第17話 聖女か魔女か
神様がどこにいるのかあたしは知らない。知らないまま見て欲しいと舞う。
「汝らも形にはなってきた。体を拭いて巫女服に着替えよ」
珍しく神主みたいな恰好をしている麿先生がそう言った。あたしとすみれは着替えて後をついていく。神宮の中、その奥へと連れていかれる。
「ここから先へは誰も進めない」
「なにがあるんですか?」
「在る。そしてそれは空だ」
禅問答みたいだなと思った。
「昔カトリックの神父が、まあ左翼かぶれだが、日本の神道を偶像崇拝と攻撃してきたことがあった」
よくわからない。宗教の違いがそもそも何なのかあたしは知らない。どちらにしろどの神様にも嫌われてることだけはわかってる。
「とんでもない話だ。神社に偶像など狛犬程度だ。あれを拝むものがおるかな?」
「お祈りしたことはないです」
「だろう。では神社の奥に何があるか気にしたことは?」
「ないです」
「祀られている神の名は?」
「そう言われれば知りません」
八百万の神って言葉くらいは知ってる。
「日本人は神の名を忘れた。八百万の神。それもまた忘れた。祈りだけが残った。祈りだけが」
じゃああたしたちは何にに対して祈っているのだろう。祈りたいことはいっぱいあるのに。
「この先にある神器もそうだ。誰も姿を見たことがない。本来の持ち主さえも……」
「じゃあなにがあるんですか?」
「純粋なる祈りだ。ただ神と言うナニカへの思慕だけがある。姿はない。どこにでもいてどこにもいない。ただそれは人の間にはたしかにある。それを繋ぐのがお主の仕事だ」
麿先生の目は優しい。
「自分を自分で許せない」
「そんなのあたりまえです」
「なら許さなくていい。誰か他人が自分を許してくれるのを祈れ。そして他人を許し続けろ」
「よくわかりません」
「わからなくていい。わかってたまるか。ただ祈りを。祈りを捧げろ。どんなに報われなくとも祈り続けろ」
ただそれだけの言葉が誰もいない境内に響いた。あたしはなんなのだろうか?
「今度の奉納演舞はお前が主役だ。祈り狂え。誰かに見てもらえるように」
ただ舞台は用意された。あたしはなにもないどこにもいないいつもいないナニカに祈るのだ。
いよいよ駄目だと悟りました。娘は衰弱しきってもう自分の足で立つことさえやめてしまった。ずっと続いたがんとの闘いで憔悴しきっていました。O・ヘンリーの最後のひと葉ですよ。ジョンジーのように。いつ死ぬのかだけを考えていたんだと思います。それが嫌で、私たち家族は娘を連れて日本に旅行に来たんです。娘は日本の漫画アニメが好きでした。セーラームーンのお芝居を見て、秋葉原に行って、最後の思い出作り。京都にも行きました。そこでふっと夫が伊勢に行こうと言いました。夫は東洋の神秘に掛けようとしていたんだと思います。どうしようもないオリエンタリズムです。くだらないと思ったんです。教会でいくら祈ってもだめだった。日本人でもない私たちを異国の神が救ってくれるわけもない。そうでしょう?違いますか?そして伊勢にやってきました。そこで奉納演舞が行われているのを見たんです。私は観光客向けのショーだと馬鹿にしてた。退屈なリズムに地味な動き。周りの、私たち以外の外国人たちは喜んでましたけども、私の心は冷めていた。そんなときです。あの子が出てきた。RUIKAです。綺麗な黒髪の東洋の真珠。私たち外国人が見たがっている日本の巫女のカリカルチュア。凝ったショーだと思ってた。赤い袴に白い上着。それに金色の簪。ゆったりした動きで何をやっているのかわからなかった。バレーのような大仰さになれた私たちには退屈なものだと思ってた。でもおかしいことに気がついたんです。確かに音が鳴っていたはずだったんです。緩い笛や控えめな太鼓、柔らかな弦の響き。それらは最初はあった。あったんですよ。いつの間にかなくなってた。なのに聞こえていたんです。聞こえていたんですよ!なにかが!!跡で動画を見返しました。確かに音は途中でバッサリ消えていた。だけどあの時それに気づいていた人はほとんどいなかった。聞こえていると錯覚していた。RUIKAの舞に皆が夢中、いいえ、違う。あれは陶酔……。若いころ実はオピオイドの中毒になっていたことがあります。あの時の多幸感。あれによく似てました。ぼーっとするようななにかです。
「痛くない。ママ。痛くないの」
娘がRUIKAを見ながらそう言いました。ぞっとしたんです。もう余命わずかながん患者から痛みを忘れさせる舞。なんですかそれは?なんなんでしょうか?私だって夫がいる身です。ストレス解消やコミュニケーションのためにセックスをして幸福を覚えます。ですがRUIKAと私たちは肌を触れ合わせているわけじゃない。じゃあなにが娘に触れたのですか?舞が終わってRUIKAが引っ込んでも外国人たちの群れはそこにずっととどまっていました。やいのやいのと色んな国の言葉で叫んでました。
Bring RUIKA before us!
Amène RUIKA devant nous !
Bring RUIKA vor uns!
Porta RUIKA davanti a noi!
¡Trae a RUIKA ante nosotros!
Приведи RUIKA перед нами!
把RUIKA带到我们面前!
RUIKA를 우리 앞에 데려와라!
RUIKA को हमारे सामने लाओ!
För RUIKA fram inför oss!
Traga RUIKA diante de nós!
Φέρε τη RUIKA μπροστά μας!
RUIKA’yı önümüze getir!
RUIKA را پیش ما بیاور!
Bawa RUIKA ke hadapan kami!
Hãy đưa RUIKA ra trước chúng tôi!
นำ RUIKA มาต่อหน้าเรา!
أحضر RUIKA أمامنا!
みんなきっと同じことを叫んでいた。慌てた宮司たちが英語で「わかったから待っててくれ」と叫んで、再びRUIKAが出てきました。今度は最初から演奏なしです。ただひたすら舞っていて。それを人々が静かに……蕩けた顔で見ていた。人生であれほど怖い日はなかった。そして娘も見たこともないような笑みでRUIKAを見ていた。母親の私がどんなに頑張っても病に倒れた後の娘を笑わせてやることなんて出来なかった。なのに!なのにぃ!!……すみません。取り乱してしまいしました。群衆が満足するには夜までかかりました。RUIKAはさすがに疲れていたように見えました。その後彼らは舞台の上に金を自然にたくさん積んでいった。静かに静かに。ロックスターが近くにいたら抱き着こうとします。そうはならなかった。お行儀よくお金だけ置いて去っていきました。娘もです。娘もなんですよ!!歩くのやめたはずだったのに!自分の足でRUIKAに金を積みました。そして。
「もう痛くないの。ママ。帰ろう。やりたいことがあるから」
そしてアメリカに帰りました。娘は末期がんで医者も匙を投げたはずでした。ガンは見る見るうちに小さくなり、一年後には健康に戻りました。そして娘はバレエを始めました。今はニューヨークでバレーとミュージカルの両方で人気者ですよ。ええ。おかげでゲーティットタウンに豪邸を構えられるくらいにね。いくつもの権威ある賞も貰った。自慢のむすめです。でもね。娘はまだ見てるんです。RUIKAのあの日の動画を。真似しています。
「足りない。届かない」
娘は何かにとりつかれたようにRUIKAを見続けています。ねぇ教えてください。巫女は聖女なんですよね?本当なんですか?私にはRUIKAは……魔女に見えるんです。




