第12話「使えない武器」
七戦目。
試合開始前から、アキトは笑っていた。
『……なんか今日、機嫌いいな』
「分かります?」
『分かる。気持ち悪いくらい』
「ひどくない?」
対戦相手――カイが刀を肩に担ぐ。
戦績は三勝三敗。
実力は、今のアキトとそう離れていない。
ただし。
今日の《凪》には、今までなかったものがある。
右腕に一本。
左腕に一本。
二本のワイヤー。
『それか?』
「ん?」
『腕についてるやつ。新装備だろ』
「ああ」
アキトは嬉しそうに右腕を上げた。
「ワイヤー」
『…………』
「…………」
『何に使うんだ?』
「またそれ!?」
『何が!?』
「みんな同じこと言うなと思って」
『いや、だってワイヤーだろ?』
「そうだけど」
『刀に勝てんの?』
「分かんない」
『分かんねえのかよ!』
観客席から笑いが起きる。
アキトは気にしなかった。
分からない。
だから今日、確かめる。
◆
『試合――開始!』
カイが踏み込んだ。
右から斬撃。
見える。
アキトは後ろへかわす。
二撃目。
今度は左へ。
カイが追ってくる。
いつもなら、ここから刀で応戦する。
でも。
今日は違う。
「試してみるか」
アキトが右腕を向けた。
「射出!」
バシュッ!
『何っ!?』
ワイヤーがカイの横を通過する。
狙ったのは相手じゃない。
その後ろ。
壁だ。
アンカーが突き刺さる。
『固定確認』
「巻き取り!」
ギュィィン!
《凪》の身体が斜め後方へ引かれた。
『なっ――』
カイの刀が空を切る。
「よし!」
後ろでもない。
横でもない。
その中間。
脚だけでは瞬時に作りにくい角度へ、《凪》が滑るように移動する。
ワイヤー解除。
そのまま踏み込む。
アキトの刀が走った。
『くっ!』
ギィン!
カイが受ける。
弾かれた。
それでも。
アキトは笑った。
「もう一回!」
今度は左腕。
射出。
床へアンカーが食い込む。
「巻き取り!」
《凪》が左前方へ引かれた。
『速っ――』
一気に懐へ。
「もらった!」
斬撃。
カイがギリギリで身を引く。
ガッ!
刃先が胸部装甲をかすめた。
『うおっ!』
「惜しい!」
でも。
届いた。
今までなら存在しなかった攻撃経路。
走る。
踏み込む。
かわす。
それだけじゃない。
壁へつなぐ。
床へつなぐ。
そこから自分を引っ張る。
「これだ……!」
アスレチックで感じたものと同じ。
いや。
それ以上だ。
《凪》の動ける方向そのものが増えている。
「やっぱり使える!」
アキトの声が弾んだ。
◆
『これは何だ!? アキト選手、両腕から射出したワイヤーをフィールドへ固定! その巻き取りを利用して機体を移動させています!』
観客席がざわめき始める。
右。
射出。
固定。
巻き取り。
方向転換。
左。
射出。
固定。
巻き取り。
接近。
『ちょこまかと!』
カイが刀を振る。
アキトが避ける。
「そこ!」
右ワイヤー。
射出。
――外れた。
「あ」
アンカーが壁をかすめる。
『固定失敗』
「もう一回!」
狙い直す。
その一瞬。
カイが来た。
「待っ――」
ギィン!
慌てて刀で受ける。
「重っ!」
『ワイヤーばっか見てんじゃねえ!』
「分かってる!」
刀を弾く。
距離を取る。
右腕を上げる。
どこへ撃つ?
壁。
いや、角度が浅い。
床。
カイが邪魔だ。
後ろなら――。
「くそっ!」
考えている間にもカイは来る。
今までなら。
相手だけを見ていればよかった。
足。
肩。
腰。
視線。
刀。
予備動作。
そこから次を予測する。
でも今は違う。
相手を見ながら。
固定場所を探す。
射出角度を決める。
巻き取り出力を考える。
自分の姿勢を作る。
左右のワイヤーの状態も把握する。
「考えること……多っ!」
『知らねえよ!』
カイの刀が迫る。
◆
「右!」
射出。
固定。
巻き取り。
《凪》が横へ引かれる。
カイが追う。
「左!」
もう一本。
固定。
「右を解除して――左!」
巻き取り。
「うおっ!?」
予想以上に身体が振られた。
重心が外へ逃げる。
脚が床を滑った。
「まだ!」
姿勢を戻す。
右腕を向ける。
「射出!」
バシュッ!
『させるか!』
「え?」
カイが刀を振った。
ギンッ!
射出直後のワイヤーが弾かれる。
「ワイヤー狙った!?」
『何回見せるんだよ!』
「……そりゃそうか」
アキトの口元が上がった。
「相手も考えるよな!」
『楽しそうだなお前!』
「楽しい!」
『試合中だぞ!』
「だからだよ!」
次は見えにくい角度。
左。
射出。
固定。
巻き取り。
《凪》が引かれる。
『また――』
途中で止める。
そこから自分の脚で踏み込んだ。
『!?』
「ワイヤーだけじゃない!」
カイの反応が一瞬遅れる。
斬撃。
ギィン!
受けられた。
なら。
「右!」
鍔迫り合いのままワイヤーを射出。
壁へ固定。
「巻き取り!」
ギュィィン!
『何だそれ!?』
二機の位置が横へずれる。
カイの体勢が崩れた。
「俺も今思いついた!」
『今!?』
「ここ!」
アキトが刀を返す。
角。
あと少し。
『くっ!』
カイが首を振った。
ガッ!
刃先が角の根元をかすめる。
「ああっ!」
『危ねえ!』
離れるカイ。
アキトは追う。
「今のいけた!」
右ワイヤー。
左ワイヤー。
脚。
刀。
相手の動き。
全部使えば。
「勝てる!」
◆
――その瞬間だった。
『右巻き取り機構、温度上昇』
「え?」
警告表示。
鉄三に言われた言葉が頭をよぎる。
連続で高出力を使えば、熱を持つ。
「まだいける!」
右ワイヤーを巻き取る。
『警告。出力制限』
「今!?」
遅い。
想定していた位置まで《凪》が届かない。
「まず――」
カイが来た。
『もらった!』
「左!」
反射的に左ワイヤーを巻く。
その瞬間。
「あ」
右を切っていない。
右前方。
左後方。
二方向から《凪》が引かれる。
「しまっ――」
機体がねじれた。
重心が完全に外れる。
足が浮く。
ドンッ!
「ぐっ!」
《凪》が床へ叩きつけられた。
起きろ。
アキトが身体を起こそうとする。
《凪》も立ち上がろうとする。
だが。
右腕から伸びたワイヤーが、まだ張っている。
「切断!」
遅かった。
目の前。
カイ。
『終わりだ!』
「くそっ!」
一閃。
ガンッ!
《凪》の角が宙を舞った。
◆
『決着――! 勝者、カイ!』
歓声が響く。
「…………」
負けた。
ワイヤーを付けて。
新しい動きができて。
相手の角にも届きかけた。
それでも。
負けた。
『おい』
カイから通信が入る。
「?」
『それ』
「ワイヤー?」
『ああ』
少し間があった。
『めちゃくちゃ面倒だった』
「…………」
『次やったら、もっと面倒になってそうだな』
通信が切れる。
アキトは二本のワイヤーを見る。
悔しい。
当然だ。
でも。
ソウジに負けた時とは違う。
あの時は。
何をすればいいのか分からなかった。
今日は違う。
失敗した理由が分かる。
射出が遅い。
固定場所を探すのに時間がかかる。
巻き取り出力が雑。
姿勢制御が追いつかない。
二本同時に使うと混乱する。
熱管理も忘れた。
そして何より。
ワイヤーに夢中になりすぎて、相手を見る時間が減っていた。
「…………」
アキトの口元が。
ゆっくり上がった。
「直すところ、いっぱいあるじゃん」
右腕に一本。
左腕に一本。
たった二本。
なのに。
まだ全然、使いこなせない。
だったら。
使えるようになればいい。
「次だ」
アキトは顔を上げた。
負けた。
それなのに。
昨日よりずっと。
次の勝ち方が見えていた。




