298話 武辺者の地から少し離れたヴィルフェシスでの話・7 =幕間=
* トレハ視点 *
母が提出した謎の尻尾の鑑定について私も母もどうも興味関心が無い。換金できるなら換金して欲しいと思うだけで、あれが大トカゲだろうがドラゴンだろうが気にしていない。もし仮に提出した大トカゲの尻尾が実はドラゴンの類であったなら、母も私もたちまち『ドラゴンスレイヤー』の称号を持つ【金証】冒険者となるだろう。
そもそも【金証】冒険者昇格の条件になってる竜種なんていう怪物は、原則、九階層以下の深部にしか生息していない。それが何らかのきっかけで七階層あたりにまでふらりと這い上がってくるなど滅多にあることではない。過去、クラガリ茸目当てに潜ったベテラン冒険者が不意の遭遇戦で命を散らしたという凄惨な事例が数えるほどだが存在する。けれど本来なら、迷宮の奥深くに鎮座しているはずの竜種が七階層にまで移動してきているのだとしたら──それは迷宮の最深部で生態系を揺るがすような『何らかの異変』が起きている前兆に他ならない。
あの隻腕の受付嬢──マリエルが換金手続きを止めてまで大急ぎで鑑定所へと依頼を回したのは、単なる好奇心ではない。提出された尻尾が本当に竜種なのかどうかを確定させ、ギルド長へ『迷宮深部への大規模調査命令』を発動するよう進言するための絶対的な物証が必要だったからだろう。
とはいえ、あの尻尾を鑑定に回したところですぐに結果が出る訳ではない。周りの冒険者たちに連れられて私たち母娘がやってきたのはギルド内の酒場であった。
*
「──では、バルヴァ母娘の銀証冒険者への昇格パーティを盛大に執り行いたいと思いまーす! えぇ~、本日の栄えある幹事および司会はッ! 銅証冒険者歴20年、稼いだ金は何故かすべて財布から消えていく男、ヴィルフェシスで一番の『良い司会者』ことマッカリがお送りいたします!」
「いえーーーっ!!」
「よし、今日はとことん飲むぞぉ!」
「マッカリ、お前は博打と酒さえ辞めれば、今頃ヴィルフェシスで豪邸を建ってるだろー!」
「金返せマッカリ!」
「おいマッカリ、良い司会ってのは挨拶が短ぇ奴のことを言うんだよ!」
ギルド併設の酒場に集まってきた冒険者たちがやんややんやとマッカリに対して容赦ない野次を飛ばす。当のマッカリは「うるせぇな、今から良いとこなんだよ!」と声を張り上げ、ステージ代わりの木箱の上から私たち母娘の迷宮での活躍を、あれやこれやと大袈裟に語り出した。
母はここでの冒険者稼業は日帰りで手堅く済ませ、夜はこうしてギルド併設の酒場で他の冒険者たちと酒を酌み交わし、賭博もやり、情報交換を兼ねては語り合うことを半ば楽しみしてきたきらいがある。新人冒険者としてのポーズだろうけど、いつでも腰が低く、何より相手の話を実によく聞いていた。特に女性冒険者たちの相談事にも耳を傾けていたから、粗野な冒険者であっても母に対しては悪感情を抱いていない。司会を買って出たこのマッカリも、先ほどシュラウドに冷徹の恫喝をしていた髭面のベテラン冒険者──ボルツも、みんな筋金入りの「バルヴァ母さん」のシンパであった。これも統一戦争時で培った、母なりの処世術なのかもしれない。
「──でだ! 娘のステヴィアちゃんもこれまた凄ぇ! スティレットの二本持ちでな、襲い来るラピッドトカゲを右に左にと千切っては投げ! 千切っては──」
「はい、カンパーーーイ!!」
「いえーい、カンパーイ!!」
「飲むぞおおおぉぉ!」
「うっせぇマッカリ、話が長い! 引っ込めぇ!」
「おいマッカリ、俺から借りてる小銀貨3枚、はよ返せよ!」
誰かがマッカリの熱弁を「乾杯」の咆哮で唐突にぶった切ったかと思えば、途端に酒場中の冒険者たちが一斉に手元の杯を掲げ、口を付けた。彼らは手桶ほどある巨大な木製ジョッキに並々と注がれたエールを、凄まじい勢いでぶつけ合い、すぐさま喉へとぐびぐび流し込んでいく。飲み終えた者からプハァと息やゲップを吐き、ゲラゲラと笑いながらマッカリへとさらに野次を投げつける。これぞまさに冒険者の宴会そのものといった、最高に騒がしいひとコマであった。こうしてギルド添え付けの酒場で私たち母娘の銀証授与記念パーティが始まったのだった。
今日はこの店は母名義での貸切だ。店内すべての飲食代は、母が預けているギルド口座から一括で引き落とされることになっている。とはいえギルドもそこらへんは抜かりがなく、冒険者たちがカウンターで追加の酒や料理を注文する際には必ず自身の認識票を提示する義務があり、後日、誰がどれだけ飲み食いしたかの詳細な明細が出される仕組みになっている。誰かさんがどさくさに紛れて高級なエラール銘醸ワインや野ウサギ肉のステーキを注文しても、後で犯人がばっちり特定できるというわけだ。
冒険者たちの間で絶大な人気を誇る母は、乾杯の直後から取り巻きのベテランから、鼻息荒い血気盛んな若い冒険者たちにまで一瞬で囲まれ、楽しそうに話の花を咲かせていた。……一方の私はといえば、いつものように騒がしい輪からは距離を置き、壁際で静かにひっそりと咲く花のようにその光景を見守っていた。どうしてもガツガツしてる男性冒険者たちに囲まれてしまうと、身構えてるというの表情でバレてしまうのだ。けれど今日はおめでたい席だし、何よりあの薄気味悪い迷宮から無事に生還できた事だし、ほんの少しだけ緊張の糸を緩め、この酒場で初めて手にするヴィルフェシスのエールが入った木製ジョッキを傾けて一口、喉に流し込むことにした。
『──っ、やっぱ、少し苦いなァ』
私は思わず眉の間に皺を寄せ、出されたエールに対して心の中でぶちぶちと文句を並べ立てた。寒冷なヴィルフェシスという地域柄のせいか、ここで出されるエールは原料の麦芽をこれでもかと真っ黒に焙煎し、特有の香ばしさと強い苦味が主張する強烈なビター系黒エールが主流なのだ。『すっきりとした酸味と苦味のバランス良い黄金色のエラール・エールこそが至高』という土地で育ってきた私としては、どうにも重くて苦くて飲みづらい。
しかもここヴィルフェシスなどの寒冷地では、冬になると凍える身体を芯から温めるせいか、それともエールの雑味を誤魔化すためか、ジョッキのエールに火酒を少し混ぜて飲む習慣がある。まだまだ冬には遠いが、ここのエールは口に入れた瞬間、口の中で酒精が大暴れするのだ。
(あぁ……これなら、二階層の宿屋で買った、安物甘ワインのほうが万倍も美味しかったかも……)
こんな後悔が頭をよぎる。──とはいえ出されたものを無駄にするのも癪だし、あれこれケチつけるのも憚れる。『出されたものは黙って食え』というのが母の教えだ。私は不満げな表情を隠せないまま、それでも場の空気を壊さないよう重たい黒エールを再びぐっと喉の奥へと流し込んだ。
「──あの、ステヴィアさん、ですよね?」
ふいに耳元で声を掛けられ、私はジョッキを傾けたまま視線だけをそちらへ向けた。いつの間に近づいてきたのか私のすぐ傍らに一人の若い女性が立っていたのだ。ぱっと見は迷宮を探索する冒険者然とした身軽な格好をしているが、だが何かが決定的に違っていた。それほ彼女の佇まいがあまりにもこざっぱりとしてて、衣服の清潔感が冒険者にしてはあまりにも違和感として映っていたのだ。そして頭の上には小洒落たキャスケットを載せ、手元には使い込まれた革表紙のメモ帳とペン──。
(……新聞屋ね)
直感が警報を鳴らす。かつてエラールの奥宮に勤め、王太子の乳母付きメイドとして数々の陰謀や間諜をいなしてきた私だ、この手の『獲物を狙う肉食獣特有の視線』を見誤るはずがない。私は手桶ジョッキを静かに近くのテーブルへと下ろし、一瞬たりとも隙を見せない奥宮仕様の冷徹な無表情へと切り替えた。
「……どちらのブン屋さん?」
あえて突き放すような冷ややかな声を投げかける。するとその女性記者は「あら、ごめんなさい」と悪びれもせずクスリと笑い、実になめらかな手つきでふくよかな胸元から小さな紙片を取り出した。
「警戒させてしまいましたね、私、キュリクス共同通信の記者でカロンと申します。──これ、名刺です」
カロンと名乗った彼女に嘘臭さはなかったが、油断ならない目出度さと笑顔がチラついて見えた。私は名刺を丁重に受け取り、視線を落として名刺の表面を確認した。彼女が名乗った通りの事が書かれている。ついでに名刺の裏面に目をやると、そこには『キュリクス共同通信』についての仰々しい設立由来が細かな文字で書かれていた。要約すると、現在キュリクス領内で発刊されている主要新聞の三紙が業務提携して作った合同組織のことらしい。
で、この目の前のカロンという女は、その三紙のうちの一つ『キュリクススポーツ』の記者であり、この王国最北辺境の地であるヴィルフェシス支社へと派遣されている特派員の一人というわけだ。
(キュリクス……)
名刺に書かれたその地名を目にした瞬間、私の胸の奥がわずかに跳ねた。この厳しい冬が明け、街道が解放されれば、私と母が次に向かうと決めている新天地だ。まさかその土地の情報を握る人間が、向こうから勝手に歩み寄ってくるとは思わなかった。俄然このカロンという記者に対し、強い関心が湧いてくるのを隠せなくなる。
「ついでにこれ、我がヴィルフェシス支社で絶賛販売中のキュリクス三紙紙面をまとめた今週号です。……あ、もちろんお代は結構ですよ、ご挨拶代わりです」
カロンは手際よく、雑嚢──キャンバス製の頑丈な肩掛けカバン──からそれなり厚みのある冊子を一冊引っ張り出し、私へと差し出した。私は受け取って早速パラパラとめくって見る。どうやらキュリクスで発刊された一週間分の新聞記事を一冊の本に再編集し、地方向けに刷ったもののようだ。躍るようなキャッチーな見出しに活気あふれるキュリクス領の日常や経済状況が目の細かい黒インクでびっしり書き込まれていた。
今すぐにでも隅から隅まで読んでみたい衝動に駆られたが、さすがに取材を求めてきている記者の目の前で黙々と読書を始めるほど無調法ではない。「ありがとうございます」とだけ短く告げると、私はジョッキの置いたテーブルの端にその週刊誌と名刺を重ねて置き、再び壁に背を預けた。
「まずは銀証授与、本当におめでとうございます。冒険者になられてからまだ一か月しか経っていないと伺いましたが……とんでもないスピード出世ですね!」
「ありがとうございます、ですが……、どれもこれも母の背中を追いかけてきただけですから。──私は母の後ろについて回っていただけの実質『おまけ』ですよ」
「ふふ、ご謙遜。というかお母様であるバルヴァ様やステヴィア様は、元々はどこか別の土地で冒険者をされていた方ですか?」
「いいえ。──ですが母は先の統一戦争の頃、新政府軍として遊撃隊や斥候隊に籍を置いていたとは聞いております。ですから当時のサバイバルの勘がそのまま迷宮で生きたのでしょう」
「あぁ、なるほど! バルヴァ様は元軍人さんだったわけなんですね!」
「ええ。ですがただの一兵卒だったのでしょうから戦陣で華々しく活躍した『女傑』というわけではないと思うんです。……ですが私自身、戦後生まれですから詳しいことはあまり……」
こうやって母について正面から質問をぶつけられたとしても、私の中には幾通りもの『当たり障りのない模範解答』を用意していた。どれほど熱血取材を敢行されたとしても『母からはそれくらいしか聞いておりませんので』と言い張ればいいし、あまりにもしつこく食い下がってくるようなら『これ以上お話しできることはありませんので』と冷たく言い切って煙に巻くこともできる。ただ、こういう場で嘘をつくと碌な事にならない、連中らは言葉尻を捕まえては噛みついてくる。しかもその嘘の部分を突いてボロが出るのを誘ってくるという嫌らしさだ。新聞記者や官憲といった、民衆から忌避されてる者たちこそ、このような『口撃』を得意としている。
カロンは私の言葉を聞いて感心したかのような表情を見せるとメモ帳にペンを走らせ、特有の速記文字をサラサラと書き留め、顔を上げて再び私をじっと見つめた。
「あの、ステヴィアさん。あなた、ご兄弟は?」
「──弟と妹がおりましたが、随分前に事故で亡くなりました」
これもまた嘘は言っていない。ロガンやハイディのことを指しているのだから。
『ブン屋という生き物は、取材相手のいい加減な嘘を見抜くことに関しては、犬より鼻が利くさね』
かつて母が私たち姉弟に言い聞かせた言葉だ。こういう取材を受けた際、『なるべく歪みなく、本当のことだけを伝えるように』と教え込まれていた。ロガンやハイディとは血の繋がりこそないけど、二十年以上姉弟妹として生きてきたのだ。私の応えには何一つの偽りがない。
「──そうだったんですか。……いやぁ、てっきり」
「てっきり?」
カロンが口にした「てっきり」という妙な含みに私は思わず言葉尻を捉えて問い返してしまった。ヴィルフェシス特有の苦味と酒精が強すぎる黒エールのせいで気分が少し尖っていたのかもしれないし、今更になって澱のように溜まる疲れのせいかもしれない。カロンは私のわずかな食いつきを気にする風でもなく楽しそうな笑みを崩さないまま言葉を紡いだ。
「いえね、佇まいがあまりにも洗練されていますし、普段からものすごく凛とした表情をしてますから、てっきり、キュリクス領主ヴァルトア伯のメイド長──あのオリゴ様と姉妹なのかなって思ったんですよ。……あぁ、でも髪色、全然違いますよね。オリゴ様は綺麗な黒髪ですし、ステヴィアさんはさらさらの綺麗な銀髪ですもの」
「…………ふふ、面白い冗談ですね」
ドクンと心臓が嫌な音を立てて跳ねるのを、私は完璧な笑顔の裏側で力ずくで抑え込んだ。私は動揺を悟らせないよう濃厚な黒エールで満たされた木製ジョッキを手に取って喉を潤すと、先ほどカロンがくれた週刊誌へと視線を落とした。これ以上、私の素性をあれこれと探られたくない。意識を逸らすように雑誌のページをめくり、ざっと誌面を読み飛ばし──ザッピングを試みた。
どうやら『キュリクス日報』や『日刊キュリクス』といった一般日刊紙は硬派な地方紙らしく、辺境の街の出来事や新たな反射炉づくりの進捗、領主や文官たちの動静に領内の村々での事件などをあれこれ真面目に書き綴っていた。
一方で目の前の彼女が所属している『キュリクススポーツ』は他紙と同じような記事も目立つけど、どちらかと言えば街の日常のひとコマや噂話を面白おかしく書き飛ばしているというのが印象だ。特に『領主館“駄”メイド日誌』というコーナーは、領主館に勤めるメイドたちの日常談話をさらに面白おかしく書き殴った読み物として掲載されており、一歩間違えれば領主館から苦情が来そうな内容である。しかしその苦情が来ない程度のギリギリを狙った内容構成、そしてギャグ調の読み物に、この街とマスコミとの距離感が非常に興味深く映ってしまう。
そしてこの紙面から、まだ見ぬ辺境都市キュリクスの活気と──それと同時に目の前の女性記者が持つ、どこか底知れない「鼻の良さ」に、私は背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。
「ステヴィアさん、これなんて特に『キュリクスらしい』事件だと思うんですよ」
雑誌を読んでしみじみと感想を想い巡らせている時、私が見開いていたページの一角を、悪戯っぽく微笑みながらカロンがか細い指先でトントンと突いた。そこには『豊穣祭の大花火で北部城壁が崩壊! 原因は百数十年前の手抜き工事!?』という、およそ正気を疑うようなキャプションと前代未聞の城壁崩壊事件のあらましが書き殴られていた。
彼女が指差したキュリクススポーツの記事によると、街の名物老錬金術師であるレオダム師が豊穣祭のクライマックスに打ち上げる大花火に「魔素剤」を勝手に添加してドカンと大爆発を起こしたらしい。その凄まじい衝撃波で北部城壁の一部が派手に倒壊し、慌てた領主館が翌朝より行政調査を行ったところ、なんと『百数十年前の建設当時の安普請がちょっとした衝撃波で倒壊し露呈した』と公式に発表した、という内容だった。
城壁崩壊など一歩間違えれば大惨事だ。それなのに奇跡的に死傷者はゼロ。民衆は一時的にパニックとなったが飲み屋夫婦の啖呵一発で収まり、むしろ祭りの延長のように事件を面白がったという。そして何より、新聞紙面すらやらかした老錬金術師や領主館の管理責任を激しく非難せず、これらの事件をさらに面白おかしく書き綴っている。
私は驚きを隠せなかった。もし新都エラールで同じような事故が起きれば街中は大パニックに陥るどころか、新聞各社はこれ幸いとヒステリックに犯人捜しに躍起になって、誰かの首が『物理的に』飛ぶまで叩き続けていただろう。しかも城壁崩壊なんて、空いた隙間から流民や盗賊が流れ込んでくるリスクもあるから民衆は気が気じゃない。しかしキュリクスでは工兵隊があっという間に簡易城壁を築堤し、昼夜ともに警備隊や警邏隊などを派兵して不法流民の流入を防いだとも書かれている。そして冬季の出稼ぎ労働者たちを高額賃金でかき集め、立派な城壁建造が決まったとも書かれていた。
「──で、この原因を作ったおじいさん……老錬金術師はどうなったんです?」
「数日間、お仕置き代わりに領主館の留置場へ入れられたんですが、『悪意のないただの事故』ってことで無罪放免、すぐに釈放されました。……ただね、問題はその拘留中にまた事件なんですよ」
「拘留中に事件?」
「その爺さん、留置場で暇を持て余したからってその辺のボロ資材で『滑車弓』というのを勝手に作っちゃったんです。それを向かいの房に別件で留置されてた画家が面白がってスケッチしちゃいまして。で、その画家が釈放後に知り合いの腕利き鍛冶師の女ドワーフたちに作らせたことで、現在絶賛裁判中なんです」
「……は? なんですかそれ?」
話の不条理さに私は思わずジョッキを口元に止めたまま問い返した。カロンは愉快でたまらないといった様子で話を続ける。
「レオダム師の発明したその滑車弓、領主軍の長弓隊が放つ矢よりも威力が桁違いに強いクセに、非力な女性でも簡単に弓が引け、おまけに狙いもピタッと定めやすいっていうとんでもない業物だったんです」
「それ、ただの殺人兵器じゃないですか!」
「当然、領主館は『無許可者の武器製造禁止条例』ってのを緊急で制定したんですが……あの画家、その事実を知ってたくせに、たまたま街へ来ていたルツェル公国出身の女ドワーフ母娘にエラール小銀貨たった1枚で製造を依頼しちゃったんですよ」
「小銀貨一枚だったら材料費にもならないでしょう?」
「でしょうね。……で、運の悪いことにそのドワーフの娘さんってのが領主館のミルドラス技官の奥さんで、お母さんの方が現在キュリクスで大型反射炉建造の指揮を執っている大職人マロッシ師の奥さんだったんです」
「領主館勤めのご家族に依頼しちゃったなら、まだ、その危険な弓の技術漏洩は防げますね」
「ですが違法品ですよ? ……ですからある日、仕事から帰ってきたミルドラス技官が自宅のリビングでご自身が違法武器の技術的論点を纏めてた滑車弓そのものの完成品を見つけてしまって。パニックになった彼が『大変だー!』ってそれを抱えて領主館に駆け込もうとしたら、夜間巡回中の警備隊に『違法武器を持つ少女』と勘違いされてその場で現行犯逮捕されちゃったんです」
「ふ、ふふ……っ! なんですかそれ。ものすごく上質なコントみたいな事件ですね! てか『違法武器を持つ少女』ってなんなんですか!?」
「このミルドラス技官って、領主館のメイド達から『乙女技官』って言われるぐらいに小柄で華奢で、女性的な顔だちと長くて綺麗な髪をしてるんですよ」
「乙女技官ですか……ふふ、とことんコントじゃないですか」
カロンの言ってることをそのまま脳内で映像化してしまい、私はついに耐えきれずに吹き出してしまった。張り詰めていたはずの、私のプロとしての仮面が綺麗に剥がれ落ちていくのを感じてしまった。逮捕されてしまったミルドラス技官には同情するが、登場人物全員が全力で明後日の方向に暴走している構図があまりにも可笑しすぎる。
「ここら辺の、妙に技術力が高いくせにめちゃくちゃでドタバタした感じが、むしろ『キュリクスらしい』日常なんですよ」
「キュリクス……らしい、ですか。カロンさんはキュリクスのご出身なんですか?」
「ええ、生まれも育ちも生粋のキュリクスっ子ですよ。だからヴィルフェシスのこの凍えるような寒さと、愉快すぎる冒険者たちとの日常は面白いとは思います。ですがちょっとだけ退屈しちゃってたところなんですよ。……とはいえ、記者が自分のことをぺらぺら喋るなんてちょっと失格ですね」
カロンは自嘲気味にくすりと笑うと、グラスに入った黄色い液体──ヴィルフェシス名物の火酒入り生姜エールをカランと傾け、実においしそうに喉を鳴らして流し込んだ。
生粋のキュリクスっ子と言ったカロンは初等学校を卒業した頃、『一度くらいは故郷のキュリクスを離れ、外の世界を見てみたい』という軽い好奇心から、キュリクス領主軍ではなく王国軍への従軍を志願したのだという。ところが配属された先があろうことか北方辺境の屈強な精鋭女性部隊──あの『ヴァイラ隊』だったという。そこで過酷な任務と訓練をこなしながらも5年間従軍し、除隊後はこのヴィルフェシスの女子師範学校で学び直し、キュリクスへと帰郷。その後、現在の新聞記者という畑違いの職に就いたのだとか。そしてキュリクスの新聞三紙が共同通信社を立ち上げて王国内外の各地に特派員を送ることとなった際、カロンはかつて暮らしてたこのヴィルフェシスで「冒険者を専門に追う担当記者」として街やギルドなどを駆け回っているのだという。
「まあ一応記者ですけど、一通りの護身術はヴァイラ隊で叩き込まれてますし、冒険者登録もしてあるんですよ」
カロンは衣服の胸元から首に掛けられたボールチェーンのネックレスを引っ張り出してみせた。彼女の指先にきらりと光るのは、私の首にちょっと前まで下がっていた銅証。だが彼女の首に下がっている認識票はそれだけではない。
(──あっ……)
私は胸の内で小さく息を呑んだ。銅証の脇に並んで揺れる、ここしばらくは目にしていなかった鈍色の輝きが見えた。それはかつて弟や妹たち──ロガンやハイディ、そして母が身につけていた、あの『王国軍属』を示す認識票だった。そしてもう一枚は職能組合──新聞紙ギルドの所属を示す鮮やかな黄色のプレートも光る。
3枚の認識票をジャラリと衣服の裏へと戻すと、カロンは再び手元にメモ帳とペンを構え、どこか悪戯っぽい、けれど私を射抜くような瞳で見つめてきた。
「さて、私のつまらない自分語りはこれくらいにして。今、このヴィルフェシスで一番勢いがある、時の人──『バルヴァ母娘』についてもう少し色々と訊かせてもらっても良いですか?」
元・精鋭部隊の軍人にして師範学校卒のインテリ、そして冒険者。一筋縄ではいかない凄腕のブン屋が目の前に立っていた──。けれど私は怯まない。むしろ目の前のカロンが差し出してきたキュリクスという街の情報価値を天秤にかけるよう冷静に値踏みする。
冬が明ければ私たちはキュリクスへと向かう予定だ。その新天地の『生きた情報』を軍とメディアの双方に太いパイプを持つこの女から引き出せるのだとしたら、これ以上の好機はない。
「──ええ、いいですよ。私が答えられる範囲でなら、いくらでも」
私は手桶ジョッキをテーブルに置き、カロンの視線を真っ向から受け止め返した。
「その代わり──私からも質問をさせてください。さっきの滑車弓の話みたいにカロンさんが知っているキュリクスの最新の事情を、根掘り葉掘り、色々と教えていただけます?」
「おや、等価交換ですか」
カロンは一瞬だけ驚いたように眉を上げ、それから「良いですね、そういう取引は大好きですよ!」と今日一番の満面の笑みを咲かせて続ける。
「もちろん、私に話せることなら何でもお答えします! だったならこちらの取材にもバッチリ、中身の濃い回答を期待しちゃいますね?」
「ふふ、善処します」
ニコニコと楽しそうにペンを転がすカロンを見つめながら、私は再び重たい黒エールのジョッキを傾けた。騙し合いでも一方的な搾取でもない、互いの目的のための奇妙な協力関係。先ほどまでの胃の淵を焦がすような緊張感はどこへやら、私の胸にはこれからの情報戦に対する心地よい高揚感が静かに広がり始めていた。
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。
現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください。
よろしくお願いします。




