第13話「勝ち筋」
負けた。
次も。
負けた。
その次も――負けた。
◆
「右!」
ワイヤーを射出。
固定。
巻き取り。
《凪》が右へ引かれる。
相手の斬撃を回避。
「左!」
もう一本。
アンカーが壁へ食い込む。
巻き取り。
方向転換。
以前なら、ここで姿勢を崩していた。
今は違う。
引かれる方向へ先に重心を移す。
《凪》の脚が床を蹴った。
「いける!」
加速。
刀を振る。
『甘い!』
「なっ――」
読まれた。
相手が一歩下がる。
刀が空を切る。
直後。
伸びたワイヤーを踏まれた。
「あ」
動けない。
返しの一撃。
角が飛んだ。
◆
『決着!』
「…………」
アキトは宙を舞う角を見送った。
「なるほど」
『何がなるほどだ!』
通信から鉄三の怒声が飛んでくる。
「ワイヤー踏まれると動けない」
『見りゃ分かる!』
「次から気をつけます」
『毎回それ言ってんだろ!』
◆
次の試合。
射出。
固定。
巻き取り。
今度はワイヤーを相手の足元へ通さない。
「よし!」
右へ。
相手が追う。
左へ切り返す。
相手が止まる。
「そこ!」
踏み込む。
刀を振る。
――届かない。
「え?」
距離が足りない。
返しの一撃。
「うわっ!」
回避。
右ワイヤー。
射出。
外れた。
「あ」
斬撃。
角が飛んだ。
◆
また次。
「今度こそ!」
右。
左。
右。
左右の巻き取りを切り替える。
《凪》がフィールドを駆ける。
『速い……!』
「見えてきた!」
相手の背後。
刀を構える。
『右リール、温度上昇』
「今かよ!」
出力低下。
速度が落ちる。
『そこだ!』
「あっ」
角が飛んだ。
◆
負けた。
また負けた。
それでも。
最初とは違った。
射出する場所を探す時間が短くなった。
アンカーを打ち込める角度が分かってきた。
巻き取り出力を、毎回最大にしなくなった。
引かれる前に姿勢を作れるようになった。
二本のワイヤーを使いながら、相手を見る余裕も少しずつ戻ってきた。
負けるたび。
一つ失敗して。
一つ覚えた。
◆
「鉄三さん」
「今度は何だ」
「巻き取り、最初から全開にしなくていいかもしれない」
「……やっと気づいたか」
「知ってたんですか!?」
「機械なんだから当たり前だ!」
鉄三は《凪》の右腕を開き、リールを確認していた。
無精髭を指で掻きながら、口には火のついていない煙草をくわえている。
「お前、今までゼロか百だったろ」
「速い方が強いかなって」
「馬鹿」
「否定できない」
「必要な時だけ出せ。三十でいい時は三十。六十なら六十。百が必要な時だけ百だ」
「そうすれば熱も抑えられる」
「ワイヤーへの負担も減る」
「なるほど」
鉄三がワイヤーを指で弾いた。
「あと、お前」
「はい」
「最近、巻き取る前に脚使ってるだろ」
アキトが鉄三を見る。
「分かります?」
「誰が整備してると思ってんだ」
鉄三は《凪》の脚を軽く叩いた。
「前より脚部の負荷が増えてる。その代わり、肩の負荷は減った」
「先に自分で動いてから巻いた方が自然なんですよ」
「そりゃそうだ。全部ワイヤーにやらせる必要はねえ」
「……全部ワイヤーにやらせる必要はない」
「そうだ」
鉄三がアキトを見る。
「道具に使われんな」
「…………」
「お前が使え」
アキトは《凪》を見上げた。
右腕に一本。
左腕に一本。
「俺が使う……」
何かが。
少しだけ。
つながった。
◆
そして。
十五戦目。
戦績――五勝九敗。
◆
『試合開始!』
相手が踏み込んでくる。
アキトは動かない。
『どうした!?』
「…………」
見る。
相手。
フィールド。
壁。
床。
距離。
今までなら。
最初からワイヤーを撃っていた。
新しい武器を使いたかったから。
でも。
「違う」
ワイヤーを使うことが目的じゃない。
勝つために。
必要な時だけ使う。
◆
相手が斬り込む。
アキトは脚でかわした。
追撃。
刀で受ける。
ギィン!
『ワイヤー使わないのか!?』
「まだ」
『何?』
「まだ、いらない」
刀を弾く。
相手が一歩下がる。
追わない。
見る。
一度。
二度。
三度。
相手は距離を取る時、わずかに右へ流れる。
「……やっぱり」
アキトが左腕を向けた。
「射出」
バシュッ!
アンカーが壁へ突き刺さる。
『そこ!?』
相手から遠い。
攻撃には使えない。
それでいい。
アキトはワイヤーを回収しなかった。
そのまま。
残す。
『……?』
再び斬り合う。
ギィン!
ギンッ!
アキトが押される。
後退。
相手が追う。
そして。
また右へ流れた。
「やっぱり、そっちだ」
残しておいたワイヤー。
相手がその近くへ入る。
「巻き取り」
ギュン!
《凪》が突然、横へ引かれた。
『なっ!?』
相手が振り向く。
その時には、アキトはもう走っている。
脚で加速。
右腕を向ける。
「射出!」
反対側の壁へ。
アンカー固定。
でも。
まだ巻かない。
相手がアキトを追う。
右へ。
左へ。
また右へ。
「…………」
アキトの視線が。
相手から。
少しずつフィールド全体へ広がっていく。
◆
右ワイヤー。
残っている。
左ワイヤー。
残っている。
二本の線。
ただの移動手段。
だったはずなのに。
『ちっ……邪魔だな!』
相手が一瞬、足を止めた。
「え?」
アキトも気づく。
床を横切るワイヤー。
相手は、それを避けた。
たった半歩。
でも。
進む方向が変わった。
「…………」
今。
俺。
こいつを動かした?
アキトの目が見開かれる。
◆
『行くぞ!』
相手が迫る。
アキトは左へ。
相手が追う。
なら。
右ワイヤーを少しだけ巻く。
《凪》の軌道が変わる。
相手も追って軌道を変える。
その先。
左ワイヤー。
『ちっ!』
相手が避ける。
まただ。
「……そうか」
アキトの口元が上がる。
「俺が動くだけじゃない」
二本のワイヤーを見る。
「相手も動かせるんだ」
◆
そこから。
アキトの戦い方が変わった。
無理に速くしない。
最大出力も使わない。
脚で走る。
必要な時だけワイヤーで引く。
刀で受ける。
そして。
使ったワイヤーを、すぐには回収しない。
戦場に残す。
『くそっ、邪魔だ!』
相手が避ける。
一歩。
アキトが望んだ方向へ。
「そこ」
踏み込む。
『っ!?』
相手が逃げる。
でも。
そっちは。
「もう一本ある」
『なっ――』
相手が止まる。
右。
ワイヤー。
左。
《凪》。
後ろ。
壁。
残ったのは。
前。
相手が飛び出す。
「そこしかないよな」
アキトは。
もう動いていた。
脚で踏み込む。
同時に。
「巻き取り!」
ギュン!
脚力。
ワイヤー。
二つの加速が重なる。
相手が目を見開いた。
『待っ――』
一閃。
ガンッ!
角が宙を舞った。
◆
『決着――!』
一瞬遅れて。
歓声が爆発した。
『勝者――アキト!』
「…………」
アキトは動かなかった。
勝った。
六勝九敗。
でも。
それよりも。
今。
何をした?
相手を見た。
地形を見た。
ワイヤーを残した。
自分が動いた。
相手も動いた。
逃げる場所を減らした。
そして最後に。
相手が来る場所が分かった。
「…………」
これまで。
ワイヤーは、自分を動かすためのものだと思っていた。
違う。
これは。
「戦う場所そのものを……変えられる」
アキトはフィールドを見る。
二本のワイヤーが残っていた。
たった二本。
それなのに、相手の動きを変えた。
「…………」
もっと使える。
もっと、できることがある。
今度は負けたからじゃない。
勝ったから。
次を試したくなった。
アキトは二本のワイヤーを見て、笑った。
「見つけた」
まだ名前すらない。
完成には程遠い。
それでも。
初めて。
アキトは、自分だけの勝ち筋を見つけた。
◆
その頃。
観客席の上段で、一人の男が立ち上がった。
試合が終わり、観客たちが出口へ向かう中。
男だけはフィールドを見ていた。
正確には。
二本のワイヤーを回収している《凪》を。
「へえ……」
男の口元が、楽しそうに吊り上がる。
強い。
そんな感想ではなかった。
速いわけでもない。
技術が飛び抜けているわけでもない。
戦績を見れば、六勝九敗。
負け越している。
それでも。
最後の一撃。
相手は自分から逃げ道を選んだつもりだった。
だが実際には。
選ばされていた。
「なんか――」
男が笑う。
「面白い戦い方する奴、現れたな」
それだけ言って。
男は人混みの中へ消えていった。
アキトはまだ知らない。
自分が見つけたばかりの戦い方を。
見ていた者がいたことを。




