第8話 アルブと最初の街道
第8話です。
朝の光は、街道に出ると急に広がる。
村の畑道とは違い、街道は人の手で固められている。石と砂が敷かれ、何度も踏まれた道だ。足裏に伝わる感触が変わる。硬く、平らで、広い。
アルブと少年は並んで歩いた。
少年は背が低いが、歩く速さは同じだった。まだ腹を蹴られた痛みが残っているはずなのに、弱音は吐かない。時々息を吸い込む音だけが聞こえる。
朝の街道は、すでに動いていた。
遠くから鈴の音が近づいてくる。羊の群れだ。白い塊がもこもこと道を埋めながら進んでくる。羊飼いの男が長い杖を振り、犬が吠えながら端を締めている。
「寄れ」
少年が言った。
二人は道の端に寄った。
羊が通り過ぎると、匂いが残る。湿った毛の匂い、糞の匂い、草の匂い。朝の空気がそれを引き延ばしていく。
羊飼いが二人をちらりと見た。
刻印のある手首を見たのか、目を逸らした。
羊の群れが通り過ぎると、道はまた広くなった。
少年が口を開く。
「名前は?」
アルブは前を見たまま答える。
「アルブ」
「俺はセム」
少年は言った。
「腹減ってるか」
アルブは袋を叩いた。
「少しはある」
「いいな」
セムは舌を出した。
「俺は何も持ってない」
アルブは袋を開けた。穀を少し手に取り、セムに渡す。
セムはそれを指でつまみ、口に入れる。
歯で砕くと、粉が唇の端に付いた。
「うまい」
と言った。
「ただの穀だ」
「ただの穀がうまいときは、腹が減ってるときだ」
セムは笑った。
その笑いは軽かった。
軽いが、どこか慣れている。飢えに慣れた者の笑いだ。
街道の先に、荷車が見えた。
木の軋む音がする。二頭の牛がゆっくりと引いている。荷台には袋が積まれている。麦か、塩か、それとも粘土板か。
車の横を歩いている男が、二人を見た。
「おい」
声をかける。
二人は立ち止まった。
「どこから来た」
アルブは答えた。
「村から」
「どこへ行く」
アルブは少し考えてから言った。
「町」
男は二人を上から下まで見た。
服。
足。
手首。
刻印が見えたのだろう。
「働く気はあるか」
男は言った。
アルブは頷いた。
「ある」
男は荷車を指さす。
「後ろを押せ」
坂がある。
「町までだ」
アルブは車の後ろに回った。木の板に手を当てる。朝露で湿っている。
セムも隣に来た。
「俺もか」
男は肩をすくめた。
「押せるなら」
荷車は重かった。
牛が引くが、坂では足りない。アルブとセムが押すと、車輪が少し軽く回る。
木が軋む。
牛が鼻を鳴らす。
坂は長くない。だが足にくる。ふくらはぎが張る。背中が熱くなる。
坂を越えると、男が手を振った。
「もういい」
アルブとセムは手を離した。
息が上がっている。
男は袋を一つ開けた。
中から干した麦の塊を取り出し、二人に投げた。
「食え」
固い塊だ。麦を蒸して乾かしたもの。歯が強くないと噛めない。
セムが目を輝かせた。
「いいのか」
「働いた」
男は言った。
「それだけだ」
荷車はゆっくり遠ざかる。
牛の尻尾が揺れ、車輪の音が遠くなる。
セムは塊をかじった。
「うまい」
また言った。
歯で削りながら笑う。
アルブも少しかじった。
硬い。
だが甘い。
腹に落ちる感覚がある。
街道の先に、町が見えてきた。
低い壁。
煙の柱。
屋根が集まっている。
人の匂いがする場所だ。
セムが言う。
「神、いるかな」
アルブは町を見た。
煙が空に伸びている。
人が住めば、煙が上がる。
煙が上がれば、火がある。
火があれば、祈りもある。
「分からない」
アルブは言った。
「でも」
町を見たまま続ける。
「聞いてみる」
セムは笑った。
「誰に」
アルブは少し考えた。
「一番偉そうな奴に」
セムは腹を抱えて笑った。
街道の風が、二人の背を押した。
町が、少しずつ近づいてくる。
彼は、仲間なのかしら。




