第9話「神突」
――対戦申請、承諾。
「…………マジか」
端末に表示された文字を、アキトは二度見した。
「だから言ったじゃん」
隣でアンが呆れた顔をしている。
「何が?」
「四強に申請するのやめなって」
「でも承諾された」
「そこじゃない!」
アンが端末を指差した。
「相手、《神突》のソウジだよ?」
「知ってる」
「《一騎》四強だよ?」
「それも知ってる」
「じゃあなんで申請したの!?」
「勝てるかもしれないから」
「…………」
「何その顔」
「三連勝って怖いね」
「どういう意味だよ」
アキトは端末へ視線を戻した。
画面では、何度も見返したソウジの試合映像が流れている。
《神突》。
ソウジの《キジン》もまた、そう呼ばれていた。
武器は日本刀。
ただし、刀身は通常の一・五倍ほど長い。
映像の中で、ソウジが腰を落とす。
低い。
異様なほど低い構え。
そして、重心は後ろ。
前脚は軽く。
深く曲げた後脚へ、機体の重量を預ける。
縮められたバネ。
そこから。
後脚が地面を蹴る。
同時にブースター点火。
一気に間合いを消し――突く。
「速い」
「でしょ?」
「でも」
アキトは映像を止めた。
「分かりやすい」
「……は?」
「突きだろ?」
「いや、そうだけど」
「だったら避ければいい」
テツとは違う。
何をしてくるか分からない相手じゃない。
むしろ逆。
何をするのか、最初から分かっている。
「俺、こういう相手の方が得意だと思う」
「完全に調子乗ってる……」
「四勝一敗」
「聞いてない」
「勝率八割」
「もっと聞いてない」
アキトは笑った。
四強。
その一人に勝てたら。
本当に、自分がどこまでやれるのか分かる。
◆
試合当日。
『さあ、本日の注目カード!』
会場は、これまでとは比べものにならないほど沸いていた。
『デビュー戦で敗北するも、そこから怒濤の四勝! 現在三連勝中! 注目の新人――アキト!』
歓声が上がる。
アキトが片手を上げる。
《凪》も同じ動きをした。
「すげ……」
自分の名前を知っている人間がいる。
それだけで気分がいい。
だが。
『そして対するは――!』
歓声が爆発した。
『《一騎》四強が一角! すべてを貫く一撃!』
フィールドの反対側から、一機の《キジン》が歩いてくる。
『《神突》――ソウジ!』
「…………」
初めて見る実物の《神突》。
派手ではない。
むしろ細身。
だが、右手に握られた日本刀だけが異様だった。
「長いな……」
通常の一・五倍。
斬るためというより。
遠くへ。
深く。
突き通すための刀。
インカメラが開く。
『よろしくお願いします』
ソウジが軽く頭を下げた。
「あ、はい。よろしくお願いします」
『三連勝だそうですね』
「まあ」
『素晴らしい』
「ありがとうございます」
穏やかな人だ。
四強と言われても、まだ実感がない。
だが。
『では』
ソウジの身体が沈んだ。
「――!」
低い。
映像で見るより、ずっと低い。
重心は完全に後ろ。
前脚は軽く。
深く曲げられた後脚だけが、機体の重量を受け止めている。
長刀も低い。
切っ先だけが真っ直ぐ《凪》へ向いていた。
まるで。
限界まで引き絞られた弓。
『始めましょう』
アキトから笑みが消えた。
◆
『試合――開始!』
来る。
分かる。
後脚が、さらに沈む。
そして。
一気に伸びた。
同時にブースター点火。
ドンッ!
「速っ――!」
《神突》が弾けた。
後脚のバネ。
ブースター。
二つの加速が重なり、一瞬で距離が消える。
長刀の切っ先が迫る。
でも。
見えている。
「右!」
アキトが床を蹴る。
《凪》が右へ飛んだ。
切っ先が胸部装甲の横を通過する。
「――避けた!」
いける。
やっぱり。
来ると分かっていれば――。
ガギィン!
「……え?」
金属が地面へ食い込む音。
《神突》の足裏から。
スパイク。
地面へ突き刺さる。
高速で前進していた機体が、その一点を支点に強引に向きを変えた。
「曲がっ――」
切っ先が。
再び《凪》へ向く。
ブースター。
再点火。
ドンッ!
「――!」
二撃目。
アキトは反射的に身体を投げる。
《凪》が跳ぶ。
ギリギリ。
長刀が胸元を通過した。
「っぶな――」
ガギィン!
「は?」
また。
スパイク。
ソウジが地面を噛む。
機体が旋回。
切っ先が。
またアキトを捉える。
「まだ来るのかよ!」
ブースター点火。
ドンッ!
三撃目。
「くっ!」
速い。
二撃目より。
明らかに速い。
アキトはさらに横へ跳んだ。
ガリィッ!
《凪》の肩部装甲を切っ先が削る。
「ぐっ!」
負荷が身体へ返る。
だが、倒れない。
「避けた……!」
ガギィン!
「――!」
まただ。
四撃目。
「ちょっと待て!」
ドンッ!
来る。
「右!」
かわす。
ガギィン!
「また!?」
五撃目。
ドンッ!
「左!」
かわす。
ガギィン!
「まだ!?」
六撃目。
ドンッ!
「くそっ!」
刀身が《凪》の脇腹を掠める。
装甲が弾け飛んだ。
アキトがよろめく。
それでも身体を起こす。
「なんだよ……これ……!」
止まらない。
ソウジは。
一度も攻撃を終えていない。
一撃目。
避ける。
スパイク。
方向転換。
ブースター。
二撃目。
避ける。
スパイク。
方向転換。
さらに加速。
三撃目。
四撃目。
五撃目。
逃げるたび。
追ってくる。
いや。
「待て……」
アキトは息を呑んだ。
違う。
追ってくるだけじゃない。
「速くなってる……」
一撃目より二撃目。
二撃目より三撃目。
方向を変えるたび。
ブースターによる加速が重なっていく。
ソウジは速度を殺さない。
スパイクで高速の機体を強引に旋回させ。
そこへ次の加速を足す。
『気づきましたか』
ソウジの声。
「…………」
『遅いですよ』
ガギィン!
「!」
切っ先が向く。
ドンッ!
「くそっ!」
避ける。
ガギィン!
また。
ドンッ!
避ける。
ガギィン!
また。
ドンッ!
また。
また。
また。
右。
左。
後ろ。
右。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
そのたびに。
《神突》は速くなる。
◆
「はぁ……はぁ……!」
アキトの呼吸が乱れる。
汗が頬を伝う。
右へ。
《凪》が跳ぶ。
ソウジが追う。
左へ。
また追う。
後ろ。
さらに追う。
「なんで……!」
見えている。
突き。
来ることは分かる。
スパイクも。
方向転換も。
ブースターも。
全部。
分かっている。
なのに。
身体が追いつかない。
《凪》が追いつかない。
そして。
「…………あ」
アキトの背中が冷えた。
壁。
いつの間にか。
近い。
右を見る。
ソウジが通った軌道。
左。
同じ。
前。
《神突》。
後ろ。
壁。
「俺……」
逃げていた。
ただ。
必死に。
突きを避けていた。
その結果。
自分から。
少しずつ。
逃げられる場所を捨てていた。
「追われてるんじゃない……」
ソウジが地面を噛む。
ガギィン!
切っ先が《凪》へ向く。
「追い込まれてる……!」
『正解です』
ブースター点火。
ドンッ!
「――!」
速い。
もう。
初撃とは別物だった。
アキトが横へ跳ぶ。
切っ先が脚部装甲を削る。
「ぐっ!」
着地。
顔を上げる。
ガギィン!
「――もう!?」
ソウジが曲がる。
次。
来る。
でも。
もう逃げる場所がない。
「だったら!」
避けられないなら。
受ける。
アキトが刀を両手で構えた。
《凪》も正面へ刀を構える。
「来い!」
《神突》が向かってくる。
長刀。
機体重量。
積み重なった速度。
ブースター。
そのすべてが。
切っ先一点へ。
ガァァァン!
「ぐぅっ!」
刀同士が激突する。
違う。
受けたのは。
刀じゃない。
巨大な質量そのものだ。
「止まれぇぇ!」
アキトが踏ん張る。
《凪》の足が地面を滑る。
一メートル。
二メートル。
止まらない。
腕が押し込まれる。
「くそっ……!」
刀が。
軋む。
ソウジの切っ先が。
少しずつ。
中心からずれる。
「――!」
受けきれない。
アキトの刀が弾かれた。
《凪》の両腕が開く。
がら空き。
だが。
ソウジはそのまま突き抜けない。
スパイク。
ガギィン!
「…………」
アキトの目が見開かれる。
こんな距離でも。
まだ。
曲がる。
《神突》が旋回する。
長刀の切っ先。
正面。
逃げ場。
なし。
『終わりです』
ブースターが噴いた。
ドンッ!
突き。
キィィィン――!
《凪》の角が宙を舞った。
◆
『勝負あり!』
大歓声。
『勝者――ソウジ!』
「…………」
アキトは動けなかった。
完敗。
四勝一敗。
三連勝。
勝率八割。
そんな数字が。
一瞬でどうでもよくなった。
インカメラ。
ソウジが長刀を下ろす。
『ありがとうございました』
「…………ありがとうございました」
『初撃を避けたのは見事でした』
「……初撃だけじゃん」
『六撃目まで避けました』
「数えてたんですか」
『ええ』
「余裕だなぁ……」
『四強なので』
「…………」
少し前の自分なら。
その言葉に腹を立てたかもしれない。
今は。
何も言い返せない。
『それに』
「?」
『途中から、私の足を見ていましたね』
「…………!」
ソウジは気づいていた。
『何か分かりましたか?』
「……スパイク」
『はい』
「それで地面を掴んで、向きを変えてる」
『その通りです』
「…………」
アキトは《神突》の脚を見る。
あれがあるから。
避けても。
追ってくる。
逃げるたび。
さらに速くなって。
最後には。
逃げ場そのものを奪われる。
『また挑戦しますか?』
「…………」
アキトは顔を上げた。
「します」
即答だった。
ソウジがわずかに笑う。
『では』
長刀を肩へ担ぐ。
『待っています』
通信が切れた。
◆
アキトは、しばらく《神突》の足元を見ていた。
スパイク。
あれだ。
あれで地面を掴む。
だから曲がれる。
なら。
あの脚を止めれば。
「…………」
でも。
どうやって?
刀では届かない。
近づけば、突かれる。
今の《凪》には。
離れた場所にいる相手へ。
直接干渉する方法がない。
「……離れた場所に」
アキトは自分の右腕を見る。
手を伸ばした。
当然。
何も届かない。
「触れられたら……」
次に。
左腕。
同じように伸ばす。
「…………」
右。
左。
二本の腕。
アキトは、しばらくその手を見つめていた。




