①① ロベールside3
書類を用意している間、菓子と紅茶を出しても手をつけようとしない。
(ほう……随分と警戒心が強いな。さすがだな)
毒を疑っているのかもしれない。
その警戒心にはマルセルやアイナスも驚いているようだ。
だが、腹は減っているようで菓子を凝視していた。
違和感を覚えつつも、金と書類を持たせて一旦帰るように促す。
辺境の様子やオリヴィアのことを詳しく調べる必要があると思ったからだ。
もしかしたら誰かからの刺客かもしれない。
こんないい話があるわけないからだ。
復讐かロベールに仇なす者か見極めなければならない。
不満はないという彼女だが、最後に我慢できなくなったのだろう。
ロベールがどうしてこのような変装をしているか問いかけてきた。
マルセルとアイナスを紹介して、彼らの見分け方を問いかけるとディルムーン辺境伯の娘らしい理由が返ってきた。
彼女となら、もしかして……そんな願望が頭に過ぎるがすぐに自分の甘さを振り払う。
改めて迎えに行くことを伝えるが、彼女は終始よくわかっていないような顔をしていた。
だからこそ疑ってしまう。裏に誰かがいるに違いないとそう思った。
しかし妻が決まったことが、アリスは予想外だったのだろう。
アリス・レディズリーは蝶の三大公爵、レディズリー公爵家の次女で、幼い頃からずっとロベールに執着していた。
彼女の生い立ちもなかなかに複雑ではあるが、貴族ならばよくある話だ。
ロベールの妻になりたいとアピールし続けているが、彼女にそんな感情を抱いたことはない。まったく興味がなかった。
レディズリー公爵は、エンバルト公爵家の特性を嫌というほど理解していた。
彼もアリスがエンバルト公爵家に嫁ぐことに大反対なため、ロベールが好意に応える必要もない。
幼い頃はは彼女の気持ちが嫌ではなかったが、その異常性は年々ひどくなるばかり。
もはや執着に近いだろうか。
レディズリー公爵はアリスを溺愛していた。
そのため無理に引き剥がすことはない。
彼女を刺激せずに飽きるまで放置する方向で話はまとまったが、妻を迎えるとなれば話は別だ。
(やっと彼女から解放される。レディズリー公爵にも手紙を書かねば……)
アリスはいつもこちらに期待を込めた視線を送ってきていた。
いつかは自分を選んでくれる。そう思っていたのだろう。
まるで夫婦のように語りかけてきて、ロベールに近づく女性を邪魔だと勝手に排除してしまう。
彼女は蝶のように美しい羽を広げて、捕食されるのをずっと待ち続けている。
それすらロベールにとってはどうでもよかった。
だから今回のような方法で女性たちを選んだ。
めちゃくちゃな方法だが、祖父を説得するのには役立ってくれたようだ。
彼女は自分以上に美しい人物はいないと思っているようだが、ロベールはアリスを除いて選ぶつもりでいた。
今まではレディズリー公爵の意向もあり、彼女の屋敷の出入りを容認していた。
まるでロベールのパートナーのように振る舞っていた彼女も目を覚ますだろう。
彼女は幼い頃からロベールを知っている。
だからこその自信なのかもしれない。
受け入れるつもりはないと何度も言っているにもかかわらず、今まで聞き入れることはない。
今頃アリスはマルセルによって、レディズリー公爵家に帰るように促されていることだろう。
「オリヴィアは金を欲していたな。英雄と呼ばれているディルムーン辺境伯に何があった?」
「今から人を派遣して調べます」
「どこくらいで調べがつく?」
「遠くはありませんから、数時間もあれば情報が届くかと」
「そうか。なら待とう」
「ふふっ、随分と気が長いですね」
「俺の〝妻〟となる女性だ。よく調べておきたい」
「そうですか。こちらが今あるディルムーン辺境伯の資料です」
ロベールはマルセルから薄い資料を受け取った。
そこには家族構成や普通ならば知り得ない情報まで書かれている。
しかしディルムーン辺境伯については、この程度の資料しかない。
大半は今までの功績とディルムーン辺境伯のこと。
兄のペリエ、母のミリの情報もわずかなものだ。
(オリヴィア・ディルムーン……彼女は俺の妻だ)
一年だけの契約結婚、彼女は金を。ロベールは表向きの立場を守るために行うものだ。
「ロベール様……?」
「……どうした?」
「いえ、なんでもありません」
ロベールは自分の口角が無意識に上がっていることにも気づかないまま、オリヴィアの驚いた表情を思い浮かべていた。




