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66 入城


 ジェラルドが最後にサンジェルスを訪れたのは、マルグリット女王即位の式典だ。

 大国であるサンジェルスの即位式はとても盛大な規模で、花に飾られた王都はまるでそれ自体が巨大な花束のようだった。

 久しぶりのそこは花こそ飾られていないまでも、相変わらずの賑わいを保っている。

 行き過ぎる人々の顔には笑顔があふれ、そこに着実な日常があると感じさせた。


(若いながらに、為政者として優れていらっしゃるのだろう)


 後ろ手に縛られたまま、その光景を目にしたジェラルドは束の間街の賑わいに見とれた。

 そこはファーヴニルとは違い多種多様な人種であふれ、大陸の交易路として近年まれにみる繁栄を示している。

 正直、例の蜂の手腕も認めざるをえない。

 だからと言って、無理やり連れてこられたことを許せるわけではなかったが。

 ジェラルドはそのまま人の目から隠されるように、ひっそりと城の裏門に連れてこられた。

 名前を高らかに読み上げられ正門から入場したかつてとは、何もかもが違っている。


「しばし、我慢なさっていただきたい。あなたとの縁組をよく思わないものもおりますので」


「ならば精々議論して、私を連れてくるのはそれからでも遅くなかったのではないか?」


 言っても無駄だとは思いつつ、冷たい声音でジェラルドは言う。

 傭兵達とは王都に入る前に別れたので、今ジェラルドに付き添っているのはエリアスと数人のその手勢に過ぎない。

 傭兵と別れた後に合流した彼らこそが、本来の使節団メンバーなのだろう。

 厚顔のエリアス以外は、気まずそうにジェラルドから目をそらし顔を合わせようともしない。


(こいつらの十分の一でもいいから、蜂は道徳心を持つべきだ)


 そんなものを持っていたら、最初からこんなこと企てたりしないだろうと思いつつ。


「議論の結果など待っていては、時がいくらあっても足りないでしょう? 時間には―――限りがあるのだから」


 そう言ったエリアスの顔は、少しだけ歪んでいた。



  ***



 私の家は貧しかった。

 貴族の傍系であるというのに、両親には金をうまく扱う才能がなかったのだ。

 お人好しで、誰彼構わず心配ばかり。

 だからたやすく騙されて、失意の内に死んでいった。

 私の両親は馬鹿だ。

 生き残った私も、両親の治療費で金はすでになく、食べ物は底を尽きていた。


(私も死ぬのか。誰かに利用されたまま死ぬのか。何もなすことができないまま、富める者の食い物にされたままで)


 それが運命なのだろうと思った。

 空腹で霞む意識の中で、それが私に似合いの終わり方なのだろうと全てを諦めた。


 諦めた―――つもりだったのに。


 目が覚めると、そこは天の国ではなかった。

 狭いが清潔なベッドで、枕元にいたのは幼い少女だった。


「目覚めたか」


 少女の顔には、確かな疲労の色があった。


「君は……?」


 起き上がろうとして、体に全く力が入らないことに気が付いた。

 そして少女が名前を名乗る前に、私の腹がきゅるるると大きな音を立てた。

 人生で、あれほど恥ずかしかったことはない。

 私はきっと、忘れないだろう。

 きりりとした眉の、顔立ちのはっきりとした美しい少女は、恥じ入る私に満面の笑みを見せたのだ。


 運ばれてきた食事は、雑穀の混じった粥に、少しの果実。

 平民の一般的な療養食だが、ここしばらく何も食べていない私にはごちそうに見えた。


「こら、がっつかなくても誰も奪わないぞ。落ち着いて、詰まらせないように食べるんだ」


 遠慮も忘れて匙を口に運ぶ私に、少女は優しくそう言った。

 食べ物を食べて、それからよく眠って。

 ようやく人間らしさを取り戻した私は、ようやく少女からことのあらましを聞くことができた。


「王に盾突いて自ら城を去った将軍がいるというから、会いに来たの。そしたら腹を空かせて今にも死にそうな男が一人、朽ちた屋敷に転がっていたというわけ」


「なるほど」


 彼女の言う感情的で向こう見ずな将軍というのは、間違いなく父だった。

 将軍だというのに戦争を止めようとして、その意思を貫き通して将軍の位を辞した愚か者。

 結果として国は勝ち目のない戦争に突入し、王はその終わりを見ることなく暗殺された。

 後に待っていたのは信じられないような飢餓と貧困。そして王座を狙う有象無象たちによる終わりの見えない内乱だった。

 サンジェルスの国は疲れ切っていて、大国とは名前ばかり。

 国中の治安が悪化して、詐欺や盗みが横行した。

 貴族の生まれで働いたこともなかった父は、職を辞めたはいいがそのあとのことは考えていなかったらしい。

 あっけなく詐欺に引っかかり、そして財産のほとんどを奪われ死んだ。

 ある意味似合いの死にざまだったのかもしれない。


「それは間違いなく、私の父だ。騙されて死んだ愚かな男に、どんな用がおありで?」


 皮肉っぽく言うと、死者を悪く言う私を少女は非難したりしなかった。


「なんだ。お前の父もろくでなしか? ならば私と一緒だ! 私の父も、国をめちゃくちゃにした挙句、自分勝手にお隠れになりあそばされた」


 国をめちゃくちゃにした人間など数えたらきりがなかったが、なぜか私はその少女の父が誰であるのかピンときた。


「後見を望んで、父を訪ねてこられましたか? サンジェルスの姫」


 サンジェルスの玉座は生まれた順では決まらない。

 謀略暗殺なんでもありで、ただ生き残った者だけが次の王になる。

 しかしその候補となるためには、まずある程度の家格のある後見人が必要なのだった。

 大抵の候補者は母の実家が後見となるのだが、もし母が貧しい身分である場合には、自ら信頼できる強力な後見人を見つけねばならない。

 私の問いを肯定するように、少女は気高く笑った。


「姫など呼ぶな。私は未来の女王だぞ」


 その表情に陰りなく、何のてらいもなく彼女は言った。


「だからな」


「はい」


「命を救ってやったんだ。父君の代わりに、お前には私の後見になってもらう」


「私などに、その価値はありませんよ。ご存じ通り、ただの貧しい死にぞこないです」


 すると不敵に笑って、少女はこう言った。


「構わぬ。せっかく拾った命、己を貶めた運命に逆らってみせろ」


 陛下はそのときすでに、未来を確信しておられたのだろうか。

 それはわからない。

 大切なのはその言葉に、私が確かに救われたのだということ。

 命を賭して仕えると決めるのには、それだけで十分だったということだけなのだ。



 


 


 



 

またまた間が空きまして

最近はTSヒロインにうつつを抜かしておりました

TSヒロインって、もしかしたら人によっては拒否反応あるのですかね?

いつも誰得設定ばかり書いてしまう柏です


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