67 赤毛の娘
呆気にとられながら、シャーロットは目の前の人物を見下ろしていた。
隣に立つシリルは、厳しいというよりも完全に怒った顔で言う。
「おい! どれだけ食べるつもりだっ」
普段シャーロットが使っているダイニングテーブルには、小柄な人物が腰かけていた。
目を引く鮮やかな赤毛の長い髪に、強い光を宿した緑色の瞳。
年のころはシャーロットと同じくらいだろうか。
お腹を空かして森の前で倒れているところを発見し、放っておくことはできないとシリルの反対を無視してシャーロットが無理に家まで連れ帰ったのだ。
最も、反対していたとはいえシリルの協力がなければ、彼女を森の奥まで連れ帰ることはできなかっただろうが。
急に固形物は食べづらかろうとシャーロットはパン粥を用意したのだが、娘はそれだけで飽き足らず余っていたアーサーとジェラルドの分のパンまでぺろりと平らげてしまった。
どうやらよほどお腹をすかせていたらしい。
「お前、遠慮を知らないのか」
「そんなこと言わないで。こんなに食べられるんならもう大丈夫ね。とにかく無事でよかった」
ちなみにラクスも、娘の食べっぷりが面白いのかきゃっきゃと喜んでいる。
ラクスが警戒していないので、シャーロットは彼女を警戒する必要はないと考えていた。
ジェラルドと契約して以来、ラクスは人間の機微により敏感になった。特に相手の敵意に敏感で、少しでもこちらによくない感情を持つ相手には絶対に近づかない。
これは契約そのものが原因というよりも、長期間城内に滞在したことが原因だろうか。
「ところで、お名前を聞いてもいいかしら? 私はシャーロット。それと弟のシリルと息子のラクスよ」
「シャーロット!」
警戒心なく名乗ってしまうシャーロットを、信じられないとばかりにシリルがたしなめる。
だがシャーロットはどこ吹く風だ。
怒りっぽい弟なので、怒られるたびに気にしていたら身が持たないと思っている。
そうこうしている間にようやく食事を終えた娘は、満足げなため息をついた。
「助かった。もうお腹いっぱいじゃ」
シリルとシャーロットは顔を見合わせる。それは娘が、とても古風なしゃべり方をするせいだ。こんなしゅべり方をするのは年配の貴族ぐらいである。
彼女の年齢を考えるとミスマッチではあるが、それを差し引いてもある程度の家柄の出であることが察せられた。
しかしそれにしては、腹を空かせて森の前で行き倒れになっていたのはどう考えても妙である。
「こいつを追い出すべきだ。目的がラクスでないにしても、胡散臭すぎる!」
「そんなこと言わないで。困った時はお互い様よ」
「シャーロット!」
そんなわけで、二人の意見は平行線のままだ。
ただ言い合いをしているように見えるせいか、シャーロットの肩に乗ったラクスがだんだんシリルに鋭い視線を向け始めていた。
会話の内容など関係なく、ラクスにとって重要なのはシャーロットに対して敵対的か友好的かということだけなのである。
逆を言えば、まだ威嚇で唸ってないだけシリルを認めているともいえる。もしこれが他の誰かなら、ラクスは我慢できず相手に飛びかかっていたかもしれない。
「これこれ。妾のために言い争うのはやめよ。妾の名はマーゴと言う。貴殿らのもてなしに感謝する」
ようやく一息ついたマーゴの感謝の言葉に、シリルとシャーロットは再び困惑する羽目になった。
行き倒れでありながら、礼儀正しく同時にあまりにも自然に相手に命令を下す。そしてそれに抗えない迫力のようなものが、マーゴにはあった。
「い、いえいえ! 大したお構いもできませんで」
反射的に返事をしたシャーロットだが、その顔には困惑がありありと浮かんでいた。
そして流れを切るかのように、シリルが妙に大きく咳払いをする。
「あー……マーゴさん? ただならぬ家柄の出とお見受けするが、どうしてあんなところで行き倒れていたのか理由を聞いてもいいか?」
高貴な身の上の人物であれば、周囲には片時も離れず世話役や護衛がいるはずだ。それも夜は危険な城門の外。
夕刻の閉門に間に合わず野営する旅人もいるにはいるが、マーゴはそれこそ森の前の大樹に体を預けて横になっていたものの、焚火すら焚いていなかった。
もしシャーロットたちが見に行かなければ、今晩にでも野犬の餌食になっていたに違いない。
「ふむ。よくぞ聞いてくれた」
マーゴは胸を張って言った。
「妾は愛する人の家族に挨拶をしに来たのじゃ」
「まあ素敵! そのご家族は王都にいらっしゃるの?」
「シャーロット。そうやってなんでもすぐに信じるなよ。それなら愛する人とやらと一緒じゃないのはおかしいだろう」
「愛する人とは、遠く離れて暮らしておった。しかしなかなかこちらに来る様子がないので、妾が直々に迎えに来たのじゃ。これでは否とは言えまい」
「おいおい。それじゃあ許可も取らずに押しかけてきたのか? そんなの無茶だ!」
マーゴの情熱的な言葉を、シャーロットは呆気に取られて聞いていた。
シャーロットにとって結婚とは家族を助けるためにするものであり、相手を愛しているかなんて考えたこともなかった。
それが彼女は、女の身で一人相手を迎えに来たというではないか。
マーゴの計り知れない勇気に、シャーロットは感嘆のため息を漏らした。




