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『負けず嫌いを極めたらいつの間にか世界を救ってた件 ―俺と29人の仲間の物語―』  作者: まろじろう
第一章「自分の戦い方」

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第14話「軍師」

六勝九敗。


 負け越し。


 数字だけ見れば、褒められた戦績じゃない。


 それでも。


 アキトの足取りは軽かった。


「六勝……」


 口元が緩む。


「九敗」


 負け越している。


 なのに。


「六勝かぁ……」


 また笑う。


 十五戦目。


 ようやく掴んだ、ワイヤーでの一勝。


 ただ勝っただけじゃない。


 今までとは違った。


 自分を動かす。


 それだけじゃない。


 戦場にワイヤーを残す。


 相手が避ける。


 進路が変わる。


 逃げられる場所が減る。


 最後には、相手が来る場所まで分かった。


「もっと張ったらどうなるんだ……?」


 二本でも相手を動かせた。


 だったら。


「三本?」


 いや。


「四本とか……」


「何がです?」


「うわっ!?」


 突然、横から声をかけられた。


 アキトが飛び退く。


 一人の男が立っていた。


 アキトより年上。


 落ち着いた雰囲気。


 試合後の熱気が残る通路の中で、その男の周りだけ妙に静かに見えた。


「すみません。驚かせましたか」


「驚きますよ! 誰ですか?」


「ソウメイと申します」


「……はあ」


 知らない。


「アキトさんですね」


「そうですけど」


「少し、お時間よろしいですか?」


「これから《凪》見に行くんで」


「五分だけ」


「鉄三さん待ってるんですよ」


「三分」


「なんなんですか」


「あなたをスカウトしに来ました」


「…………」


 アキトが止まった。


「はい?」


「スカウトです」


「誰を?」


「あなたを」


「俺?」


「はい」


 アキトは自分を指差した。


「六勝九敗ですよ?」


「存じています」


「負け越してますよ?」


「それも」


「…………」


 怪しい。


 アキトが一歩離れる。


「何か売りつけようとしてます?」


「どうしてそうなるんです」


「だって六勝九敗の奴をスカウトって」


「戦績を見て来たわけではありません」


「じゃあ何で?」


 ソウメイは迷わず答えた。


「あなたの戦い方に興味を持ちました」


「…………」


 アキトの表情が変わった。


     ◆


「それで」


 通路脇のベンチ。


 アキトがソウメイを見る。


「どこへのスカウトなんです?」


「《百花》です」


「…………」


 一瞬。


 意味を理解するのが遅れた。


「《群雄割拠》の?」


「はい」


 もちろん知っている。


 四人のファイター。


 一人の軍師。


 チーム同士で戦うプロリーグ。


 《一騎》とは、まるで違う世界。


「俺を?」


「はい」


「なんで?」


「先ほど言いました」


「戦い方?」


「正確には――」


 ソウメイはアキトを見る。


「あなたの見ているものです」


「……?」


 意味が分からない。


「今日の試合。最初、ワイヤーは移動に使っていましたね」


「見てたんですか」


「はい」


「まあ……それしか使い方知らなかったんで」


「ですが途中から、回収しなくなった」


 アキトが黙る。


「戦場に残した」


「……はい」


「なぜです?」


「それは……」


 少し考える。


「邪魔だったから」


「誰にとって?」


「相手に」


「最初から狙っていましたか?」


「いや」


 アキトは首を振った。


「偶然です。相手がワイヤー避けて……それ見て、使えるかもって」


「そこです」


「?」


「普通なら、邪魔になったワイヤーを回収する。あるいは切断する」


「まあ……そうですね」


「あなたは違った」


 ソウメイの視線が、まっすぐアキトへ向く。


「相手が避けた」


「はい」


「進路が変わった」


「はい」


「その一度の変化を見て、戦場全体の使い方を変えた」


「…………」


「自分の武器だけを見るのをやめた。相手を見た。地形を見た。ワイヤーの位置を見た」


 アキトは眉を寄せる。


 そんな大げさなことをしたつもりはない。


 相手がワイヤーを避けた。


 だから、もう一度やった。


 それだけだ。


「最後の場面を覚えていますか?」


「もちろん」


「相手の右にはワイヤー」


「はい」


「左にはあなた」


「はい」


「後ろには壁」


「……はい」


「だから相手は前へ出た」


「そうです」


 ソウメイが一拍置く。


「あなたは、相手の動きを読んだんじゃない」


「え?」


「相手がそう動く状況を作ったんです」


「…………」


 アキトが黙った。


 予測した。


 そう思っていた。


 でも。


 違う。


 右へ行けない。


 左へも行けない。


 後ろにも下がれない。


 だから。


 前へ出た。


「……選ばせた?」


「ええ」


 ソウメイがわずかに笑う。


「それが、私があなたを見に来た理由です」


     ◆


「あなたは面白い」


 ソウメイが言った。


「まだ弱いですが」


「そこ言います?」


「事実です」


「六勝してます」


「九敗しています」


「ぐっ……」


「ですが」


 ソウメイは表情を変えない。


「だからこそ興味深い」


「どういうことです?」


「十五戦で、あなたの戦い方は何度も変わっている」


 最初は予測。


 それだけで勝った。


 勝ち続けた。


 調子に乗った。


 そして。


 ソウジに何もさせてもらえなかった。


 ワイヤーを手に入れた。


 使えなかった。


 負けた。


 また負けた。


 それでも。


 一つ失敗するたび。


 一つ変えた。


「あなたは完成していない」


「…………」


「むしろ、まだ形すら定まっていない」


「それ、褒めてます?」


「非常に」


「全然そう聞こえないんですけど」


 ソウメイが、ほんの少し笑った。


「《百花》に来ませんか」


「…………」


「あなたなら――」


「行きません」


 即答だった。


 今度は。


 ソウメイが黙った。


「……理由を聞いても?」


「俺、《一騎》でやりたいんで」


「なぜ?」


「強くなりたいから」


「《群雄割拠》でも強くなれます」


「そういう意味じゃなくて」


 アキトは少し考える。


 頭に浮かんだのは。


 低く構えた、一機のキジン。


 《神突》。


 初撃を避けた。


 二撃目。


 三撃目。


 逃げるたびに速くなった。


 最後には。


 逃げる場所すらなくなった。


「俺より、めちゃくちゃ強い奴がいるんです」


「ソウジですか」


「知ってるんだ」


「もちろん」


「俺、あの人に何もできなかった」


 今でも悔しい。


 思い出すだけで。


 腹が立つ。


「なのに、まだ六勝しかしてない」


「…………」


「ここでチーム戦に行ったら」


 アキトは笑った。


「逃げたみたいで嫌じゃないですか」


「誰からです?」


「俺から」


 ソウメイは黙った。


「だから行きません」


「なるほど」


「すみません」


「謝る必要はありません」


 ソウメイが立ち上がる。


 あまりにもあっさりしていた。


「じゃあ」


 アキトも立つ。


「俺、行きますね」


「はい」


「鉄三さん待たせると、めちゃくちゃうるさいんで」


「アキトさん」


「?」


 呼び止められる。


 ソウメイはアキトを見ていた。


「一つだけ」


「はい」


「あなたは、自分の強さをまだ勘違いしています」


「…………は?」


「いずれ分かります」


「いや、何それ。気になるんですけど」


「では」


「待って待って」


 ソウメイが歩き出す。


「言ってくださいよ!」


「いずれ」


「今教えてよ!」


 そのまま人混みへ消えていった。


「…………」


 アキトは一人、通路に残された。


「なんなんだ、あの人」


 自分の強さを勘違いしている。


 意味が分からない。


 少し考える。


「…………」


 まあいいか。


「あ」


 それより。


「鉄三さんに四本いけるか聞こう」


 アキトは整備区画へ走り出した。


     ◆


 通路の向こう。


 ソウメイは一度だけ振り返った。


 走っていくアキトの背中を見る。


 断られた。


 それでも。


 不思議と残念ではなかった。


「自分の強さを証明したい、か」


 それなら。


 見てみたい。


 あの二本のワイヤーが。


 あの男の視野が。


 どこまで広がっていくのか。


 そして。


 自分自身で気づいた時。


 何を選ぶのか。


「……また来ます」


 もちろん。


 アキトには聞こえていなかった。

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