71 思い出
アーサーの思わぬ告白に、シャーロットは酷く落ち着かない気持ちでいた。
確かに、最初の結婚は幸せだったとはいいがたい。
それは事実だとしても、自分が家族のために犠牲になったつもりなどなかった。
だいたい、シャーロットが不幸を味わった分まで家族が幸せをあきらめなければいけないのだとしたら、シャーロットの家族はみんな不幸のどん底に向かって救いのないレースをしなければいけないことになる。
当たり前だが、そんなのはシャーロットの本意ではないのだ。
家族に幸せになってほしい。どんな険しい道だろうと、愛する人がいるのならあきらめないでほしい。
シリルなどには甘いと言われるかもしれないが、それがシャーロットの心からの願いだった。
「戻ったぞ」
考えに耽っていたせいで、反応が遅れた。
声のした方を見ると、そこには水浴びから戻ったマーゴが立っていた。
ひどい有様だから湯あみが必要だという話になったのだが、お湯を沸かすのは大変だから水浴びでいいと自ら泉に向かってしまったのだ。
せめて手伝うからとシャーロットが同行しようとしたのだが、アーサーの妹にそんなことはさせられないと固辞されてしまった。
マーゴは胴に布を巻いてはいたものの、髪は水を含んでぽたぽたとしずくを落としていた。
「急いでこちらへ!」
シャーロットはマーゴを椅子に座らせると、分厚い布をもって、マーゴの髪をごしごしとぬぐった。間近で見ると流石女王陛下というべきか、艶のある美しい髪だった。しかしどんな旅路を経たのか、洗ってもなおところどころからまったりしている。
最初は驚いていたマーゴだったが、世話されることに慣れているのかすぐにおとなしくなった。
布で水気を十分に吸い取ると、今度は慎重に櫛を通していく。その頃には、マーゴはくすぐったそうにくすくすと笑いだした。なんだか高貴なお方の世話をしているというより、大型種の小型犬を世話しているような心持ちだ。
「くすぐったいですか?」
「いいや。お前は本当にアーサーの妹なのだなと思ったのだ」
「お疑いでしたか? 確かに顔は……そんなに似ていないかもしれませんが」
我が兄ながら、アーサーはなかなかに整った顔立ちをしている。
だがマーゴが言いたいのは、そんなことではないらしい。
「そうじゃない。お前は妾の素性を知ってなお、態度が変わらぬのだな」
シャーロットは焦った。
そういえばこの方は幼く見えて、大国の女王なのだった。兄の想い人だという認識ばかり先行していたが、その気になればシャーロットの暮らすファーヴニルなど簡単に制圧してしまえるのだ。
「な、なれなれしかったですよね! 申し訳ありませんマルグリット様!」
だらだらと冷や汗を流しながらどう謝罪すればいいのか考えていると、マーゴは慌てて否定した。
「違う違う! 変わらぬから心地よいという意味じゃ。頼むからマーゴと呼んでくれ」
それから、マーゴは酷く懐かしそうに語り始めた。
「アーサーもそうだった。お忍びで街歩きをしていたら、小悪党に難癖をつけられての。どうしたもんかと思っていたら、外交警備で我が国を訪れていたアーサーが助けてくれたんじゃ。あやつめ。かっこよく助けてくれたと思ったら、子供が一人で出歩くなとそれはえらい剣幕でな。そりゃあびっくりしたもんじゃ」
二人の過去のなれそめに、シャーロットは先ほどまでの焦りも忘れて聞き入った。
本当だったら恐れ多いとひれ伏すべきだったのかもしれないが、そんな気にもならないほどマーゴの口調は柔らかく楽しげだった。
「そのあと宮廷で顔を合わせた時のやつといったら!」
マーゴは口をおさえ、それは楽しそうにくすくすと笑う。
シャーロットはそのしぐさがまるで下の妹を見ているようで、一気にこの女王様に親近感がわいてしまった。
「だのに、次に二人きりになった時にも、あやつは一人で出歩くのは感心しないと注釈を垂れてな。妾はお前のことなど好きにできるのだぞと脅したら、一人で出歩いていたと宰相に言いつけると逆に脅してきおった。本当に面白い男じゃ」
「お兄様ったら……」
シャーロットは呆れてしまった。
さすがあの兄というべきか、なんというか。
部屋の隅で、気持ちよさそうに寝ていたラクスが寝返りを打つ。
簡易ストーブの火が爆ぜて、パチパチと音を立てた。
その夜、シャーロットはベッドを明け渡すつもりだったのだが、マーゴはなかなかそれを承服しなかった。
ベッドと言っても木の台にフェルトを折り重ねたそっけないものだが、床に寝るよりはマシな程度だ。 これでも王家から支援を受けられるようになったことで、だいぶマシになっていた。その前は藁の上にシーツを敷いていたので、寝ているシャーロットの体にチクチクと穂先が刺さったものだったのだから。
結局、シャーロットはマーゴと二人でベッドに身を寄せ合って眠ることになった。
途中までは酷く緊張したが、マーゴにアーサーの話をせびられ、昔を思い出している間にいつの間にか眠りについていた。




