72 家族
シャーロットはきゅいきゅいというラクスの甘え声で目を覚ました。
窓から日が差し込んでいる。
太陽の位置からするに、随分と深く眠り込んでしまったようだ。
いつもの時間に起きてこないシャーロットを心配して、ラクスが丸い頭をぐりぐりとシャーロットに押し当てていた。
「起こしてくれたのね。ありがとうラクス」
礼を言うと、ラクスは嬉しそうに尾を寝台に打ち付けた。
体が大きくなってきたので、少し手加減をしてもらわないと寝台が壊れそうだ。
一緒に寝たはずのマーゴは、既に寝台の中にいなかった。それどころか、視界に入る範囲内にその姿は見当たらない。
シャーロットは急いで体を起こすと、ふらつきながら慌てて小屋の外に出た。
はたして、目的の人物はすぐに見つけることができた。
マーゴは一人ではなかった。アーサーと一緒だ。
二人の身長差は大きい。彼女が女王であると知らなければ、見る者は二人を兄妹と勘違いしたかもしれない。
けれど二人の顔を見れば、すぐにそうではないと気づくだろう。
昨日は平気そうにしていたが、二人は長く離れていた時間を埋めるように、互いを見つめあっていた。
二人の気持ちを想像することなどできなかった。それはシャーロットの知らない気持ちだから。
「昨日の物言いは何だ。シャーロットに遠慮して妾をあきらめるつもりなのか?」
「……わかるでしょう? 私たちは身分が違いすぎる」
「そんなこと、最初から分かっていたことだろう」
「分かっていた……つもりでした」
黙って見守っていると、話はどんどん不穏な方向に向かっていった。
声をかけるべきか迷っていると、シャーロットより先に彼らに声をかけた者がいた。
「ぎゃぁ?」
それはシャーロットの後をついてきたラクスの、かわいらしい呼び声だった。
全員の視線がラクスに集中する。
シャーロットは慌ててラクスの体を抱き上げた。
そして居直り、虚を突かれたような顔の二人に謝る。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの」
「いや……こっちこそ気づかずすまなかった」
アーサーはなんとも気まずそうだ。
それはそうだろう。実の妹にあんな場面を見られたのだから。それだけでなく、昨日もなんとも気まずい形で話が終わってしまった。
ふとマーゴを見れば、いつも豪胆な笑みが浮かんでいる顔に年相応の心細そうな色が浮かんでいた。
その顔を見たら、シャーロットは黙っていられなくなった。
見ている方が切なくなるような、そんな表情だった。
「お兄様」
シャーロットに呼ばれ、アーサーは少し戸惑ったようだった。妹らしからぬ語気の強さに、驚いているのかもしれない。
「私を理由になんてしないで」
思っていたことをはっきり言った瞬間、妙な解放感を覚えた。口にした後になって、シャーロットは自分の中にわだかまっていた感情の正体に気が付いた。
「シャ、シャーリー」
アーサーは困ったように言いよどむ。
対してマーゴはと言えば、驚いたように緑の目を見開いていた。
「お兄様は私が、家族のために結婚したと思っているの?」
「だってそうだろう? お前は……」
「いいえ。私は家族の幸せのために結婚したの。だから、幸せに背を向ける理由になんてしないで」
立場も居場所も関係ない。ただ幸せになってほしかった。だからそれを理由にここにしがみつこうとするアーサーの言い分が、シャーロットには歯がゆかった。
マーゴを見たこともないような優しい顔で見る癖に、今だって、あんなに辛そうな顔で別れを告げようとしていたくせに、自分の気持ちが分からないのかと怒鳴りたいほどだ。
「幸せ……か」
呻くようにアーサーは言った。
マーゴとの道に苦難があることぐらい、シャーロットにだって想像がつく。
そのことが回り巡って、誰かを不幸にするかもしれない。
それでも今は、アーサーにとってマーゴとのなりにいることが大事だろうと思うのだ。
「そうだぜ兄貴」
話に割って入ってきたのは、そこにいなかったはずのシリルだった。
彼はいつの間にか、シャーロットの後ろに立っていたらしい。前に進み出てきたシリルは、いつも言い負かされることの多い兄に対し堂々と言い放った。
「家族の皆もきっとおなじこと言うよ。そんな辛そうな顔するくらいなら、隣の国だってどこだって行っちまえってな」
シリルの言葉が、シャーロットには心強かった。
きっと自分の言葉だけでは、アーサーは納得しなかっただろう。
「お前たち……ああ、そうだよな」
そう言うと、アーサーはマーゴに向き直った。
「本当に、私のような者でよいのですか? もっと賢い者も強い者も、あなた様の国にはいくらでもいらっしゃるのですよ?」
問われたマーゴはと言えば、勢いよくアーサーに抱き着いた。どれほど勢いがよかったのかというと、受け止めきれずアーサーが尻もちをついたほどだ。
「馬鹿者。そんなこと最初から分かっとる。それでもアーサーがいいのじゃ」
マーゴの声はかすれていた。
聞いているシャーロットまで、胸が痛くなるような声だった。




