64 蜂
(もう縁談なんて、来ないと思っていた)
それがジェラルドの本音だった。
それでよかったし、自らもそれを望んでいた。
愛のない両親を見ていれば、結婚に夢など抱けないのは当然だ。
だからこのまま、騎士として国につくせればそれで満足だった。
「どうして今更ーーーそう思っていらっしゃるでしょうね」
彼はジェラルドとは対極にある男だ。
常にきらびやかに装い、各国の社交界を飛び回っては自国に蜜を持ち帰る。そして鋭い針を隠し持つ。
ーーー多弁な蜂。
彼のいくつもある通り名の内の一つだ。
顔に出しこそしないものの、ジェラルドは無表情のままエリアスを一瞥した。彼のあまり発達していない表情筋は、こういう時は有利に働くことが多い。
「そう睨まないでください。信じがたいことでしょうが、今回の縁談には本当に裏などないのですよ」
「それを信じろと?」
「たまたま女王陛下に貴方様のことをご報告しましたら、えらく興味を持たれまして。我散々お止めしたのですが、それがいけなかった。陛下は意固地になってしまわれて」
あまりにもあけすけに話すエリアスに、ジェラルドは拍子抜けしてしまった。
どんな甘い言葉で篭絡してくるのかと、身構えていただけに。
「確か……今年で十五歳になられたのでは?」
「ええ。大変お転婆で、家臣一同振り回されております」
エリアスが苦笑する。
しかし言葉通りに受け取るのは危険だろう。ジェラルドはそう判断した。
サンジェルスでは伝統的に、王の血を引く者の中から最も相応しい者が王位を継承することになっている。
生まれた順番は関係ない。
どれだけ優秀で、どれだけ国内外の貴族を掌握できるか。
苛烈な権力闘争に負けた者は、よくて一生軟禁。悪ければ死が待っている。
そして現女王のマルグリットは、当時齢十歳という不利を圧してその座を射止めたのだ。
よほど優秀な参謀、或いは黒幕がいるのだろうと、当時は大陸全土で噂になったものだった。
「あなたには悪くない話のはずだ。この国で飼い殺しにされるよりは余程ーーー」
兄と同じ言葉を使うエリアスを、ジェラルドは睨みつける。
「私は今の境遇に不満などない。女王の玩具探しならよそをあたってくれ」
ジェラルドの鋭い物言いに、相手は笑顔を崩さない。
「そのようにつれないことをおっしゃらずとも。まだ子供ですが、うちの陛下はなかなかの器量よしですよ?」
「器量の問題ではない。貴国の女王と私では、つり合いがとれぬだろう。言っては何だが、私は旨味のない男だ」
「はは、それを自らおっしゃるのですか」
「自らそうなるよう生きてきたからな。このまま一生を、騎士として国に捧げて生きるつもりだ」
ジェラルドの言葉を嘲るように、エリアスの笑みが冷たく変化した。
「それは竜の使役者として、ですか?」
がたんと勢いよく、ジェラルドは立ち上がった。座っていた椅子が後ろに倒れる。
だがこの時のジェラルドは、瀟洒な椅子が傷ついていないかと心配する余裕もなかった。
そして相変わらず笑みを浮かべるばかりの相手を、冷たく睨みつける。
「なぜ、お前がそのことを知っている?」
ジェラルドの押し殺した声音は、平時であれば相手を威圧するのに十分な迫力を伴っていたはずだ。
しかし相手は、海千山千の蜂である。
そのゴージャスな微笑みを崩しもしない。
「おや、あれで隠せているつもりですか? そちらの方が意外だ。知りようはいくらでもあります」
おそらくは、城にいる間者だろうな。
声に出さず、ジェラルドはそう当たりをつけた。
相手は大国。
息がかった者を内部に潜り込ませるなり、あるいはすでにいる者を買収するなり、やりようはそれこそいくらでもあるに違いない。
それを危惧しての森の生活だったのだが、おそらくはあの嵐の晩、ラクスに使役の術を掛けてからしばらく、城に滞在した時にどこからか漏れたか。
むしろだからこそ、ジェラルドたちは城を出て森に戻ったのだ。
竜の魔法によって守られているあの森ならば、シャーロットが招き入れない限り間者が紛れ込む余地などない。
「むしろ感謝していただきたいぐらいだ。もうしばらくしたら、近隣諸国ではあなたの取り合いになるでしょう。それに先んじて、我が国が最高の待遇でもってお迎えしようというのですから」
「そこまで知れ渡っていると?」
「愚問ですな。森に守られたこの国は、各国の情報戦を甘く見すぎている。情報こそ百金に勝る宝。情報こそ最強の武器ですよ」
煌びやかな宮廷人どころか、まるで軍の参謀のような口ぶりだ。
ジェラルドは改めて、エリアスがただのおつかい外交官などではなく、マルグリットを女王の座に押し上げた能臣の一人だと悟った。
「少し……考えさせてくれ」
どうにかそれだけ言って、ジェラルドは客室を後にした。




