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神様、そこにいますか? ―追放された少年が神を探して世界を旅した結果―  作者: くろめがね


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10/11

第10話 アルブと穀物蔵の影

第10話です。

 神殿の穀倉は、町の奥にあった。


 市場の喧騒から少し離れた場所で、厚い土壁に囲まれている。壁は人の背より高く、上には乾いた葦が並べて刺してある。鳥や鼠が入りにくくするためだろう。


 入口の門は半分だけ開いていた。


 中に入ると、空気が変わる。


 麦の匂いだ。


 乾いた穀の匂い。粉になった麦の甘い匂い。人の汗と混じると、腹の奥をくすぐるような匂いになる。


 倉は三つ並んでいた。


 一つはすでにいっぱいで、袋が壁のように積まれている。

 一つは半分ほど。

 もう一つは空いていて、人が袋を運び込んでいる。


 アルブとセムは、入口のところで立ち止まった。


 監督らしい男がいた。肩の広い男で、腕が太い。祭司のような白衣ではなく、粗い布の服を着ている。


「新しいのか」


 男が言った。


 アルブが頷く。


「働く」


 男は二人の手首を見た。


 刻印。


 少しだけ眉を動かす。


「神殿の仕事は、刻印があってもできる」


 そう言った。


「盗まなければな」


 セムが鼻で笑った。


「腹が減ってる奴に、穀を運ばせるのは勇気あるな」


 男は肩をすくめる。


「盗めば分かる」


 腰の短い鞭を指す。


 それ以上の説明はいらない。


 男は袋を指した。


「それを運べ」


 穀袋は重い。


 人の腰ほどの高さで、両腕で抱えないと持てない。布は粗く、指に食い込む。


 アルブは袋を抱えた。


 背中に重さが乗る。


 脚に力を入れ、ゆっくり歩く。


 倉の奥へ運ぶ。


 床は固い土で、穀粉が薄く積もっている。足を踏み出すたび、白い粉がふわりと舞う。


 袋を置く。


 肩が軽くなる。


 だがすぐに次の袋がある。


 セムは隣で袋を引きずっていた。


「重い」


「穀だ」


 アルブは言った。


「食べ物は重い」


 セムは笑った。


「いい言葉だな」


 作業は単純だった。


 袋を持つ。

 運ぶ。

 積む。


 同じ動きが繰り返される。


 昼が近づくと、倉の中は暑くなる。空気が動かない。汗が背中を流れ、袋の布に染みる。


 休みの合図は、鐘だった。


 倉の外の小さな鐘が鳴る。


 男たちは袋の上や壁際に座り込む。


 アルブも腰を下ろした。


 手のひらが赤くなっている。布の摩擦で皮が剥けそうだ。


 セムが干し肉の欠片をかじる。


「この町、いいな」


「どこが」


「殴られない」


 アルブは少し笑った。


 そのとき、倉の入口で騒ぎが起きた。


 声が上がる。


「待て!」


 誰かが叫んだ。


 アルブとセムは顔を上げた。


 入口のところで、男がひとり捕まっている。


 穀袋を抱えている。


 監督の男が、その腕を掴んでいた。


「どこへ行く」


 男は答えない。


 袋を抱えたまま立っている。


 顔は青い。唇が乾いている。


 周りの運び手たちが立ち上がった。


「盗みか」


 誰かが言う。


 男は首を振る。


「違う」


 監督の男が袋を引き寄せた。


 袋の口が少し開いている。


 中から穀がこぼれる。


「外へ持ち出す気だったな」


 男は震えた声で言った。


「子どもが」


 その一言で、空気が少し変わる。


「子どもが、三日食ってない」


 倉の中の男たちが黙る。


 セムが小さく言う。


「……だろうな」


 監督は鞭を持った。


「掟だ」


 短く言う。


 男は何も言わない。


 袋を手放した。


 穀が床にこぼれる。


 その粒を見ながら、男は言った。


「一握りでいい」


 監督の鞭が動いた。


 空気を切る音。


 ぱしん、と背に当たる。


 男の体が揺れる。


 もう一度。


 倉の中は静かだった。


 誰も止めない。


 セムが小さく舌打ちした。


 アルブは動かなかった。


 ただ、床に散った穀粒を見ていた。


 小さな粒だ。


 だが、それで人は生きる。


 鞭が三度、四度と振られる。


 男は倒れた。


 監督は息を吐き、鞭を腰に戻した。


「仕事に戻れ」


 誰も動かなかった。


 監督が睨む。


 男たちはゆっくり立ち上がった。


 また袋を運び始める。


 セムがアルブに言った。


「神、ここにもいると思うか」


 アルブは穀粒を一つ拾った。


 指で転がす。


 それから言った。


「いるなら」


 穀倉の奥を見た。


「腹が減ってるはずだ」


 セムは苦く笑った。


 穀袋がまた運ばれる。


 秤のように、人の腹と掟が揺れていた。

読んでいただきほんとうにありがとうございます。

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