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神様、そこにいますか? ―追放された少年が神を探して世界を旅した結果―  作者: くろめがね


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3/11

第3話 アルブと掟の裁き

第3話です。読んで下さる方を拒む重さです。

 神殿の門をくぐると、空気が変わった。


 外の町の匂い――土と糞と煙の混じった重たい空気は、ここには薄い。代わりに、乾いた麦と油と香草の匂いが漂っている。床は踏み固められた土ではなく、焼いた煉瓦が敷き詰められていた。足裏がひやりとする。


 アルブの腕を掴んだ衛兵が、そのまま歩かせる。


 煉瓦の通路の左右には穀倉が並んでいた。背の高い壁。壁の上には小さな穴があり、そこから麦の粉がうっすらとこぼれている。穀物の匂いは、腹の奥を刺激する。空腹の匂いだ。


 運搬人たちが袋を担いで行き来していた。誰もが忙しく、誰もがこちらを見ない。だが、ちらりと視線を寄こす者もいる。刻印のある者が中に入るのは、珍しい。


「ここで待て」


 衛兵がアルブを押した。


 煉瓦の壁の脇、低い石の台の前だった。台の上には粘土板がいくつも積まれている。まだ乾いていないものもあり、指の跡が残っていた。


 奥から、年配の男が歩いてくる。


 衣は白く、縁に青い糸が縫い込まれていた。神殿の裁きを司る者の印だ。髭は短く整えられ、目は眠そうに細い。だが、眠そうな目ほど人をよく見る。


「何事だ」


 男が言う。


 書記が一歩前へ出た。


「穀袋が一つ不足しました。盗みの疑いです」


 男の目が、アルブに向いた。


「この者が?」


「いいえ」


 書記は首を振る。


「この者は盗んではいないと言い張り、神殿の数えを疑いました」


 言葉の置き方が巧い。

 盗みより重く聞こえる。


 裁きの男は、アルブの手首を見た。


 袖の奥の刻印。


 ほんの少し、眉が動く。


「名は」


「……アルブ」


「どこの者だ」


 アルブは少し迷った。


 どこ、という言葉が難しい。

 生まれた家はある。だが、それを言うと家族に迷惑が及ぶかもしれない。


 裁きの男は、少しだけ待った。


 その待ち方は、問い詰める者の待ち方ではない。人が言葉を選ぶ時間を知っている者の待ち方だ。


「……川向こうの集落だ」


 アルブは答えた。


 嘘ではない。だが、半分だけだ。


 男はそれ以上聞かなかった。


「何を言った」


 静かに問う。


 アルブは喉を湿らせた。


「袋が破れてるかもしれないと言った」


「それだけか」


「……証を見せろ、と」


 周囲の空気が少し動いた。


 裁きの男は、書記を見た。


「袋は見たか」


 書記の表情がわずかに固くなる。


「まだです」


「なら、まず見ろ」


 その声は穏やかだった。

 だが命令だった。


 書記が門の方へ目をやる。衛兵が一人走っていった。


 しばらく沈黙が落ちた。


 遠くで羊の鳴き声が聞こえる。

 神殿の裏で屠る前の声だ。


 アルブはその声を聞きながら思った。

 羊は何を思っているのだろう。


 神を思うのか。

 何も思わないのか。


 衛兵が戻ってきた。


 袋をひとつ持っている。


 口が裂けていた。


 裁きの男がそれを見た。


 そして、書記を見た。


「穀はどれほど失われた」


 書記は袋を手に取り、裂け目を確かめる。


「……少しです」


「なら盗みではない」


 裁きの男は言った。


 あっさりと。


 門の外で膝をついていた少年が、これで助かる。

 アルブは胸の奥で息を吐いた。


 だが、裁きの男は続けた。


「だが」


 その一言で空気が変わる。


「掟は残る」


 アルブは目を上げた。


 裁きの男は静かに言う。


「刻印の者が神殿で声を上げることは、掟に触れる」


 穏やかな声だった。

 怒りも嘲りもない。


 ただ、事実の声だ。


「盗みではない。だが掟は破った」


 アルブは何も言わなかった。


 言い訳をすればするほど、泥は深くなる。


 裁きの男は、少し考えた。


 そして言った。


「三日の労役」


 書記が頷く。


 衛兵がアルブの腕を離した。


「穀倉の掃除だ」


 裁きの男は続けた。


「袋の裂けを見つけたのは事実だ。罰は軽くする」


 軽い。


 そう言われても、三日の労役は軽くない。

 外の者にとって三日働けないのは、三日食えないのと同じだ。


 だが、それ以上にはならなかった。


 裁きの男は最後に言った。


「覚えておけ」


 アルブを見て。


「掟は、人を守るためにある」


 アルブはその言葉を聞いた。


 そして胸の奥で、何かが小さく軋んだ。


 守る。


 さっき門の前で、誰が守られていただろう。


 少年か。

 神殿か。

 それとも掟そのものか。


 裁きの男はもうアルブを見ていない。


「次」


 とだけ言った。


 裁きは終わった。


 衛兵がアルブの肩を叩く。


「運がいいな」


 笑いながら言った。


「普通なら鞭だ」


 アルブは答えなかった。


 穀倉の奥へ歩かされながら、思った。


 神よ。


 あなたはここにいるのか。


 それとも――


 掟の中にいるのか。

読んでくださり本当にありがとうございます。アルブは、困ったさんです。

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