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65 山間の道

 ファーヴニルからサンジェルスへの旅路は、然程長いものではない。

 しかし短くもないのだった。

 ファーヴニルは小国だが、その周りを竜の森と山脈に囲まれている。

 それこそがかの国の守る天然の要害となっているわけだが、同時に人の行き来をも阻む枷となっている。

 ジェラルドを連れた一団は森を迂回し、切り立った山脈の合間を縫うように進む。

 追っ手を撒くという意味もあるのだろうが、渓谷の底にある川沿いの道は、苔むしていて滑りやすい。

 しかしここにきて、エリアスの雇った一団は山賊であるとはっきりした。

 彼らは山に慣れ、川べりの石で足を滑らすということがない。

 山歩きに慣れた足で、ひょいひょいと跳ねるように進む。

 鍛えているとはいえ山に慣れないジェラルドは、周囲をそんな男たちに囲まれながら息を荒げて進む。

 絶えず脱出の機会をうかがっていたが、ここで逃げても逃げきれないだろうなというのはすぐに分かった。

 向こうは山を熟知している。

 ここは相手のフィールドで、おそらくエリアスもそこまで考えての人選だろうと思われた。


「今日はここでキャンプだ」


 少し開けた平坦な場所に着いた時、リーダー格らしい男がそういった。

 思わずジェラルドは座りこでしまった。

 絶えず警戒しながら周囲を敵に囲まれて歩くというのは、心身ともに激しく消耗する。


「へっ、不甲斐ないねえ王子様」


 男の一人がそう言うと、その周りにいた何人かが嫌な笑みを浮かべた。

 相手を貶め蔑む笑みだ。

 しかしジェラルドは気にならなかった。

 今は休息をとって、一刻も早く体力を回復させなければならない。

 不甲斐ない男だと思えば、自然と警戒の目も緩むだろう。


「我が国の客人に、失礼な態度は止めてもらおうか」


 意外なことに、男たちを窘めたのはエリアスだった。

 雇主ぬは逆らえないのか、彼らは舌打ちをして三々五々に散っていく。

 薪を拾って野営の準備をするのだろう。

 もちろん、エリアス以外にも幾人かがジェラルドの監視に残っている。

 エリアスはジェラルドのわきに座り込むと、ぎこちなく胡坐をかいた。

 大国の外交官ならば各地で歓待を受けるだろう。

 ゆえに公の場でのマナーは申し分ないが、山賊のエスコートする山道は彼にとっても険しいものであるらしかった。

 その頬は赤く染まり、隠してはいるが息が上がっている。


「部下が失礼な態度をとって申し訳ない」


 あまりにも今更な謝罪だった。


「……謝るぐらいなら、解放してくれ」


 ジェラルドは投げやりに言った。

 叶えられるはずもないと分かっていたからだ。

 一国の王弟を攫っておいて、今になって間違いでしたと解放するはずがない。


「残念ながら、そういうわけにはいきません」


 エリアスは笑みを作った。

 いつも通りの、華やかだが人を食ったような笑みだ。


「お前の目的は一体なんだ? 婿取りにこんな誘拐同然の手を使ってどうする。いくら我が国が小国とはいえ、無礼が過ぎるんじゃないか?」


 相手を推し量ろうとするジェラルドに、エリアスは薄い笑みのままで言う。


「無礼はのちのち謝罪しますよ。しかしこの縁組を貴国は喜びこそすれ、迷惑だとは思わないでしょう。なにせ相手はサンジェルスの女王。若く美しいマルグリット様です」


「我が国はそうだとして、サンジェルスはどうだ? その若く美しい女王の王配に、俺は自分がふさわしいとは思わないんだが」


「……私もそう思いますよ」



そう言うとエリアスは立ち上がり、打ち合わせのためかリーダー格の男のところに行ってしまった。

 エリアスとの会話から、新しく分かったことはあまりない。

 二人が話している間に、男たちはテキパキと野営の準備を進めていた。

 複数のたき火を起こして、それをつかって料理までするつもりのようだ。

 やがてとっぷりと日が暮れて、辺りが闇に包まれた。

 夜行性の動物たちが動き出す、山や森ではもっとも危険な時間帯。

 味気ない携帯食料ではなく、晩餐には葉に乗せられた焼き魚が饗された。

 男たちが同じものに口を付けたのを見届けてから、ジェラルドも焼き魚に齧り付く。

 採った魚を焼いただけのそれは、ふっくらとしておいしいがどこか物足りなない。

 ジェラルドはシャーロットの料理を思い出し、無性にあの小屋に帰りたくなった。

 まだシャーロットと二人きりだった頃、向かい合った食卓はいつも和やかだった。

 ジェラルドもシャーロットも口数の多い方ではなかったが、彼女の手料理に舌鼓を打ち、ラクスの話をしているだけで時間は飛ぶように過ぎていった。


(もしかしたらあれが、『家族』というものなのかもしれない)


 城育ちの、しかも側室の子であるジェラルドは、普通の家庭がどんなものであるかを知らなかった。

 しかしシャーロットと過ごした時間を慕わしく思う気持ちは、例えば部下たちが故郷の家族について語る時の気持ちに似ているのではないか。

 味わったことのない感覚に、ジェラルドは戸惑っていた。


(ラクス、シャーロット、どうか君たちに危険が及ぶことがないように)


 木々の合間漏れる星の光に、ジェラルドは彼女たちの無事を祈った。

 そして誓う。

 ―――たとえあの時間に二度と戻れなくなろうとも、自分は自分にできるすべてで彼女たちを守る、と。



 

お久しぶりの更新申し訳ありません

他作品にうつつを抜かしておりました

ジェラルドの不遇続きます

この人一応王子なのに、どうしてこんなに不憫なのかな

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