60 闖入者
城に戻ったついでにとジェラルドが溜まった書類を片付けていると、団長室に思わぬ来客があった。
「シリル!?」
ジェラルドが驚いたのは当然だ。
訪ねてきたのは、シャーロットの弟である団員のシリルだった。
本来彼は森でシャーロット及び竜のラクスの警護に当たっているはずで、シリルの訪問を受けてジェラルドが驚くのも無理からぬことだった。
そもそも正式な騎士団員とはいえ、まだ若いシリルは見習いといってもいい扱いだ。
それが許可もなく団長の執務室に入室するなど、礼儀的にも警備的にもあってはいけないことだった。
ジェラルドは目の前の少年を睨みつける。
「どういうつもりだ? 護衛の任を解いた覚えはないぞ」
息を切らしていたシリルは、その眼光の鋭さに身じろぎをした。
森の中ではどれほど気さくに接していようとも、圧倒的な年齢と経験の差が二人の間に超えようのない隔たりを感じさせた。
しかし気圧されながらも、シリルは勇気を出して口を開いた。
若さゆえの無謀といえばそれまでだが、姉を思う気持ちが少年を駆り立てていた。
「……あなたはどういうつもりでっ! 女王と結婚するならなぜ、シャーロットに優しくしたんですか!」
寝食を共にしていればこそ、ささやかな感情の機微に気づくことがある。
シリルはずっとそれを感じていた。感じていたからこそ、苛立っていた。
姉のシャーロットとジェラルドが、無意識ながらも互いに、惹かれあっていること。けれど身分の差やラクスを守るという複雑な事情が、彼らの間に横たわっていること。
シリルとて、なにもジェラルドにシャーロットを娶れと言いたいわけではない。
だが望みがないのに優しくするのは、残酷だとは思う。
「あいつは……シャーロットはもう十分に傷ついた。だからこれからは穏やかに、幸せに暮らしてほしいんだ」
「突然なにを……」
「でもあんたが傍にいたら、期待しちゃうだろ。優しくして頼らせた上で、結婚して森から出て行くなんて、あんまりだ……」
喉から絞り出すように、シリルは言った。
そして泣くのを我慢しているかのように、苦しい息を吐いている。
その思わぬ言葉に、ジェラルドは言葉を失っていた。
そんなつもりはなかったと言ったところで、今のシリルには言い訳にしか聞こえないだろう。
なによりシャーロットの護衛をしていたシリルがここに来たということは、シャーロットもまたジェラルドの結婚話を聞いたに違いない。
ただそれだけのことなのに、ジェラルドはひどく落ち着かない気持ちになった。
するとジェラルドの困惑を吹き飛ばすように、荒々しく部屋の扉が開かれる。押し入るように中に入ってきたのは気迫に満ちた表情のサンチェスだった。
彼は目にもとまらぬ速さでシリルに飛びつくと、あっという間に彼に伸し掛かり無力化してしまった。そのまま目にもとまらぬ速さでナイフを抜くと、躊躇いもなくその刃先をシリルの首筋に滑り込ませる。
「待て!」
サンチェスがシリルを処分するつもりだと察したジェラルドは、すぐさま止める。
「ひっ」
サンチェスの動作があまりにも滑らかだったせいで、シリルはジェラルドの静止の声を聴いて、ようやくナイフの存在に気づき小さな悲鳴を漏らした。
「殿下。団長室に押し入った賊を見逃すおつもりですか?」
「サンチェス。賊ではない。シリル・ヨハンソンは団員だ」
「賊でありましょう。見張りの隙を突き、昏倒させて団長室に入り込むなど」
シリルの行状を聞き、ジェラルドは大きなため息をついた。
確かにサンチェスの言う通り、シリルのしたことは騎士団員として許されることではない。
だがここでシリルを死なせるわけにもいかない。規則は大事だが、それでも明らかにサンチェスの行動はやりすぎだ。
「シリルは俺が呼んだんだ。見張りの騎士は……眩暈でもしたんだろう。医務室に運んでやれ」
どこか投げやりなジェラルドの言葉を、サンチェスは不服そうに、そしてシリルは驚きをもって聞いていた。
「殿下!」
「ここでは団長と呼ぶよう命じたはずだ」
ジェラルドはもう一度ため息をつくと、いまだに険しい顔をしているサンチェスから視線を外した。
「もういい。少し考え事をしたい。適当な団員を付けてヨハンソンを森へ送ってやれ。それからガイルを呼ぶように」
サンチェスは不満そうにナイフを収めると、床に張り付けていたシリルを立ち上がらせる。
「団長。もう姉に近づかないでください。もう、二度と……」
項垂れながら、シリルは言った。闊達な少年に似つかわしくない声だった。
サンチェスは構わず、シリルを強引に部屋から追い出す。甘い処置を腹に据えかねているのか、その扱いは乱暴だ。
そして二人が出て行き、団長室は再び静けさを取り戻した。
残されたジェラルドは一人、去り際のシリルの言葉を何度も思い返していた。




