がっかりした父の表情を見ると胸が痛む。
今回は最後のチャンスでもあり、母のためにと今までよりも力を入れていたことを知っていたからだ。
(あのお父様が屋敷を担保にしているものね……)
ジョセフィーヌが壊した扉から部屋には風が吹き込んでいる。
アイナスに求愛を続けるジョセフィーヌ。
そんな彼女の突進と猛攻を慣れたようにかわしているアイナスは、風で散らばった書類を片付けていた。
オリヴィアも書類を整理しつつ、部屋を移動しようと話しかけるタイミングをうかがっていた。
「まずは複数のことを小さく始めていくのがよろしいかと思います」
「小さく? そんなことをしたら稼げないんじゃないか?」
「初めから大きく事業を始めれば失敗も大きくなってしまう。小さければ傷も浅い。それに徐々に大きくするほうが現実的ですから」
「おお……! そういうことか」
父はロベールの身長に合わせるようにして身を屈めている。
何度も頷いているが、こうしてすぐに納得してしまうほどにロベールの言っていることには説得力があったのだろう。
(あのお父様がこんなに素直に言うことを聞くなんて……)
このまま書類が舞う応接室にいるわけにもいかない。
なんとか二人を別室に案内しようと声をかけようとするが、アイナスに引き留められて断念する。
どうやらジョセフィーヌを馬小屋で待つように説得してくれたらしい。
オリヴィアが二人の話を聞いている間、アイナスはそばにあったものでジョセフィーヌが壊した扉を直しているではないか。
(早業……!)
しかし彼がやったわけではないと気づいたのはすぐのことだ。
いろんな方向から微かな足音が聞こえたオリヴィアはチラリと父を見た。
父も一瞬だけ動きをとめて、オリヴィアに視線を送り頷いた。
彼らはロベールの配下なのかもしれない。
父が彼らを許可するならば、オリヴィアも何も言う必要はないだろう。
二人はテーブルを挟んでソファに座った。
お茶を用意しなければと思い立ったオリヴィアだが、先にアイナスが自分がやると目配せをしてくれた。
おそらく父が母の看病をするため汚してしまった台所を案内するのは気が引けたが、この際は致し方ない。
アイナスを案内するために部屋を出ようと端を歩いていく。
「たしかディルムーン辺境伯には質のいい鉱石が採れるはずですよね?」
「だが、滅多に見つからないんだ。人手もかかる」
「だからこそ価値が出ます。まだ市場に出回っていないのならチャンスはたくさんあるはずです。その希少性とあなたの英雄というブランド、それを使いましょう。流通は僕に任せてください」
「それはありがたい申し出だが、皆を頼るのは…………」
「頼るのではありません。仕事を割り振るだけです。幸い、資金はたくさんあるのです。この土地がさらに豊かになります」
「おお……! ならばそうしたい」
「それとディルムーン辺境伯自身が王都に出向き、騎士たちの指導をするのはどうでしょうか。騎士たちも喜び、士気が上がります」
「だが、今の状況でここを離れるわけには……!」
「公爵家から人を派遣しましょう」
父とロベールの議論は白熱していた。
なんでも一人で抱え込んでしまうのは父の悪い癖だ。
それをロベールがうまくいなして助けてくれているように見えた。
謎の安心感を抱えながら、オリヴィアはアイナスとともにお茶の準備に向かった。
あのときの上から目線のロベールが嘘のようだ。
本当の彼がわからなくなっていた。これもロベールの作戦なのだろうか。
(わたしが逃げられないように、お父様から籠絡しようとしているの……!?)
お茶を用意してから数時間の間、二人は応接室でずっと話し込んでいた。
その間、アイナスとともに屋敷を掃除していく。
というよりは全身黒い衣装に身を包んだ人たちが手伝ってくれたため、凄まじい勢いで屋敷が綺麗になっていく。
アイナスによれば彼らは〝影蜘蛛〟と呼ばれており、影のように裏で動く存在のようだ。
彼らは特殊な訓練を受けているようで、本来ならば動いていることすら気づかれてはいけないらしい。
オリヴィアが彼らを見つけるたびに気まづそうに姿を隠している。
(足音も気配もほとんどない……動きが早くて目で追えなくなるわ)
オリヴィアが忙しく首を動かしていると、いつのまにかアイナスが目の前に立っていた。
驚いたオリヴィアは後退すると壁に背をぶつけてしまう。
そして荒い鼻息を感じて振り向くと、そこにはアイナスを見つめるジョセフィーヌの姿があった。
どうやら再び彼に求愛しているようだ。
アイナスは汚れた布を絞りながら笑顔でかわしている。
その姿にオリヴィアは驚くばかりだ。
「一通り、綺麗になりましたね」
「……はい、ありがとうございます」
「いえ、僕たちはロベール様の命令で動いているだけですのでお礼は不要ですよ」
「…………!」
抑揚のない声は冷たく、ゾッとしてしまう。




