①②
呆然としたまま馬を走らせ続けたオリヴィアは、ディルムーン辺境伯領に到着したことも、はっきり認識していなかった。
ジョセフィーヌが急ブレーキをかけたことで、目を覚ますように視界がクリアになった。
大金が入った袋と書類は落とさないようにずっと抱えていた。
いつもは使わない筋肉が攣ってしまいそうだ。
ジョセフィーヌは我が家に着いて、疲れたと言わんばかりに鳴き声を上げてオリヴィアに降りるように訴えかけてくる。
オリヴィアが降りてその場で立ち尽くしていると、いつのまにかジョセフィーヌの後ろ足部分が目の前にあることに気づく。
気性の荒い彼女が、オリヴィアを蹴り上げようとしていることに気づき、慌てて声を上げた。
「ジ、ジョセフィーヌ、ここまでありがとう。あとでいいご飯を持っていくから……!」
その言葉で何かを察したのか、オリヴィアを蹴るのを辞めてスタスタと馬小屋へと歩いて行く。
オリヴィアは恐る恐る自分の手元に視線を送る。
そこには確かにロベールにもらった札束と書類があった。
(夢……じゃないのよね?)
ジョセフィーヌの声でオリヴィアが帰ってきたことがわかったのだろう。
屋敷からは咳をしつつも覚束ない足取りでこちらに歩いてくる母の姿があった。
彼女は何かを持ちながらズルズルと引きずっていた。
目を凝らしてみると、それは原型がないほどに顔が腫れたの父だった。
「──オリヴィアッ!」
「お母様……?」
名前を呼ぶと、母はオリヴィアを思いきり抱きしめた。
その力があまりにも強かったため、体からはゴキリと変な音が鳴り「ぐぇっ」と声が漏れてしまう。
母はジョセフィーヌとともに出て行ったオリヴィアを心配してくれたのだろうか。
力がこもった腕は微かに震えているようだ。
「オリヴィア、ごめんなさい……ゴホッ、ごほ」
「お母様、大丈夫!?」
「大丈夫っ、この人が、もっと止めていたらこんなことには……!」
どうやら娼館に働きに行くと言って出て行ったオリヴィアを止めなかった父を許せずに、このような状況になってしまったようだ。
父もパンパンに腫れた唇で言葉にならない言葉を発している。
母の怪力の恐ろしさを改めて知ったことで、札束が入った袋が目に入る。
「お母様、これ……!」
「あっ……ぁ……まさか、本当にっ、娼館に……?」
「大丈夫よ。これでお母様の薬が……っ」
オリヴィアがそう言いかけた瞬間、母は崩れ落ちるようにして気絶してしまった。
体の体温は高く、燃えてしまいそうだと思った。
「お母様、しっかり……!」
オリヴィアは母を抱え上げて、すぐにベッドに向かう。
その際に父を足で踏んでしまったが、今はそのことを気にしている場合ではない。
母をベッドに寝かせて、額に滲んだ汗を拭っていく。
荒く息を吐き出していたため、街で買ってきたパンとミルクでパン粥を作って食べさせた。
意識を取り戻した母が、オリヴィアに何かを伝えようと唇を開いたり閉じたりを繰り返す。
言葉を発しようとするたびに咳き込んでしまい、なかなか言葉にらならないようだ。
薬を飲ませて、やっと眠りについた母に安心していた。
恐る恐る部屋に入ってきた満身創痍の父に話を聞くと、母はオリヴィアが出て行ってあとに父をボコボコにしばきながら、泣きながら帰りを待っていたそうだ。
父も母には力で敵わないため、どうにもならずに今日になってしまったようだ。
(……お母様に心配をかけてしまったわ)
母の優しさにオリヴィアもグッと目頭が熱くなってしまう。
腫れが少し引いたのか、父が口を開いた。
「オリヴィア、正直に言ってくれ。誰を傷つけてしまったんだ?」
「……あ゛?」
オリヴィアを父の言葉をあえて聞き直していた。
まるで誰かをボコボコにして、逃げ帰ってきたことを決めつけるような言い方に苛立ちが込み上げてくる。
「どういう意味でしょうか?」
「ミリと話していたんだ。もしオリヴィアが誰かを殺めてしまっても責任は我々にあると……!」
反射的にオリヴィアの拳が下から上へと突き上がる。
父が宙に浮いたのを見て、手の早さを反省しつつ抗議のために口を開いた。
「誰も殴ってないわ!」
「そんなはずはないっ!」
「だから違うってば……!」
「その札束、脅したのか!? それともやはり……っ」
「わたしはそんなことをしていません!」
しかし父は「ありえない!」の一点張りである。
どうやらオリヴィアが誰にも手をかけずに金を持って帰ってきたとは思っていないようだ。
そして母もオリヴィアが手が早いことを心配して、もし何かしていても自分たちで責任をとろうとしていたようだ。
(まったく! 人をなんだと思っているのよ……!)
このままでは話が平行線のままだと、札束が入っていた袋からロベールに父に渡すように頼まれた書類を取り出した。
「これがわたしが娼館に雇われたっていう証拠よ! さっきのお金は……たぶん前金! そう、前金のようなものよ……!」
「ま、まさかそんなはずはない!」




