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神様、そこにいますか? ―追放された少年が神を探して世界を旅した結果―  作者: くろめがね


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9/11

第9話 アルブと神様の天秤

第9話です。こんなふうに歪むのかしらと、

 神殿の階段は、思ったより高かった。


 石でできている。長い年月、人が上り下りしたのだろう。角が丸くなり、中央だけが少し凹んでいる。裸足で踏むと、ひんやりと冷たい。


 アルブは一段ずつ上った。


 セムは少し遅れてついてくる。市場の騒ぎは階段の途中で急に遠くなり、代わりに別の音が聞こえてきた。


 祈りの声。


 低く、ゆっくりとした声が、建物の奥から流れてくる。言葉はよく聞き取れない。だが一定の調子で繰り返されている。


 入口の前に立つと、香の匂いがした。


 甘く、少し苦い匂い。木の皮や樹脂を燃やした煙だ。村ではあまり使わない匂いだった。


 白い衣の男が、入口の横に立っていた。


 頭は剃られている。日焼けしていない肌が、外の光に少し眩しく見える。腰には紐があり、小さな粘土板がいくつかぶら下がっていた。


 男はアルブとセムを見た。


 視線は一瞬で、二人の服と手首をなぞる。


「祈りか」


 男は言った。


 声は静かだった。怒ってはいないが、興味も薄い声だ。


 アルブは答えた。


「聞きたい」


「何を」


「神のこと」


 男は少しだけ眉を上げた。


 珍しい言葉だったのだろう。


 後ろでセムが小さく笑ったが、すぐ黙った。


 男は入口の中を振り返り、それから二人に言った。


「中で話すことではない」


 階段の脇を指す。


 そこには石の台があり、壺や籠を持った人が順番に並んでいた。穀を納める場所らしい。


 男はその横の影に二人を連れていった。


 壁は石で、昼でも少し涼しい。


「何を聞きたい」


 改めて男が言う。


 アルブは少し考えた。


 言葉にすると、子どもの問いのように聞こえる気がした。


 それでも言う。


「神はいるのか」


 男はすぐ答えなかった。


 通りを見た。

 穀の列を見た。

 市場の煙を見た。


 それからアルブを見た。


「皆が祈っている」


 男は言った。


「それが答えだ」


 アルブは首を振った。


「それは答えじゃない」


 セムが横で息を呑む。


 祭司にそんな言い方をする者は少ない。


 男は怒らなかった。


 ただ、アルブの顔をじっと見た。


「おまえ」


 男は言った。


「村を追い出されたな」


 アルブは黙った。


 男は手首を指す。


「刻印のある者が、わざわざ神を聞きに来るのは、そういうときだ」


 アルブは視線を逸らさなかった。


 男は少し笑った。


「神はいる」


 そう言った。


 セムが小さく「ほら」と言う。


 だが男は続けた。


「だが、神は忙しい」


 アルブは眉をひそめた。


「忙しい?」


「人が多い」


 男は市場の方を指した。


「町がある。村がある。川の向こうにも町がある」


 空を指す。


「海の向こうにも」


 それから、穀の列を顎で示す。


「人は祈る。穀を納める。願いを言う」


 男はアルブを見た。


「全部聞いていたら、神は寝る暇がない」


 セムが吹き出した。


 だが男は笑っていない。


 真顔だった。


 アルブは聞いた。


「じゃあ、祈りは意味がないのか」


 男は少し考えた。


 壁にもたれ、石の床を足で軽く叩く。


「意味はある」


 そして入口の方を指した。


「見てみろ」


 アルブは神殿の中を覗いた。


 広い空間だった。


 中央に石の祭壇。

 その前に秤がある。


 大きな秤だ。


 片方に穀袋。

 もう片方に石の重り。


 祭司が重さを量り、粘土板に刻みを入れている。


 アルブは目を細めた。


「秤だ」


「そうだ」


 男は言った。


「神殿は数える」


 穀を。

 油を。

 銀を。


「祈りも数える」


 アルブは振り向いた。


「祈りを?」


「人は祈るとき、何かを差し出す」


 男は言った。


「穀、油、銀、労働」


 そして少し笑う。


「神は秤が好きだ」


 セムが言った。


「それ、神じゃなくて人じゃないか」


 男はセムを見た。


「同じだ」


 その言葉は軽く言われたが、妙に重く響いた。


 アルブは秤を見つめた。


 穀袋が揺れている。

 重りがゆっくり動く。


 均衡する瞬間がある。


 そのとき祭司が粘土板に印を刻む。


 アルブは小さく言った。


「神は、数えるのか」


 男は答えた。


「人が神にした仕事は、だいたい数えることだ」


 市場の声が風に乗って聞こえてくる。


 肉を売る声。

 塩魚の声。

 値を叫ぶ声。


 男は壁から体を離した。


「働くか」


 唐突に言った。


 アルブは顔を上げる。


「神を探すなら、まず腹を満たせ」


 入口の奥を指す。


「穀倉の運び手が足りない」


 セムが笑った。


「また穀か」


 男は肩をすくめる。


「神は腹の減った人間を嫌う」


 アルブは秤をもう一度見た。


 穀袋が、ゆっくり持ち上がる。


 重りが、下がる。


 均衡する。


 アルブは思った。


 もし神がいるなら、

 この秤のどこにいるのだろう。

どんな歴史が、愛を、寛容を歪めるのかしらと。

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