68 夜更けの訪問者
サンジェルスの城にきて、それは三日目の晩のことだ。
筋肉を落とさないために、ジェラルドはベッドで腹筋の最中だった。
食事は過不足なく支給されており、生きる上では特に支障はない。
とはいっても、部屋から出られないので窮屈なことには変わりないが。
もう真夜中と言ってもいい時間に、コンコンとノックの音がした。
閉じ込めているくせにノックというのもおかしいと思いつつ、ジェラルドはドアを見る。
「誰だ?」
ドアに取り付けられた小さな格子窓の向こうには、誰の姿もなかった。
ジェラルドが訝しんで立ち上がると、ガチャガチャと鍵を開ける音がしてドアが開く。
入ってきたのは蜂よりも頭二つ分ほど小さい、紺色のローブのフードをすっぽりと被った相手だった。
まるで以前ロティが街に行っていた時の姿だ。
まさかと思いジェラルドが驚いていると、相手は息苦しそうにフードを外した。
そこに現れたのは、ジェラルドの見知った相手の顔だった。
「女王陛下……」
サンジェルスの大国を背負う若き女王。
マルグリットがそこに立っていた。
***
「貴殿には申し訳ないことをした」
マルグリットの手引きで、ジェラルドは監禁部屋を出た。
彼女が手を回したらしく、いつもいたはずの監視役もどこかに消えている。
「エリアスにも悪気はないのだ。ただ手段が少し強引なだけで」
「悪気なく監禁されては堪らない」
憮然としてジェラルドが言うと、マルグリットが小さく笑った。
「違いない」
マルグリットはまるで警備がこないことを知っているかのように、すいすいと人気のない道を選んで歩いて行った。
ジェラルドはただそれについていくだけだ。
警戒しないでもないが、今は彼女に従うより他ない。
(それにしても、妙だ。どうして女王が自ら私を迎えに来る? 蜂に何かあったとでも?)
いくら考えたところで、答えは出そうになかった。
なので今はマルグリットの言葉を待つしかない。
牢のある建物から出て裏庭を突っ切り、マルグリットに案内されたのは厩の近くにある小さな小屋だった。
別に求めているわけでもないが、まだ隣国の王子としての扱いは受けられないようだと悟る。
小屋に入ると、そこには痩せた老人が一人で暖炉の火に当っていた。
彼は入ってきた二人を見て、怪訝そうに長く伸びた眉を上げた。
マルグリットは用心深く外を見回してから、入ってきたドアを閉める。
「悪いなノル爺。邪魔するぞ」
「姫さま。また厄介ごとですかな? もう老人をこき使うのは止めてくだされ」
「姫と呼ぶなと何度言えば分かる。それにお前には、まだまだ役に立ってもらうぞ」
「まったく……」
女王と厩番との会話とは思えない気軽さだ。
ノル爺と呼ばれた老人はため息交じりに立ち上がると、暖炉の火に薬缶をかけた。
その間にマルグリットはまるで自らの家であるようにジェラルドに椅子をすすめ、二人は向かい合って座る。
「こんなところで申し訳ないが、余にも色々事情があってな」
「でしょうな」
思わず、ジェラルドはそんな相槌を打った。
事情がなければ、女王に厩番の小屋に案内されることなどある筈がない。
老人が煮立ったお湯で、素朴な湯呑にお茶を出してくれた。
出がらしのように薄い色だ。
マルグリットが遠慮なく飲んでいるので、ジェラルドも恐る恐る口を付ける。
「なんというか……複雑な味だな」
「そこらぁの雑草を煎じたもんです。王子様にはお口に合わんでしょうが」
老人がそっけなく言う。
しかしジェラルドは驚いた。
「私のことを知っているのか?」
「そりゃあまあね。私も城では古株ですから」
答えになっているようななっていないような言葉を残し、老人は隣の部屋へ行ってしまった。
どうやら話を聞くつもりは無いという意思表示らしい。
女王もそれを当たり前のように受け入れているので、もしかしたらよくあることなのかもしれなかった。
「さて、落ち着いたところで貴殿には言っておかねばならぬことがある」
姿勢を改めてマルグリットが言うので、ジェラルドは一瞬身構えた。
何を言われるのかと、無意識に体が強張る。
しかしマルグリットの行動は、ジェラルドの予想とは全く異なるものだった。
「すまなかった!」
彼女はテーブルに手のひらをつき、なんとも男らしく頭を下げた。
ジェラルドは虚を突かれる。
夜中に連れ出されたと思ったら大国の女王に頭を下げられるなど、一体誰が予想できただろう。
いやそれ以前に、その女王陛下が牢屋に迎えに来たこと自体、十分に異常事態なのだが。
「謝って済むことではないのは分かっているが、エリアスは……あいつは勘違いをしているんだ。なにか怪しいと行動を見張らせていたのだが、まさかこんなことをしでかすとは……」
マルグリットは心底困っている様子だった。
どうやら演技ではなさそうだ。
そもそも、マルグリットがそんな演技をする理由がない。
「結構だ。それより、詳しい話を聞いてもよろしいか?」
威圧的に見えるよう、ジェラルドはあえてテーブルの前に腕を組んだ。
礼儀には反しているが、こんな場所にパーティのような礼儀作法は似つかわしくない。
大国と小国だろうが、女王と王弟だろうが、そんなことは関係ない。
あくまで無礼には真っ向から反論させてもらうという気持ちで、ジェラルドはマルグリットと向かい合った。
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加筆がんばりましたのでよろしくです~




