74 森に帰って
ジェラルドは急いで馬を走らせた。
王都から森へ続く街道はそれほど長い距離ではないはずなのに、気がせいているのかいつもより何倍も長く感じられた。
彼が王籍からの除外を申し出たのは、つい今朝がたのことだ。
なのに昼過ぎにはどうして馬を走らせているのかといえば、それはシャーロットに会うためである。
ジェラルドの決断を聞いた王はこう口にした。
お前の決断を、竜の守護者にも伝えるべきではと。
その瞬間、ジェラルドは動揺した。
「なぜ……」
まだ兄にはどんな理由で王籍からの除外を求めているのかすら、口にしていなかったからだ。
だがある意味鈍い弟と違って、王は訳知り顔だった。
「お前が王籍から抜けることで、竜やその守護者には大きな影響が出るだろう。ことが確定する前に、相談するべきではないか?」
ある意味おせっかいともいえる問いに、ジェラルドは言い返すことができなかった。
確かに、ことはシャーロットたちにも関わりのある話だ。それはジェラルドがシャーロットを特別近しく感じているからではなく、現実としてラクスの後見的立ち位置であるジェラルドが王籍を離れれば、シャーロットたちの立場の不安定化は避けられない。
勿論ジェラルドは傍で守るつもりではいるが、一人の力では限界がある。
ジェラルドは兄の助言を受け入れ、いったん森に戻ることにしたのだった。
***
こうして森に戻ったジェラルドが目にしたのは、驚くべき光景だった。
「やー!」
大声が響く。
小屋の近くではアーサーとシリルが打ち合い、激しい鍛錬を行っていた。だがこれは驚くに値しない。彼らの上司としては、むしろ好ましい光景である。
それよりもジェラルドの度肝を抜いたのは、小屋の近くで鍛錬を見学しつつ、シャーロットに教わりながら食材の下処理を手伝う少女の存在だった。
「マ、マルグリット女王!?」
ジェラルドは目を疑った。
シャーロットの物を借りたのか少し大きめの服を着て、真剣に筋取りをする姿はどこにでもいる少女に見える。
だがその知的な顔立ちと新緑のように生き生きとした目には、見覚えがあった。何より彼女こそ、例の外交官によって結婚話が持ち上がっている相手なのだ。
記憶にある彼女はファーヴニルの王を丁重に出迎えつつも、大国としての権威を隠そうともしなかった。王の警護をしていたジェラルドは、すぐそばでその様子を見守っていたのだ。
「ジェラルドさん!」
ジェラルドが戻ったことに最初に気が付いたのはシャーロットだった。
いや、正確には彼女の子であるラクスだろう。いつの間にか小さな竜がすぐそばでこちらを不思議そうに見ていた。
それでも飛びついたりしてこないのは、近くにいる馬を驚かさないよう気を使っているのだろう。
竜の割に、随分と分別があるものだ。
最もジェラルドは、ほかの竜を知らないのだが。
ラクスが人を気遣ったり怖がらせないよう慎重に行動したりするのは、間違いなく母親であるシャーロットの教育の賜物だろう。
駆け寄ってきたシャーロットを、ジェラルドはなんとも懐かしい思いで見つめた。
ほんの数日しか離れていなかったはずなのに、シャーロットを見るとやっと帰ってきたという思いが強かった。
不思議だ。
生まれてからずっと暮らしてきた城よりも、この場所の方が気が休まるなど。
「シャーロット」
多分この時、ジェラルドは大いに気持ちが高ぶっていた。
兄に王籍からの除外を願い出て、この森でずっと暮らす決意を固めたせいだ。
馬上でずっとシャーロットにどう説明するのかを考えてきたからか、話さなければという思いが先走ったとしか言いようがない。
「ジェ、ジェラルド様!?」
気が付くと、ジェラルドはシャーロットの小さな体を抱きしめていた。
腕の中で彼女は驚きのあまり体を硬直させている。
「何事だ!」
悲鳴じみたシャーロットの声で異変に気付いたのか、鍛錬に集中していた彼女の兄弟が手を止めてこちらに殺到した。
取り残されたマルグリットは、呆気にとられたように口を開けている。
真っ先に我に返ったアーサーが、呆れたようにぼやく。
「驚かさないでください。団長」
一方一緒に鍛錬をしていたシリルはといえば、抱きしめられたシャーロット同様石のように硬直していた。
ラクスは仲間外れにされたと思ったのか、シャーロットのいる腕の中にぐりぐりと自らの体を潜り込ませる。
「ちょ、くすぐったいわラクス」
ようやく落ち着きを取り戻したシャーロットが、息子に頭を擦り寄せられ笑みをこぼした。
その光景を見てジェラルドは、やはりここを離れることはできないと決意を新たにしたのだった。




