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『負けず嫌いを極めたらいつの間にか世界を救ってた件 ―俺と29人の仲間の物語―』  作者: まろじろう
第一章「自分の戦い方」

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第9話「神突」

――対戦申請、承諾。


「…………マジか」


 端末に表示された文字を、アキトは二度見した。


「だから言ったじゃん」


 隣でアンが呆れた顔をしている。


「何が?」


「四強に申請するのやめなって」


「でも承諾された」


「そこじゃない!」


 アンが端末を指差した。


「相手、《神突》のソウジだよ?」


「知ってる」


「《一騎》四強だよ?」


「それも知ってる」


「じゃあなんで申請したの!?」


「勝てるかもしれないから」


「…………」


「何その顔」


「三連勝って怖いね」


「どういう意味だよ」


 アキトは端末へ視線を戻した。


 画面では、何度も見返したソウジの試合映像が流れている。


 《神突》。


 ソウジの《キジン》もまた、そう呼ばれていた。


 武器は日本刀。


 ただし、刀身は通常の一・五倍ほど長い。


 映像の中で、ソウジが腰を落とす。


 低い。


 異様なほど低い構え。


 そして、重心は後ろ。


 前脚は軽く。


 深く曲げた後脚へ、機体の重量を預ける。


 縮められたバネ。


 そこから。


 後脚が地面を蹴る。


 同時にブースター点火。


 一気に間合いを消し――突く。


「速い」


「でしょ?」


「でも」


 アキトは映像を止めた。


「分かりやすい」


「……は?」


「突きだろ?」


「いや、そうだけど」


「だったら避ければいい」


 テツとは違う。


 何をしてくるか分からない相手じゃない。


 むしろ逆。


 何をするのか、最初から分かっている。


「俺、こういう相手の方が得意だと思う」


「完全に調子乗ってる……」


「四勝一敗」


「聞いてない」


「勝率八割」


「もっと聞いてない」


 アキトは笑った。


 四強。


 その一人に勝てたら。


 本当に、自分がどこまでやれるのか分かる。


     ◆


 試合当日。


『さあ、本日の注目カード!』


 会場は、これまでとは比べものにならないほど沸いていた。


『デビュー戦で敗北するも、そこから怒濤の四勝! 現在三連勝中! 注目の新人――アキト!』


 歓声が上がる。


 アキトが片手を上げる。


 《凪》も同じ動きをした。


「すげ……」


 自分の名前を知っている人間がいる。


 それだけで気分がいい。


 だが。


『そして対するは――!』


 歓声が爆発した。


『《一騎》四強が一角! すべてを貫く一撃!』


 フィールドの反対側から、一機の《キジン》が歩いてくる。


『《神突》――ソウジ!』


「…………」


 初めて見る実物の《神突》。


 派手ではない。


 むしろ細身。


 だが、右手に握られた日本刀だけが異様だった。


「長いな……」


 通常の一・五倍。


 斬るためというより。


 遠くへ。


 深く。


 突き通すための刀。


 インカメラが開く。


『よろしくお願いします』


 ソウジが軽く頭を下げた。


「あ、はい。よろしくお願いします」


『三連勝だそうですね』


「まあ」


『素晴らしい』


「ありがとうございます」


 穏やかな人だ。


 四強と言われても、まだ実感がない。


 だが。


『では』


 ソウジの身体が沈んだ。


「――!」


 低い。


 映像で見るより、ずっと低い。


 重心は完全に後ろ。


 前脚は軽く。


 深く曲げられた後脚だけが、機体の重量を受け止めている。


 長刀も低い。


 切っ先だけが真っ直ぐ《凪》へ向いていた。


 まるで。


 限界まで引き絞られた弓。


『始めましょう』


 アキトから笑みが消えた。


     ◆


『試合――開始!』


 来る。


 分かる。


 後脚が、さらに沈む。


 そして。


 一気に伸びた。


 同時にブースター点火。


 ドンッ!


「速っ――!」


 《神突》が弾けた。


 後脚のバネ。


 ブースター。


 二つの加速が重なり、一瞬で距離が消える。


 長刀の切っ先が迫る。


 でも。


 見えている。


「右!」


 アキトが床を蹴る。


 《凪》が右へ飛んだ。


 切っ先が胸部装甲の横を通過する。


「――避けた!」


 いける。


 やっぱり。


 来ると分かっていれば――。


 ガギィン!


「……え?」


 金属が地面へ食い込む音。


 《神突》の足裏から。


 スパイク。


 地面へ突き刺さる。


 高速で前進していた機体が、その一点を支点に強引に向きを変えた。


「曲がっ――」


 切っ先が。


 再び《凪》へ向く。


 ブースター。


 再点火。


 ドンッ!


「――!」


 二撃目。


 アキトは反射的に身体を投げる。


 《凪》が跳ぶ。


 ギリギリ。


 長刀が胸元を通過した。


「っぶな――」


 ガギィン!


「は?」


 また。


 スパイク。


 ソウジが地面を噛む。


 機体が旋回。


 切っ先が。


 またアキトを捉える。


「まだ来るのかよ!」


 ブースター点火。


 ドンッ!


 三撃目。


「くっ!」


 速い。


 二撃目より。


 明らかに速い。


 アキトはさらに横へ跳んだ。


 ガリィッ!


 《凪》の肩部装甲を切っ先が削る。


「ぐっ!」


 負荷が身体へ返る。


 だが、倒れない。


「避けた……!」


 ガギィン!


「――!」


 まただ。


 四撃目。


「ちょっと待て!」


 ドンッ!


 来る。


「右!」


 かわす。


 ガギィン!


「また!?」


 五撃目。


 ドンッ!


「左!」


 かわす。


 ガギィン!


「まだ!?」


 六撃目。


 ドンッ!


「くそっ!」


 刀身が《凪》の脇腹を掠める。


 装甲が弾け飛んだ。


 アキトがよろめく。


 それでも身体を起こす。


「なんだよ……これ……!」


 止まらない。


 ソウジは。


 一度も攻撃を終えていない。


 一撃目。


 避ける。


 スパイク。


 方向転換。


 ブースター。


 二撃目。


 避ける。


 スパイク。


 方向転換。


 さらに加速。


 三撃目。


 四撃目。


 五撃目。


 逃げるたび。


 追ってくる。


 いや。


「待て……」


 アキトは息を呑んだ。


 違う。


 追ってくるだけじゃない。


「速くなってる……」


 一撃目より二撃目。


 二撃目より三撃目。


 方向を変えるたび。


 ブースターによる加速が重なっていく。


 ソウジは速度を殺さない。


 スパイクで高速の機体を強引に旋回させ。


 そこへ次の加速を足す。


『気づきましたか』


 ソウジの声。


「…………」


『遅いですよ』


 ガギィン!


「!」


 切っ先が向く。


 ドンッ!


「くそっ!」


 避ける。


 ガギィン!


 また。


 ドンッ!


 避ける。


 ガギィン!


 また。


 ドンッ!


 また。


 また。


 また。


 右。


 左。


 後ろ。


 右。


 逃げる。


 逃げる。


 逃げる。


 そのたびに。


 《神突》は速くなる。


     ◆


「はぁ……はぁ……!」


 アキトの呼吸が乱れる。


 汗が頬を伝う。


 右へ。


 《凪》が跳ぶ。


 ソウジが追う。


 左へ。


 また追う。


 後ろ。


 さらに追う。


「なんで……!」


 見えている。


 突き。


 来ることは分かる。


 スパイクも。


 方向転換も。


 ブースターも。


 全部。


 分かっている。


 なのに。


 身体が追いつかない。


 《凪》が追いつかない。


 そして。


「…………あ」


 アキトの背中が冷えた。


 壁。


 いつの間にか。


 近い。


 右を見る。


 ソウジが通った軌道。


 左。


 同じ。


 前。


 《神突》。


 後ろ。


 壁。


「俺……」


 逃げていた。


 ただ。


 必死に。


 突きを避けていた。


 その結果。


 自分から。


 少しずつ。


 逃げられる場所を捨てていた。


「追われてるんじゃない……」


 ソウジが地面を噛む。


 ガギィン!


 切っ先が《凪》へ向く。


「追い込まれてる……!」


『正解です』


 ブースター点火。


 ドンッ!


「――!」


 速い。


 もう。


 初撃とは別物だった。


 アキトが横へ跳ぶ。


 切っ先が脚部装甲を削る。


「ぐっ!」


 着地。


 顔を上げる。


 ガギィン!


「――もう!?」


 ソウジが曲がる。


 次。


 来る。


 でも。


 もう逃げる場所がない。


「だったら!」


 避けられないなら。


 受ける。


 アキトが刀を両手で構えた。


 《凪》も正面へ刀を構える。


「来い!」


 《神突》が向かってくる。


 長刀。


 機体重量。


 積み重なった速度。


 ブースター。


 そのすべてが。


 切っ先一点へ。


 ガァァァン!


「ぐぅっ!」


 刀同士が激突する。


 違う。


 受けたのは。


 刀じゃない。


 巨大な質量そのものだ。


「止まれぇぇ!」


 アキトが踏ん張る。


 《凪》の足が地面を滑る。


 一メートル。


 二メートル。


 止まらない。


 腕が押し込まれる。


「くそっ……!」


 刀が。


 軋む。


 ソウジの切っ先が。


 少しずつ。


 中心からずれる。


「――!」


 受けきれない。


 アキトの刀が弾かれた。


 《凪》の両腕が開く。


 がら空き。


 だが。


 ソウジはそのまま突き抜けない。


 スパイク。


 ガギィン!


「…………」


 アキトの目が見開かれる。


 こんな距離でも。


 まだ。


 曲がる。


 《神突》が旋回する。


 長刀の切っ先。


 正面。


 逃げ場。


 なし。


『終わりです』


 ブースターが噴いた。


 ドンッ!


 突き。


 キィィィン――!


 《凪》の角が宙を舞った。


     ◆


『勝負あり!』


 大歓声。


『勝者――ソウジ!』


「…………」


 アキトは動けなかった。


 完敗。


 四勝一敗。


 三連勝。


 勝率八割。


 そんな数字が。


 一瞬でどうでもよくなった。


 インカメラ。


 ソウジが長刀を下ろす。


『ありがとうございました』


「…………ありがとうございました」


『初撃を避けたのは見事でした』


「……初撃だけじゃん」


『六撃目まで避けました』


「数えてたんですか」


『ええ』


「余裕だなぁ……」


『四強なので』


「…………」


 少し前の自分なら。


 その言葉に腹を立てたかもしれない。


 今は。


 何も言い返せない。


『それに』


「?」


『途中から、私の足を見ていましたね』


「…………!」


 ソウジは気づいていた。


『何か分かりましたか?』


「……スパイク」


『はい』


「それで地面を掴んで、向きを変えてる」


『その通りです』


「…………」


 アキトは《神突》の脚を見る。


 あれがあるから。


 避けても。


 追ってくる。


 逃げるたび。


 さらに速くなって。


 最後には。


 逃げ場そのものを奪われる。


『また挑戦しますか?』


「…………」


 アキトは顔を上げた。


「します」


 即答だった。


 ソウジがわずかに笑う。


『では』


 長刀を肩へ担ぐ。


『待っています』


 通信が切れた。


     ◆


 アキトは、しばらく《神突》の足元を見ていた。


 スパイク。


 あれだ。


 あれで地面を掴む。


 だから曲がれる。


 なら。


 あの脚を止めれば。


「…………」


 でも。


 どうやって?


 刀では届かない。


 近づけば、突かれる。


 今の《凪》には。


 離れた場所にいる相手へ。


 直接干渉する方法がない。


「……離れた場所に」


 アキトは自分の右腕を見る。


 手を伸ばした。


 当然。


 何も届かない。


「触れられたら……」


 次に。


 左腕。


 同じように伸ばす。


「…………」


 右。


 左。


 二本の腕。


 アキトは、しばらくその手を見つめていた。

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