【第二章・第四十七話】シスターの気まぐれ
僕の勤める皇城からも、サングイスの勤める城下町からも遠く、陽だまりのもとでまともに生きる人間なら到底足を踏み入れない場所。犯罪が絶えず、変える場所のない人間が蔓延る地、ミセリア地区。
そんな場所に、心を守る魔導具屋という店があり、客の欲しいものがなんでも手に入るらしい。そんないかにも胡散臭い噂を聞いたのは、薬箱の補充の仕事を孤児院を訪れていたときだった。
「あの大商人の娘、もうすぐ死にそうね」
シスター・グロリアが珍しくそう声を掛けてきた。最悪な言葉とともに。
彼女が喋ることは滅多にない。それどころか、ほとんど姿すら現さない。人と馴れ合うことを嫌い、そもそも興味すら示さない彼女がなぜサングイスのことを?
妙に思ったが、僕の前では無理に元気を装っているサングイスが心配だったため、あまり引っかかることはなかった。
「あまり体調が優れないようで……悪化しなければいいのですが」
なにか知っているのか、どうすれば治るのかと言外に匂わせながら呟くと、シスター・グロリアは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「皇城直属の医療騎士がシスターに治療法を聞くの? あらまあ滑稽な図ね」
「棘のある言い方をしていたらシスター・アンゲルスに言いつけますよ」
「いいの? 治せる方法があるのに」
「うちの団より腕の立つ医者がいるならとっくに僕は解雇されてます」
「医者じゃなくて魔導具屋よ」
「魔導具で人の病が治るなら苦労しませ……痛っ」
全く聞き耳を持たない僕に腹を立てたのか、薬の在庫を確認していた僕の脇腹に強めに手刀を入れてきた。団で鍛えていなかったら今頃腹を抱えて蹲っていただろう。
「他人の話は最後まで聞きなさい」
「シスター・グロリアとは思えない発言ですね、朝礼すら出席しないのに」
「私の言葉だから聞きなさい。その店は___」
我慢ならなかったのか、シスター・グロリアは独りでに語りだす。
ミセリア地区にある魔導具屋、心を守るという怪しいキャッチフレーズ。信憑性はゼロ。
「露骨に嫌な顔するのやめて。そんな表情豊かな子じゃなかったのに」
「余計なお世話です。そんな話、誰も信じないですよ」
「シスター・アンゲルスは信じてるようだったけど」
「……本当に?」
「悪いことは言わないから、なんとかしないとあの娘本当にもうすぐ死ぬわよ。まあ、詳しい場所は知らないから色んな人に聞き込みでもすれば?」
そこまで言い切ると、シスター・グロリアはどこかへ行ってしまう。
いつも通り最後まで適当な人だが、彼女の最後の言葉が嫌に耳に残って、僕は動けなかった。




