第14話 ナイト様
最近は火光さんが泊まり込むことが多くなった。僕の食生活が心配だという。
「もうすぐできるからちょっと待ってて」
「ごめんね。やってもらっちゃって」
「ごめんじゃなくてありがとうがいいかしら」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
火光さんは微笑む。それはとてもやさし気で僕の凍り付いた何かを溶かしてくれる。そんなつもりになれる。テーブルに色々な料理が並ぶ。
「「いただきます」」
料理はとても美味しかった。栄養もちゃんと考えられている。きっと誰かのお嫁さんになってもちゃんとやれるだろう。
「どうかしたの?」
「いや。なんでもないよ」
「味付けとかに好みがあったら言ってね」
「うん。わかったよ」
この関係もいずれは終わる。火光さんは僕の隣には永遠にいてはくれない。だからせめて今この瞬間の食事を楽しむことにした。
今日はすみれとコスプレイベントに出かける日だ。池袋の駅で待ち合わせたとき、彼女はとくに変装をしていなかった。
「あれ?るいかちゃんそのサングラスなに?」
「顔バレこわいから万和さんにつけろって言われてる」
「そうなんだー」
「あなたもそうだと思うけど」
「わたしはバレて人に囲まれてみたいかも!」
そういう風に考えるのもありか。でもあたしにはそうやって囲まれるのを避けたい事情がある。メディア以外で露出は避けないといけない。ならすみれの誘いなんて断ればいいんだろうけど、すみれの懇願を断れるほど冷たくもなれない。あたしはまだ中途半端だ。
「今日は有名なレイヤーさんも来るんだぁ。楽しみ」
「そうなの」
「うん。レイヤーさんのトップってホントすごいよ。写真写りめっちゃばえるの!」
「今のあなたなら大丈夫じゃない?」
「それならいいんだけどねぇ。まだるいかちゃんと一緒じゃないとだめかもー」
他愛ないお喋りをして歩いていく。途中ゲームセンターのキャッチャーを見かけた。
「あのぬいぐるみ可愛いね」
「欲しいの?」
「ちょっと欲しい」
あたしはそれを聞いてキャッチャーの前に立ってコインを入れて、ぬいぐるみを取った。
「え?うそ!すご!」
「あげる」
「いいの?!」
「ええ」
「ありがとー!!」
すみれはぬいぐるみをぎゅっとしている。あたしはそれを見て心の中でガッツポーズをとった。そして再び歩き出す。楽器屋の前を通った。あたしの足が止まる。
「どうかしたの?」
「ベース……」
「ベースがどうかしたの?」
「ううん。べーすってかっこいいよね」
「うん?そうだね。楽器できる人ってかっこいいよね。わたしとか楽器下手で羨ましいなぁ」
すみれは素直だ。朗らかに笑っている。この子が昔のあたしのそばにどうしていなかったんだろう?そう思ってしまった。
「もしかしてるいかか?」
聞き覚えのある声だった。あたしが振り向くとそこには綿島たちがいた。
「やっぱりるいかだ!久しぶりだな!嬉しいよ!」
あたしの心のどこかが冷たくなっていく。過去は何処までも追いかけてくる。
「なあるいか!やっぱり俺と付き合ってくれないか?!」
何を言い出すんだこの男は。
「何言ってるの?」
「あいつのせいでみんなはなればなれになった。だけどやっぱりお前が傍に居ないと寂しいんだ!」
そんなの自業自得なのに。綿島はあたしの肩に手を置く。昔と同じように。
「あいつのことなんてどうだっていいだろ!だから俺と……」
どうでもよくない。どうでもいいのは目の前のこいつだ。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「るいか?!」
あたしは叫ぶ。近くの警官がこっちを見た。
「この人痴漢です!」
あたしは肩を振りほどいてそう綿島を指さす。すると警官がこっちへと猛ダッシュで来る。あたしはすみれの手を取って、走る。
「るいかちゃん?!」
「いいから振り向かないで!」
「るいか!?どういうことだよ!!」
綿島が後ろから叫ぶ声がしたけど無視する。あたしはすぐに大通りを渡って、人ごみの中に紛れる。そしていくらか走った後に、どこかの公園に辿り着いた。
「るいかちゃん。あの人たちと昔何かあった?」
「あったよ。忘れたいくらいあった」
「そうなんだ。辛いこと?」
「あたしにそう言う資格はないかな」
顔の神経が言うことを聞かない。笑みで誤魔化したいのに。口元が震える。
「泣きたいの?」
「泣いちゃダメなの」
「泣いてもわたしならいいよ」
すみれはあたしを抱き寄せた。それが堤防を壊した。あたしは体を震わせてボロボロ泣いた。泣いてしまった。
「うん。いいんだよ。いいの。るいかちゃんは悪くないよ」
悪いのはあたしだ。あたしなんだ。だけど涙が止まらない。恥ずかしかった。泣くこともあんな奴らの仲間だったことも。すべては許されないこと。まだあたしは自分が可愛いクズなんだ。
あらかた泣いた後にすみれに手を引かれてコスプレ会場にやってきた。
「コスプレはねぇ。いいよぉ。違う自分になれるの」
ヅラを被って衣装を着た後に、すみれがあたしの顔を化粧していく。出来上がった顔は別人みたいだった。涙の痕もなかった。
「今だけでいいからさ。わたしのおままごとに付き合って」
「おままごと?」
「うん。るいかちゃんのキャラはわたしのキャラをいつも守ってくれるナイトみたいな女の子。かっこいいんだ」
自分からは程遠いキャラらしい。だけどすみれは微笑んでいる。
「るいかちゃんはわたしのナイト様だよ。るいかちゃんがいてくれたから人生が広がったの」
利用しただけだ。なのに感謝される。きっとあたしの過去を知れば軽蔑される。それが怖い。
「だからるいかちゃんのことが好き」
そう言われる資格があるわけない。
「だからるいかちゃんはナイト様。じゃあ会場に行こう!皆に見て欲しい!わたしのナイト様!」
すみれに手を取られる。そしてあたしたちは沢山の人たちに撮られた。だからお願い。今だけでいいからナイトのように見えますように。
拙者はコスプレ専門でござった。であるがコスプレの撮影とはなかなかに屈辱的なものでござる。我々が求めているのは藝術なのでござる。レイヤーの自己満足に付き合うのは勘弁なのでござるよ。キャラ愛もなく見せかけのポーズばかり取るマネキンたちにほとほとウンザリして居ったのだ。そこへあらわれたのがルイカ殿でござった。彼女のコスプレは”本物”でござった。彼女のはコスプレ。そうプレイ。遊びではござらん。演技であった。純恋殿のキャラを一途に守るその姿勢は本物であった。なぜそう断言できるかでござるか?すみれ殿が休憩時に男性レイヤーに絡まれたのでござる。軟派行為はよくあるでござる。男性レイヤーの陽キャは女性レイヤーを食いまくっていることで有名でござる。強引なナンパにあわやすみれ殿もその毒牙にかかるのやと思った瞬間であった。るいか殿は自分よりも背丈の高い男性たちに気丈に向かったのでござるよ。本当はマナー違反でござる。だけど拙者はその瞬間をカメラに収めてしまったでござる。この写真に収められたのは本物のアートでござる。この写真を撮れたことは拙者の誇りでござるよ。出来れば今度はるいか殿のお姫様の写真を撮りたいと願っているでござる。(のちのアカデミー賞監督の自伝より抜粋)




