第7話「好きにやれ」
『ヒャッハァァァ!』
試合開始と同時に、テツが飛び出した。
「来た」
軽量型が地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
右手に斧。
左手にも斧。
右肩が沈んだ。
右か。
――いや。
アキトは動かなかった。
『おお?』
テツの右足が地面を蹴る。
右――ではない。
左へ跳んだ。
そのまま身体を回転させる。
左の斧。
投げる?
アキトはまだ動かない。
『どうした新人!』
テツが斧を振りかぶる。
距離。
六メートル。
五。
四。
――ここ。
アキトが半歩だけ下がる。
その動きを《凪》が正確になぞった。
ブンッ!
斧が《凪》の目の前を通過する。
『おっ!?』
空振り。
テツの身体が流れた。
「今」
アキトが床を蹴る。
《凪》が踏み込む。
刀。
横薙ぎ。
『うおっ!』
テツが仰け反った。
切っ先が胸部装甲を掠める。
浅い。
だが。
当たった。
「…………」
アキトは自分でも少し驚いた。
前の試合では、一度もまともに捉えられなかった。
『ヒャッハハハ!』
テツが笑う。
『やるじゃねえか!』
「まだだ」
アキトは刀を構え直す。
《凪》も同じ構えを取った。
◆
テツが走る。
右。
左。
急停止。
また右。
アキトは追わない。
見る。
テツの未来じゃない。
今。
距離。
位置。
向き。
そして。
自分がどこにいるか。
『オラァ!』
斧が飛んだ。
以前なら、投げると読んだ瞬間に避けていた。
でも今は違う。
飛んでくる斧を見る。
軌道。
速度。
半歩。
それだけ。
斧が《凪》の横を抜ける。
「……避けられる」
次。
テツが斧を追うように飛び込んでくる。
蹴り。
アキトが刀を立てる。
《凪》も刀の腹で受けた。
ガンッ!
衝撃。
アキト自身の腕にも負荷が伝わる。
足を引き、踏ん張る。
《凪》が後方へ滑った。
だが。
倒れない。
『あ?』
インカメラの中で、テツが首を傾げた。
『お前、なんか変わったな』
「そう?」
『前はもっと――』
テツが右へ跳ぶ。
『俺様のこと見てたぞ!』
「見てるよ」
テツが左へ切り返す。
「でも」
アキトは動かない。
「お前だけじゃない」
『あぁ?』
テツが踏み込んだ。
アキトは横へ。
今度は大きく避ける。
そこには十分な空間がある。
「俺も」
壁までの距離。
「距離も」
テツとの位置。
「周りも」
全部。
「見てる」
テツの斧が空を切った。
アキトが刀を振る。
ガンッ!
テツの腕を打った。
『うおっ!?』
手斧が宙を舞い、地面を転がる。
一本。
『ヒャッハァ!』
テツは気にしない。
残った斧を逆手に持ち替えた。
「やっぱそうなるよな」
『何がだ!』
「別に」
分からない。
次に何をするのか。
でも。
もう怖くない。
◆
『だったらよォ!』
テツが叫ぶ。
残った斧を――。
投げ捨てた。
ガランッ。
「…………」
『これならどうだァ!』
素手。
アキトは思わず笑った。
「ほんとに捨てるんだ」
『予想外だろォ!?』
「うん」
『ヒャッハァ!』
「でも」
テツが走る。
「どうでもいい」
『あぁ!?』
右。
左。
フェイント。
踏み込み。
拳。
アキトはまだ動かない。
拳が迫る。
――ここ。
首を振る。
《凪》の頭部すれすれを拳が通過する。
テツの左脚が動いた。
蹴り。
一歩下がる。
空振り。
そのままテツが回転。
裏拳。
しゃがむ。
『オラオラオラァ!』
拳。
蹴り。
肘。
体当たり。
何でも来る。
だから。
何も決めつけない。
来たものを見る。
必要なだけ動く。
一歩。
半歩。
身体を捻る。
刀で受ける。
下がる。
アキトの身体の動きを、《凪》がそのまま戦場で再現する。
テツの攻撃が――。
一発も当たらない。
『なんでだァ!?』
「知らないよ」
『読んでんのか!?』
「読んでない」
『じゃあなんで避けられんだよ!』
アキトは答えなかった。
代わりに。
一歩。
前へ出る。
《凪》も前へ。
『!』
初めて。
テツが下がった。
「…………」
見えた。
今。
テツとの距離。
三メートル。
右には落とした斧。
左には壁。
後ろはフィールド端。
そして自分は正面。
刀の間合い。
「そこ」
『あ?』
アキトが右へ動く。
テツが反応する。
左へ。
でも。
そっちは壁。
『チッ!』
テツが前へ出る。
そこには。
《凪》。
「そうなるよな」
『――!』
アキトが刀を振る。
テツが後ろへ跳ぶ。
だが。
後ろにはもう余裕がない。
「…………」
アキトは気づいた。
俺。
今。
テツの動きを読んだのか?
違う。
テツが動ける場所を――。
減らした。
「これ……」
ほんの一瞬。
何かが見えた気がした。
『よそ見してんじゃねえ!』
「うおっ!」
テツが突っ込んでくる。
危ない。
それでもアキトは笑った。
「やっぱお前、めちゃくちゃだな!」
『褒めんな!』
「褒めてない!」
『だったら倒してみろォ!』
「言われなくても!」
二機が激突する。
◆
拳。
かわす。
刀。
テツが避ける。
蹴り。
受ける。
アキトはもう、先に動かない。
テツが動く。
それを見る。
必要な分だけ動く。
だから。
姿勢が崩れない。
余計な距離を取らない。
次の一手が残る。
『クソッ!』
テツの動きが大きくなった。
焦っている。
――いや。
これも決めつけるな。
今を見る。
テツ。
前傾。
距離二メートル。
右腕が伸びている。
左脚に荷重。
壁まで一メートル。
自分。
正面。
刀。
届く。
「――今!」
アキトが床を蹴った。
《凪》が踏み込む。
テツも動く。
右?
左?
知らない。
逃げた方を見る。
テツは右へ。
アキトは――。
そこから追う。
『なっ――』
インカメラ。
初めて、テツの顔から笑みが消えた。
アキトが刀を振る。
《凪》の刃が走る。
テツが身体を捻る。
さらに逃げる。
でも。
アキトは追う。
今。
今。
今。
未来なんて。
いらない。
「そこだ!」
一閃。
キィィィン――!
何かが宙を舞った。
地面に落ちる。
転がる。
そして。
止まった。
《角》。
『…………』
インカメラの中。
テツが自分の頭へ手をやった。
『マジかよ』
アキトも動きを止めた。
「…………」
勝った?
『勝負あり!』
会場に判定が響く。
『勝者――アキト!』
「…………」
数秒。
実感が追いつかなかった。
プロになって。
初戦で負けて。
何が悪かったのかも分からなくて。
何度も。
何度も。
映像を見返して。
ようやく見つけた。
自分なりの答え。
それが。
通用した。
「勝った……」
拳を握る。
「勝った!」
『ヒャッハハハハ!』
「!?」
テツの笑い声。
『やられたァ!』
「なんで負けた方がそんな楽しそうなんだよ!」
『面白かったからに決まってんだろ!』
「…………」
やっぱり。
こいつは分からない。
『新人!』
「何?」
インカメラの中で、テツがニヤッと笑う。
『次は俺が勝つからな!』
「…………」
アキトも笑った。
「嫌だよ」
『あぁ!?』
「次も俺が勝つ」
『ヒャッハァ! 言うじゃねえか!』
通信が切れた。
アキトは大きく息を吐いた。
張り詰めていた全身から、一気に力が抜ける。
膝に手をつく。
「はぁ……はぁ……」
汗が顎を伝い、床へ落ちた。
勝った。
プロ初勝利。
でも。
それ以上に嬉しいことがあった。
通用した。
自分で考えた答えが。
自分の身体で試した戦い方が。
プロの世界でも。
アキトはゆっくり身体を起こした。
正面のモニターには、《角》を失ったテツの《キジン》が映っている。
「……いける」
小さく呟いた。
プロ二戦目。
一勝一敗。
ようやく掴んだ、最初の一勝。
そしてアキトはまだ知らない。
この一勝が、自分をどこまで連れていくのかを。




