第10話「走らなくていい」
負けた。
それだけなら、初めてじゃない。
デビュー戦でも負けた。
テツにも負けた。
でも。
今回は、違った。
◆
「…………」
アキトは自宅で、ソウジ戦の映像を見ていた。
一撃目。
避ける。
スパイク。
方向転換。
二撃目。
また避ける。
スパイク。
三撃目。
四撃目。
五撃目。
逃げるたびに《神突》は速くなる。
そして最後には、逃げ場そのものを失った。
映像を止める。
「…………」
戻す。
もう一度。
一撃目。
二撃目。
三撃目。
「ここで右じゃなくて……」
巻き戻す。
「いや」
左。
駄目だ。
その先で追いつかれる。
「だったら前に……」
駄目。
長刀の間合いに入る。
「もっと早く動けば……」
それも試した。
早く動けば、ソウジはその方向へ軌道を変える。
しかも。
次はさらに速くなる。
「…………」
映像を止めた。
分からない。
何度見ても。
答えが出ない。
アキトは椅子の背にもたれた。
天井を見る。
「……何が四勝一敗だよ」
笑えてくる。
勝率八割。
三連勝。
新人注目株。
そんなもの。
四強の前では、何の意味もなかった。
「全然じゃん……」
自分は強くなったと思っていた。
テツに勝った。
その後も勝った。
予測だけじゃなく、相手を見て戦えるようになった。
プロでもやれる。
そう思った。
なのに。
何をしてくるか分かっていたソウジに。
何もできなかった。
「…………」
端末を伏せた。
今日はもう。
見たくなかった。
◆
翌日。
呼び鈴が鳴った。
「…………」
無視。
もう一度。
無視。
さらに。
連打。
「うるさい!」
アキトが玄関を開ける。
「おはよう」
「何だよ」
アンが立っていた。
やたらと元気そうな顔で。
「行くよ」
「どこに」
「外」
「嫌だ」
「はい、決定」
「会話成立してないだろ」
「着替えて」
「嫌だって」
「じゃあそのまま行く?」
「どこにだよ!」
「着替えたら教える」
「なんでだよ!」
三十分後。
アキトはアンの隣を歩いていた。
「…………」
「いい天気だね」
「帰りたい」
「駄目」
「俺、試合の分析したいんだけど」
「昨日ずっとやってたでしょ」
「まだ分かってない」
「だから今日はやらない」
「は?」
アンが振り返る。
「今日、《戦》のこと考えるの禁止」
「無理」
「禁止」
「無理だって」
「じゃあ罰金」
「誰に払うんだよ」
「私」
「絶対嫌だ」
アンは笑う。
アキトはため息をついた。
負けた。
それだけで。
ここまで気持ちが沈むとは思わなかった。
養成施設では負けなかった。
プロになって初めて。
負けるということを知った。
しかも今回は。
自分が強くなったと思った直後だった。
だから余計に。
腹が立つ。
◆
「着いた」
「…………」
アキトは目の前を見た。
「アスレチック?」
「うん」
「俺たち何歳?」
「二十一」
「知ってるよ!」
木々の間に作られた巨大なアスレチック。
吊り橋。
丸太。
ネット。
ロープ。
子供たちが走り回っている。
「帰る」
「駄目」
「なんで二十一歳にもなってアスレチックやるんだよ」
「運動」
「普段してる」
「気分転換」
「家でできる」
「できてないから連れてきたの」
「…………」
何も言い返せなかった。
「ほら」
アンが先に歩き出す。
「行くよ」
「……はいはい」
仕方なく。
アキトも後を追った。
◆
「ちょ、待て!」
「遅い!」
「これ揺れすぎだろ!」
「アキト、へた!」
「うるさい!」
吊り橋が大きく揺れる。
アンはさっさと先へ進んでいく。
「なんでお前そんな速いんだよ!」
「子供の頃よく来たじゃん!」
「二十代と小学生を一緒にすんな!」
次。
ネット。
丸太。
壁。
「待って……」
アキトが膝に手をつく。
「疲れた?」
「キジン動かす方が楽……」
「それ自分で動いてるからね」
「分かってるよ……」
でも。
少し。
気分は軽くなっていた。
ソウジ戦の映像を見ていた時より。
ずっと。
「次、あれ」
「まだやるの?」
「来たんだから全部やる」
「元気だな……」
アンが指差した先。
高い足場から。
一本の太いロープが斜めに伸びている。
ロープにつかまり。
反対側へ渡る遊具。
「うわ」
「何?」
「地味に怖いやつ」
「四強に挑んだ人が?」
「それとこれとは違うだろ」
「はい、先どうぞ」
「お前が行けよ」
「怖いの?」
「…………」
アキトはロープを掴んだ。
「行けばいいんだろ」
「頑張れー」
「その言い方腹立つな」
ロープを握る。
足場の端。
下を見る。
「結構高いな……」
「早くー」
「分かったよ!」
アキトは地面を蹴った。
身体が浮く。
「おっ――!」
ロープに引かれ。
一気に前へ。
走っていない。
足も動かしていない。
ただ。
ロープにつかまっているだけ。
それなのに。
身体は前へ進む。
しかも。
自分で走る時とは全く違う軌道。
ロープを中心に。
身体が弧を描く。
「うおおお――!」
反対側。
着地。
「おっと!」
数歩よろける。
止まった。
「…………」
アキトは振り返った。
「どうだった?」
アンが向こう側から叫ぶ。
「…………」
「アキト?」
ロープを見る。
斜めに伸びた一本の線。
今。
自分は。
走っていない。
なのに。
移動した。
「…………」
頭の中で。
何かが引っかかった。
「もう一回」
「え?」
「もう一回やる!」
「急にどうしたの!?」
アキトは走って戻った。
◆
二回目。
ロープを握る。
飛ぶ。
身体が引かれる。
「…………!」
今度は。
移動ではなく。
自分の身体を見る。
足じゃない。
ロープ。
ロープが。
自分を動かしている。
着地。
「もう一回!」
「ええ!?」
三回目。
今度は身体を少し横へ振ってみる。
軌道が変わる。
「…………」
着地。
「もう一回!」
「ちょっと待って!」
アンが止めた。
「何?」
「何じゃないよ! さっきまで帰りたいって言ってたじゃん!」
「これ面白い」
「知ってるけど!」
「違う」
アキトはロープを見る。
「そうじゃなくて……」
頭の中。




