第6話「俺の武器」
「もう一回、見せて」
アンの声に、アキトは無言で端末を操作した。
壁一面のモニターに、昨日の試合映像が映し出される。
軽量型が跳ねる。
右。
左。
前。
急停止。
二本の手斧。
蹴り。
『ヒャッハァァ! どうした新人!』
「……うるさい」
「映像に怒らないの」
アンが笑う。
アキトは答えず、映像を戻した。
「ここ」
停止。
テツの右足に重心が乗っている。
「普通なら右に来る」
「うん」
再生。
テツは左へ。
「…………」
戻す。
「次」
肩が動く。
「斧」
再生。
蹴り。
「次」
右腕が上がる。
「投げる」
再生。
その場に斧を落とした。
「誰が武器その場に落とすんだよ」
「テツさん?」
「そういう意味じゃない」
アンが笑う。
アキトはモニターを睨んだ。
二年間。
ずっと相手を見てきた。
肩。
腰。
足。
視線。
重心。
動く前に出る小さな変化。
それを拾えば、相手より先に動けた。
だから勝てた。
でも。
テツだけは。
全部、外れる。
「分かんない」
「じゃあさ」
「ん?」
アンは画面を見たまま言った。
「予測しなきゃいいんじゃない?」
「…………は?」
「だって当たらないんでしょ?」
「簡単に言うなよ」
アキトは思わず身を乗り出した。
「予測しなかったら、相手が動いてから対応することになる。そんなの遅――」
言葉が止まった。
「……待て」
アキトは映像を巻き戻した。
再生。
テツが動く。
その前に。
アキトの《凪》が動いていた。
「俺……」
停止。
「先に動いてる」
「そうだね」
「予測したから」
右に来る。
だから左へ。
斧が来る。
だから下がる。
相手より早く動く。
それが正しいと思っていた。
でも。
予測が外れれば。
自分から違う場所へ動いている。
「俺、自分で不利な位置に行ってる?」
アンが首を傾げる。
「そうなの?」
「……たぶん」
アキトは映像を最初から再生した。
今度は。
テツの肩を見ない。
腰も見ない。
画面全体を見る。
二機の位置。
距離。
壁。
障害物。
「ここなら……」
画面を指す。
「右に来ても対応できる」
少しずらす。
「左でも間に合う」
別の場所。
「前なら下がれる。後ろなら追える」
「じゃあ、そこにいればいいじゃん」
「…………」
アキトはアンを見る。
「今なんて?」
「そこにいればいいじゃん」
「…………」
もう一度モニターを見る。
テツが何をするか。
分からない。
なら。
「何をされても困らない場所にいればいい」
口にした瞬間。
何かがつながった。
「そうか……」
未来を当てる必要なんてない。
右か。
左か。
斧か。
蹴りか。
テツが何を選ぶかなんて。
分からない。
だったら。
「今を見ればいい」
「今?」
「距離」
画面を指す。
「位置」
次。
「向き」
次。
「周りに何があるか」
アンも画面を見る。
「相手が何するかじゃなくて?」
「うん」
「今、何ができるか?」
「……それだ」
アキトは立ち上がった。
もう一度。
試合映像。
テツではなく。
戦場を見る。
「ここ」
アキトが先に左へ寄っている。
その結果。
自分の逃げ道が減っている。
「俺が自分で選択肢を減らしてる」
次。
壁際。
また先に動いている。
「これも」
次。
「これもだ」
予測して。
先に動いて。
そのたびに。
自分の行動を一つに絞っていた。
一方。
テツは。
それを見てから好きに選べる。
「逆だったんだ……」
アキトは呟いた。
「相手の未来を読むんじゃない」
今。
相手がどこにいる。
自分がどこにいる。
どれだけ距離がある。
そこから。
何ができる。
「それを見ればいい」
アンが少し笑った。
「それ、アキトの新しい武器?」
「いや」
アキトは考える。
予測を捨てるつもりはない。
二年間で磨いた。
実際、それで勝ってきた。
でも。
それしか使っていなかった。
「増えたんだ」
「何が?」
「選べるものが」
予測する。
今を見る。
状況で使い分ける。
それでいい。
◆
アキトは端末を開いた。
《一騎》。
選手検索。
テツ。
「もう?」
アンが覗き込む。
「うん」
「昨日負けたばっかだよ?」
「だから」
対戦申請。
アキトは迷わず押した。
送信。
「勝てる?」
アンが聞く。
「分からない」
「え?」
「テツが何してくるかは、やっぱり分からない」
アキトは笑った。
「でも、それでいい」
ピコン。
通知。
【対戦申請――承諾】
「早っ」
「テツだし」
直後。
通信。
『ヒャッハァァァ! おかわりか新人ンン!』
「うるさい」
『いいぜぇ! また俺様が予想外ってやつを教えてやるよォ!』
アキトはモニターを見る。
「いや」
『あ?』
「もう、お前が何するか当てない」
一瞬。
テツが黙った。
「好きにやれよ」
アキトは少し笑う。
「その全部に対応する」
数秒。
そして。
『ヒャッハハハハ!』
大笑い。
『最高じゃねえか!』
通信が切れた。
アンがアキトを見る。
「なんか、前より楽しそう」
「そう?」
「うん」
アキトはもう一度、試合映像を見た。
未来を読む。
それが自分の武器だと思っていた。
違う。
予測も使う。
今も見る。
相手も。
自分も。
距離も。
位置も。
周りも。
その時、その場所で使えるものを全部使う。
そして。
自分で答えを作る。
「次は負けない」
再戦まで。
三日。




