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神様、そこにいますか? ―追放された少年が神を探して世界を旅した結果―  作者: くろめがね


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2/11

第2話 アルブと庇った代償

第二話です。ほら、言わんこっちゃない。重たい話になってきた。

 門前の土は、昼になると焼けるように熱くなる。まだ朝だというのに、神殿の煉瓦はすでに日を吸い込みはじめていた。乾いた風が吹くたび、穀倉の隙間から麦の粉がふわりと舞う。鼻の奥がむずがゆくなる匂いだ。


 衛兵に胸倉を掴まれたまま、アルブは息を整えようとしていた。喉を押されると、呼吸が浅くなる。浅い呼吸は、恐れを増やす。恐れは相手に伝わる。


「証を見せろ、だと?」


 書記が言った。粘土板を抱えたまま、アルブを見下ろしている。陽がその額を照らし、油で整えた髪がぬらりと光った。


「外の者が、神殿の帳簿を疑うのか」


 帳簿。

 アルブはその言葉に反応した。

 帳簿は神殿の心臓だ。穀物の量、貸した銀片、戻る利、供犠の数、すべてがそこに刻まれる。刻まれた数字は、人の言葉より重い。


「疑ってるんじゃない」


 アルブは喉を締められながら言った。

「数え間違いはある」


 衛兵の手がぐっと強くなる。喉の奥が鳴った。


「掟を知らんのか、刻印持ち」


 衛兵の吐息には、昨夜の酒の匂いが混じっていた。酸い匂いが鼻に刺さる。


「神殿の数は間違えない」


 その言い方は、神が間違えないと言うのと同じ響きを持っていた。


 アルブは答えなかった。

 代わりに、地面を見た。


 少年が倒れた場所の近くに、穀粒が散っている。袋の口が粗く縛られていたのだろう。少しずつこぼれた粒が、踏まれて粉になり、土に混じっている。


 アルブは足先でそれを指した。


「袋が破れてる」


 書記の目が、初めて地面を見た。

 ほんの一瞬だけ。


 だがその一瞬が、すぐに別の色へ変わる。冷たい色だ。


「……なるほど」


 書記は小さく頷いた。


「つまり、おまえは言うわけだ」


 粘土板を持ち直しながら、ゆっくり言葉を区切る。


「神殿が嘘をついた、と」


 アルブの背中を、冷たい汗が流れた。


 違う。

 そう言いたかった。

 だが言葉を足せば足すほど、泥に足を取られるのは分かっている。


 書記は周囲を見回した。


「聞いたか」


 静かな声だった。

 しかしその声は、門前にいた者すべてに届いた。


「刻印の者が、神殿を疑う」


 ざわめきが広がる。

 中にいる者たちは眉をひそめ、外にいる者たちは視線を落とした。


 誰も味方にならない。


 それが、この場所の秩序だった。


 衛兵がアルブを突き飛ばした。


 背中が地面に打ちつけられる。

 固い。

 踏み固められた土は、石に近い。


 肺の空気が一瞬で抜けた。


 アルブが咳き込むと、砂が口に入った。舌の上でざらつく。


「盗人を庇った罪は重い」


 書記が言う。


「盗んでない」


 地面に倒れたまま、少年が言った。


 声は震えていたが、はっきりしていた。


「俺は……袋を運んだだけだ」


 衛兵がその腹を蹴る。


 鈍い音。

 少年の体が折れ曲がる。


 アルブは起き上がった。


 胸が焼けるように痛む。

 けれど足は動いた。


「やめろ」


 言葉は短かった。

 怒鳴るでもなく、低い声だった。


 その声に、衛兵が振り向く。


「まだ吠えるか」


 次の瞬間、拳が飛んできた。


 頬に当たる。

 視界が白く弾けた。


 倒れたアルブの耳に、誰かの声が入る。


「……ばかだ」


 外の者の声だ。

 老人だった。


「黙ってりゃいいのに」


 責めているのではない。

 ただ、呆れている。


 生きるための呆れだ。


 アルブは血の味を舌で感じながら、ゆっくり体を起こした。


 少年がこちらを見ている。


 その目は、さっきと違っていた。


 怒りでも恐れでもない。


 困ったような目だ。


「……なんで」


 少年が言う。


「助けるんだ」


 アルブは答えなかった。


 理由はある。

 けれど、うまく言葉にならない。


 代わりに空を見た。


 雲が、ゆっくり流れている。

 さっきと同じ空だ。


 神殿の屋根の上を、ただ流れる。


 アルブは胸の奥で思った。


 もし神がいるなら、

 この光景を見ているのだろうか。


 見ていて、黙っているのか。


 それとも、そもそも――。


「連れていけ」


 書記の声がした。


 衛兵がアルブの腕を掴む。


「裁きだ」


 門の中から、別の衛兵が出てくる。


 外の者たちは、さらに距離を取った。


 女が赤子を抱き直し、目を逸らす。

 老人は、深く息を吐いた。


 誰も止めない。


 少年だけが、地面に膝をついたまま叫んだ。


「そいつは盗んでない!」


 その声は、門の煉瓦に当たって跳ね返り、

 誰にも拾われないまま空に散った。


 アルブは腕を引かれながら、門を見上げた。


 神殿の扉は、厚い木でできている。

 鉄の釘が打たれ、黒く光っている。


 この扉の向こうに、神はいるのだろうか。


 それとも――。


 門が、ぎしりと音を立てて開いた。

重たくしたくないけど、アルブはどんどん重い話にしたがります。

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