第11話「誰にも分からない武器」
「ワイヤー付けられます?」
「…………は?」
翌朝。
アキトは《凪》の整備区画にいた。
「だから、ワイヤーです」
「聞こえてる」
「《凪》の両腕に一本ずつ」
「それも聞こえてる」
「じゃあ――」
「何言ってるか分からねえんだよ」
「なんで!?」
メカニックは持っていた工具を置いた。
「昨日まで刀一本で戦ってた奴が、朝っぱらから飛び込んできて『両腕からワイヤー出したいです』だぞ」
「はい」
「何に使うんだ?」
「移動です!」
「…………」
「移動」
「二回言わなくていい」
アキトは端末を取り出した。
「昨日、アスレチック行ったんですよ」
「帰れ」
「まだ何も説明してない!」
「二十一にもなってアスレチックで遊んできた報告を、なんで俺が聞かなきゃならん」
「そこじゃないんですって!」
アキトは端末に簡単な図を描く。
《凪》。
その腕から伸びる一本の線。
「ロープにつかまって移動する遊具があったんです」
「あるな」
「やってみたら、走ってないのに身体が動いた」
「そりゃそうだろ」
「これです!」
「何がだよ!」
「だから!」
アキトは《凪》を指差した。
「《凪》も走らなくていいんですよ!」
「…………」
「腕からワイヤーを撃つ。壁とか地面に固定する。巻き取る。そうしたら――」
アキトは両手を大きく動かす。
「ギュン!」
「…………」
「ギュンって!」
「擬音で説明すんな!」
整備区画に怒声が響いた。
◆
「まあ……」
メカニックは腕を組み、《凪》を見上げた。
「付けるだけならできる」
「本当ですか!?」
「近い近い!」
アキトが詰め寄る。
「両腕いけます?」
「いける」
「巻き取りも?」
「できる」
「左右別々に?」
「できる」
「最高じゃないですか!」
「だから待て!」
メカニックがアキトの額を押し返した。
「付けられるってだけだ。強いなんて一言も言ってねえ」
「でも、できるんですよね?」
「できる」
「じゃあお願いします!」
「話を聞け!」
アキトがようやく止まる。
「何ですか?」
「ワイヤーは万能じゃない」
メカニックが端末を操作した。
《凪》の簡易図。
右腕から一本の線を伸ばす。
「まず射出方向」
「はい」
「基本的に腕を向けた先へしか撃てない。刀で斬り合いながら好きな方向へ好き放題撃てると思うな」
「なるほど」
「次。アンカー」
線の先に固定具が表示される。
「撃てば必ず刺さるわけじゃない。角度が浅ければ弾かれる。表面が脆ければ引っ張った瞬間に抜ける。硬すぎても食い込まない」
「じゃあ固定する場所を選ぶ必要がある」
「そういうことだ」
アキトが頷く。
「次。長さ」
「長い方がいいですよね?」
「そう思うだろ?」
「違うんですか?」
「長くすれば、それだけワイヤー自体が重くなる。収納するリールもでかくなる」
「あ……」
「巻き取り機構も必要だ。腕に積める重量には限界がある」
「じゃあ、とりあえず使える範囲で」
「最初はそうしろ」
メカニックが次の図を出す。
「それから一番勘違いしそうなのが巻き取りだ」
「?」
「お前、昨日ロープで自分の身体を動かしたんだろ?」
「はい」
「お前は何キロだ?」
「…………」
アキトが《凪》を見る。
巨大な機体。
「あ」
「そういうことだ」
メカニックが《凪》の脚を軽く叩いた。
「こいつは人間とは質量が違う」
「強いモーターを積めば――」
「重くなる」
「ですよね」
「しかも、引っ張られるのは機体全体だ」
右腕から伸びたワイヤー。
そこへ矢印が表示される。
「例えば右腕のワイヤーを固定して、最大出力で巻き取る」
「はい」
「最初に負荷を受けるのは?」
「右腕」
「そこから肩、胴体、腰、脚へ力が伝わる」
「…………」
「姿勢を作らずに巻いたら、お前が思ってるような格好いい動きにはならん」
「どうなります?」
「たぶん転ぶ」
「地味」
「下手すりゃ肩が壊れる」
「地味じゃなかった」
「二本同時に巻けばもっと面倒だ。左右から違う方向へ引っ張られる」
「途中で片方だけ止めたら?」
「その瞬間に力の向きが変わる」
「巻き取りながら刀を振ったら?」
「知らん」
「え?」
「そんな戦い方する奴いねえよ」
「…………」
アキトの口元が上がった。
「おい」
「はい?」
「なんで今笑った?」
「いや」
アキトは《凪》を見上げる。
「誰もやってないんだなって」
「そこに可能性を感じるな」
「だって面白いじゃないですか」
「俺には嫌な予感しかしねえよ」
◆
「あと」
メカニックが続ける。
「ワイヤーそのものにも限界がある」
「切れるってことですか?」
「当たり前だ」
端末に一本のワイヤーが映る。
「張った状態で機体を引けば、こいつが《凪》の質量を受ける」
「はい」
「急激に方向を変えれば瞬間的な負荷はもっと大きくなる」
「はい」
「巻き取りながら機体が逆方向へ動けば、さらに増える」
「…………はい」
「何度も繰り返せば?」
アキトは少し考えた。
「傷む」
「そういうことだ」
メカニックが頷く。
「見た目に問題がなくても、内部では少しずつ疲労が溜まる。擦れれば摩耗する。曲げれば癖もつく」
「じゃあ、ずっと同じワイヤーを使うのは無理?」
「無理」
「どれくらい持ちます?」
「知らん」
「またそれ?」
「使い方が存在してねえんだからデータもねえんだよ!」
「ああ……」
「普通に引っ張るだけなのか、急制動するのか、機体を振り回すのか。それで全然変わる」
「機体を振り回す……」
「そこだけ拾うな」
「いや、ちょっと面白そうだなって」
「やめろ」
「まだ何もしてないですって」
「その顔で言われても信用できん」
メカニックはため息をついた。
「とにかく覚えとけ。ワイヤーは消耗品だ」
「消耗品」
「使えば傷む。無茶すれば切れる」
「はい」
「それと巻き取り機構にも熱限界がある。連続で高出力を使えば止まる」
「なるほど……」
射出。
固定。
長さ。
重量。
巻き取り出力。
姿勢。
重心。
熱。
ワイヤーそのものの耐久。
アキトは指を折りながら数えた。
「……制限多くないですか?」
「だから何に使うんだって聞いてんだよ!」
「それをこれから考えるんです!」
「順番が逆なんだよ!」
◆
数日後。
「おお……!」
整備区画へ入ったアキトの顔が輝いた。
《凪》の両腕。
前腕部に、小型の装置が追加されている。
右に一基。
左に一基。
それだけだった。
「…………地味」
「外すぞ」
「嘘です! 格好いい!」
「調子いいな、お前」
アキトは《凪》へ近づいた。
右腕。
一本。
左腕。
一本。
「先端はアンカー。左右独立で射出、巻き取り可能」
「はい」
「緊急時はワイヤーを切断できる」
「切っちゃうんですか?」
「引っ掛かったまま動けなくなるよりマシだ」
「なるほど」
「それと」
メカニックがアキトを見る。
「最初から無茶すんな」
「しませんよ」
「信用できん」
「なんでですか」
「四勝一敗で四強に挑んだ」
「…………」
「反論は?」
「ないです」
「よし」
メカニックは《凪》の腕を叩く。
「まずは射出と巻き取り。どのくらいの角度ならアンカーが噛むか。どの出力なら姿勢を保てるか。それを身体で覚えろ」
「分かりました」
「いきなり二本同時に使うなよ」
「はい」
「最高出力で巻くな」
「はい」
「変なこと思いついても、まず俺に聞け」
「はい」
「返事だけはいいんだよな……」
◆
訓練区画。
アキトが右腕を上げる。
《凪》も同じように右腕を上げた。
「まず……壁」
狙う。
射出。
バシュッ!
一本のワイヤーが空間を走る。
アンカーが壁へ突き刺さった。
「おおっ!」
『固定確認』
アキトの顔が緩む。
「本当に出た……!」
『出るように作ったんだよ!』
「分かってますって!」
ワイヤーを見る。
《凪》と壁をつなぐ。
一本の線。
昨日。
アスレチックで見たものと同じ。
「じゃあ」
ゆっくり。
「巻き取り」
ギュィィン――。
ワイヤーが縮む。
右腕が引かれる。
肩。
胴体。
腰。
そして。
《凪》全体が右へ動いた。
「……動いた」
たった数歩分。
速くもない。
派手でもない。
それでも。
アキトは笑った。
「走ってない」
もう一度。
少しだけ出力を上げる。
ギュィン!
「おっ!」
さっきより速い。
さらに。
「もうちょっと――」
『上げすぎんなよ』
「分かってます!」
出力を上げる。
ギュィィン!
「うおっ!」
身体が右へ持っていかれる。
アキトが反射的に踏ん張る。
《凪》も脚を開く。
「なるほど……」
腕だけじゃない。
引かれる方向に合わせて。
身体全部で姿勢を作る。
「これなら――」
アキトが左腕を見る。
「もう一本も」
『おい』
「ちょっとだけ!」
『さっき何て言った!?』
左腕。
射出。
バシュッ!
反対側の壁へ。
固定。
「右と左……」
二本のワイヤー。
《凪》が二つの壁につながる。
「これで右を巻いて――」
右。
ギュィン!
身体が動く。
「ここで左!」
左を巻く。
「うおっ!?」
引かれる方向が一気に変わった。
重心が遅れる。
「待っ――」
ドンッ!
《凪》が肩から床へ転がった。
「痛ってぇ……!」
『だから言っただろ!』
「思ったより難しい!」
『それも言った!』
アキトは起き上がる。
「でも……」
右を見る。
ワイヤー。
左を見る。
もう一本。
さっき。
一瞬だけ。
右へ引かれていた身体が。
左の巻き取りによって。
自分の脚では作れない角度へ動いた。
「…………」
もう一回。
『聞いてんのか!?』
「もう一回やります!」
『少しは反省しろ!』
「反省してます!」
『絶対してねえ!』
アキトは笑っていた。
◆
刀ではない。
銃でもない。
盾でもない。
相手の角を切ることさえできない。
しかも。
射出する場所を選ぶ。
外れる。
抜ける。
巻き取りにも限界がある。
姿勢を間違えれば転ぶ。
使い続ければ熱を持つ。
ワイヤーそのものも傷み、いつか切れる。
不便なものだった。
こんなもの。
何に使うんだ。
メカニックがそう言った意味も。
少し分かった。
それでも。
「…………」
アキトは二本のワイヤーを見る。
右に一本。
左に一本。
他の誰かが見れば。
ただの補助装備かもしれない。
でも。
さっき。
《凪》は確かに。
今までにない動きをした。
「もう一回」
アキトが構える。
今はまだ。
まともに扱うことさえできない。
この二本で。
何ができるのかも分からない。
だけど。
だからこそ。
試したい。
失敗して。
考えて。
また試す。
そうやって。
誰にも価値の分からない二本の線を。
自分の強さに変えていく。
「行くぞ、《凪》」
右腕を上げる。
「射出!」
バシュッ!
一本目のワイヤーが。
アキトの知らない戦い方へ向かって伸びていった。




