第16話 修行
私はバーで荒れていた。あの女が気に喰わない。
「るいかぁ。くそ!」
度数の高い酒を飲みながら少しでも苛立ちを晴らしたかった。このバーは芸能人御用達しの会員制クラブだ。だから酒で醜態をさらしても大丈夫。
「サザンカちゃん。えらい荒れてんねぇ!」
私のとなりに男性アイドルグループのイケメン猿喰が座った。飲み友達、というかセフレだ。
「なんかあったん?」
「新入りがうざい。しゃちょーのおきにだからいびれない」
「女の世界こわ!」
「スポットライトが当たるやつの数は限られてんだからそうなるのよ」
なにも足を引っ張りたくて引っ張っているわけじゃない。引っ張らないと出番が回ってこない。そう。私は悪くない。業界の仕組みが悪いんだ。
「てかさいびるくらいなら、男紹介してそこを週刊誌にタレこめば?」
「あいつガードが堅いから無理。しゃちょーから釘差されてる」
「だったら過去の男調べれば?」
それを聞いたとき、私ははっとした。
「そっか!今無理でも昔があるんだ!」
「そうそう。昔調べればいいんよ。顔いいなら彼氏の一人二人いるっしょ。そいつを嗾ければいいんだよ。それで脅してもいいし」
「探偵雇えばいいのかな?」
「俺が用意するよ。うちの事務所にはそう言う過去を洗うのが得意な奴がいるんだ。もめ事とかを消したり、逆に利用したりするのさ」
「えげつな!でもいいじゃん!やってよ!」
「じゃあ相談しに行こうか」
自然と肩を抱かれて店を出る。そして近くのラブホに私は入った。その日は燃えた。これであの女をどうにかできると思うと楽しくて仕方がなかった。
あたしの目の前に褌一丁の男がいる。筋肉ムキムキで、なのに顔は源氏物語の挿絵の平安貴族イケメンっぽい感じ。髪の毛もロングでサラサラだった。
「るいかちゃん。なんでわたしたちこんなところにいるの?」
「しらない。万和さんが行けっていうから来ただけ」
あたしたちは赤い袴の巫女服を着せられている。いるのは伊勢の森の中。
「汝らを随神の道に誘うのが麿の務めである」
褌のおっさんが喋った。ビブラートの利いた美声。筋肉には似つかわしくない。
「で何をすればいいの?」
「逆に問おう。汝らはあいどるが何なのかわかっておるのか?」
そう言われると困る。
「楽しく踊って歌ってみんなを笑顔にする仕事です!」
スミレは迷うことなく答えた。
「そう。それも正解の一つ。だが日本における。そもそもの芸能の始まりとはなにか?」
「何かって言われても高校中退なんで学なんかないです」
「阿国を知っておるか?」
「知らない」
誰それ?戦国大名とかだろうか?
「もともと芸事の始まりは神事が源流である。神に奉仕する過程が独立して芸能へと進化したのである」
だそうだ。
「ほぇなるほどなぁ。たしかにお祭りで踊ったりするしね」
すみれはついていけているようだ。あたしはもう理解を放棄したけど。
「儀式を通じて神と交信する。その余波が人々に幸福を覚えさせる。巫女はその媒介であったのだ」
オカルトすぎてついていけない。だけど神と言った。
「罪を雪ぐのも儀式ですか?」
「ふむ?面白いことを言う。そのとおりである。罪は人の手に余る。だから儀式を作り出して、そこに流すことで解放を目指す。そういう機能が宗教にはある。穢れを流す。日本式に言えばそうであろうとも」
あたしの心になにか火花が散った気がした。ここで得るものは大きい。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
あたしは深く頭を下げる。すみれも続いた。
「よろしい。では修行を開始する」
そして修業が始まった。連れていかれたのは滝の前だった。
「滝に打たれるんですか?」
すみれはどことなく期待感があることを言った。だけど褌のおじさんは首を振る。
「そんなもの意味がない。見ておれ」
褌のおじさんは川に入っていく。そして腰位まで水に浸かるとそこで舞い始めた。扇子を流麗に降り、振り上げる足から散る水しぶきがキラキラと眩い。不思議だ。見ているだけでぼーっとするような陶酔感を覚えた。そして舞うのをやめて滝に向かって一礼して皮から出てきた。
「神にささげる奉納演舞である。汝らにはこれを習得してもらう」
「振付だけなら難しくはないです」
「その通り。だがしばらくは形にすらならぬよ。そして神と触れ合うことも敵わない。かつてアマテラスが岩戸に御隠れなされた時に、アメノウズメノミコトが踊り、岩戸より引き出した。神の目を向けさせるとはかように難しい」
神話が何を意味するのかは分からない。だけどこれをやることに意味はある。あたしは決意して川の中に入っていく。
「言い忘れておった。水着でかまわぬよ。巫女服邪魔だし」
あたしは川の中でずっこけた。先に言えよ。そう思いながら川の中の魚さんたちを見詰めたのだった。




