68 親切とありがた迷惑
ところが愛する人に会いに来たというものの、マーゴはその人物が今どこにいるのか知らないという。
「まあ」
「呆れた。この広い王都で、どうやってその男を探すつもりだ。それもたった一人で!」
あまりにも無謀な話に、シリルは常に手を置いていた剣の柄からついに手を離した。
マーゴを相手に、警戒し続けるのが馬鹿らしくなったのかもしれない。
彼女には相手の警戒を解く何かがあった。それは言っていることの馬鹿らしさではなく、人の心から壁を取り払う何かだ。
だからこそ、ラクスも最初から警戒することもなく彼女の前に出ているのだろう。
思い返してみれば、ジェラルドに初めて会った時などは酷かった。人慣れしていなかったとはいえ、王が遣わした使者を手ひどく追い返そうとしたくらいだ。
そう考えると、マーゴの魅力は人間だけでなく竜にも有効らしい。
身近に女性のいないシャーロットは、こっそりとだがマーゴの来訪を嬉しく思っていた。
ラクスを守るためには関わる人間が少ない方がいいと知りつつ、友達のいないシャーロットにとって年の近い女性というのは希少な存在だ。
結婚したいた時は使用人のような生活で他家の女性と交流するようなことはなかったし、家で働いている使用人たちは、主人に目を付けられてはたまらないとシャーロットから徹底的に距離をとっていた。
当時は心が麻痺していたからなんとも思わなかったが、再びあの生活に戻れと言われても絶対に無理だ。
「そういうことなら、私たちも恋人探しを手伝うわ」
「シャーロット!」
いいことを思いついたとばかりに手をたたいたシャーロットに対し、気難しい弟は目を剥いた。
「なにを馬鹿なことを! ただでさえ今は兄貴もいなくて人手が足りないってのに」
「だって、それじゃあマーゴさんを一人で放り出すの? シリルだってさっき彼女が一人で来たことを怒っていたじゃない」
「それは……そうだけど……」
姉の無謀な提案に、シリルは困惑しきりだった。
行き倒れのマーゴを助けることすら反対していたのに、その上でどうして相手の男を一緒に探そうなんて意見が出るのか。
その底抜けの人の好さに付け込まれて悲惨な結婚生活を送ったというのに、それでもまだまだこの姉は人が好い。
けれどそんなところがシャーロットのシャーロットたる所以なのだろう。
「……分かったよ。手伝うから、勝手に森から出るなよ! せめて兄貴が戻るまで待って、話はそれからだ。それまではゆっくり体を休めるべきだ」
結局のところシャーロットの弟だけあって、シリルもお人よしなのだった。
***
アーサーが帰宅したのは、翌日の昼前だった。
前日城門が閉まるのに間に合わず、王都で夜を過ごす羽目になったのだ。
だがそのおかげで、昔の伝手をたどって様々な情報を得ることができた。
残念ながらジェラルドに会うことはかなわず、騎士団からは街の人々が知るのと同等の情報しか得ることができなかった。
なのでアーサーはかつて付き合いのあった女性たちを訪ね、社交界の噂から国内に留まらず国外の情報まで集めてきた。
おかげで一睡もしていない。それでも歩みがしっかりしているのは、騎士として普段から過酷な鍛錬を耐えているためだろう。
最も、子を産んでなお無垢な妹や、潔癖なきらいのある弟には、とても情報源を話すことはできないが。
そうしてアーサーは、ラクスに味方として認知されているため苦も無く森に入った。
普段暮らしている場所までは道も踏み固められていて歩きやすい。こんなにわかりやすくて大丈夫かと思うが、竜に認められていない人間には森自体に深い霧がかかって見え必ず迷い込むという。仕組みはわからないが、それはもうそういうものとして受け入れるしかない。
アーサーは焦っていた。彼の情報収集の結果が、予想よりもずっと悪かったせいだ。
彼ははじめ、シャーロットに街の噂を聞かされた時も、それを信じたりしていなかった。
なぜならジェラルドは、騎士団員として短くない付き合いアーサーの目から見ても、シャーロットに特別に心を許しているように見えたからだ。
もちろん、王族が好き嫌いで結婚を決めるはずがないと知ってはいるが、もともと朴念仁で知られた彼である。そうそう結婚が決まることなどないだろうと高をくくっていた。
それがどうやら、今回の話はかなり現実味があるところまで進んでいるらしいのだ。
「陛下は何を考えておられるのだ」
この話を知った時、アーサーもシリル同様怒りを感じた。だが彼は弟と同じように、団長の部屋に殴り込んだりはしなかった。
アーサーが怒りを感じたのは、ジェラルドではなくむしろ国王に対してだ。
国同士の王族の婚姻となれば、ジェラルド一人の感情でどうこうできるものではない。少なくともこのファーヴニル王国において、国王の許しがなくば結婚の話が進んだりはしないだろう。
国内の貴族の多くは、この結婚を慶事として受け入れているらしい。それも当然か。国を隔てた婚姻は国家間の融和において最大限の効力を発揮する。アーサーとて、ただの貧乏貴族の次男のままであれば、めでたいことだと乾杯の一つもしたに違いない。
だがシャーロットの兄としては、とてもそうは言っていられない。
ジェラルドが王配としてサンジェルスに行くことになったら、シャーロットの息子であるラクスはどうなるのか。ジェラルドは特殊な技術でラクスと繋がりを持っている。その繋がりを用いれば、多少の制限はあるにせよラクスを好きに操ることができてしまうのだ。
そして竜であるラクスによって、王都を守るこの森は鉄壁の防御として機能しているのだ。つまりジェラルドを売り渡すのは、サンジェルスに自国の生殺与奪の権を明け渡すのも同じことなのである。
そんな小難しいことを考えていたアーサーだったが、ようやく見慣れた宿営地にたどり着いた瞬間、頭が真っ白になった。
「あ、兄さん。おかえりなさい」
笑顔で出迎える妹の他にもう一人、見慣れない人物が畑仕事をしている。正確には、泥で顔を汚しながら増えすぎた芽を楽しそうに間引いている。
「アーサー、どうだった?」
どこにいたのかシリルが駆け寄ってくる。しかしそんな弟に構わず、アーサーは畑仕事をしている人物に駆け寄った。
そして傍らに立ち、叫ぶ。
そばにいた妹は驚いたようにこちらを見ていた。
「こんなところで……何をなさっておいでですかマルグリット陛下!」
寝不足のアーサーの叫びが、青く茂った森の中に響き渡った。




