第5話「分からない」
『勝負あり』
切断された《角》が、地面を転がっていた。
アキトのものだ。
「…………」
何が起きた?
ほんの少し前まで、勝てると思っていた。
二年間の養成課程を好成績で卒業した。
相手を見る。
動きを読む。
一手先へ動く。
それで勝ってきた。
なのに。
『ヒャッハァァァ! 新人! デビュー戦の味はどうだァ!?』
インカメラいっぱいに、テツのモヒカンが映る。
「…………最悪だよ」
『最高じゃねえか!』
テツは心底楽しそうだった。
「お前……」
『あ?』
「なんでそんな動きできんの?」
『なんでって?』
「右に来ると思ったら左。斧だと思ったら蹴り。挙げ句に武器まで捨てるし」
『ヒャッハハハ!』
「笑うな」
『だってよォ!』
テツは両腕を広げた。
『面白そうだったからやっただけだ!』
「…………は?」
『考えすぎなんだよ、新人!』
通信が切れた。
「…………」
アキトは地面に落ちた自分の《角》を見る。
「面白そうだったからって……」
それで。
俺は負けたのか?
◆
控室。
アキトは一人で試合映像を見ていた。
再生。
テツが踏み込む。
「右」
アキトが動く。
テツは左へ。
停止。
「…………」
巻き戻す。
再生。
「ここだろ」
右足。
肩。
腰。
全部、右へ動くように見える。
なのに。
左。
「なんで?」
戻す。
もう一度。
「右」
左。
「…………」
再生。
「右」
左。
「いや、なんでだよ」
次。
テツが斧を構える。
「斬る」
蹴り。
戻す。
「斬る」
また蹴り。
「…………」
今度は右手を上げる。
「投げる」
その場に落とした。
「誰が武器その場に落とすんだよ!」
画面のテツは当然、答えない。
「…………」
アキトは椅子にもたれた。
分からない。
これまでの相手なら、一度戦えば何かが見えた。
癖。
得意な方向。
嫌がる距離。
攻撃前の僅かな予備動作。
それを拾えば、次はもっと上手く戦えた。
でも。
「こいつ……」
何も分からない。
◆
一時間後。
再生。
停止。
巻き戻す。
◆
二時間後。
「……違う」
再生。
停止。
◆
三時間後。
「なんなんだよ……」
アキトは机に突っ伏した。
目が痛い。
頭も痛い。
でも、止められない。
負けた。
それだけなら、まだいい。
ここはプロの世界だ。
自分より強い奴がいたって、おかしくない。
でも。
「なんで負けたか分からないって……」
気持ち悪い。
どうしようもなく。
気持ち悪い。
アキトは顔を上げる。
「もう一回」
再生。
◆
「まだいたのか?」
背後から声がした。
施設スタッフだった。
「何時だと思ってる?」
「何時です?」
「知らないで残ってたのかよ」
「今何時?」
「もう夜だ」
「マジか」
「マジだ。帰れ」
「あと一回だけ」
「駄目」
「本当に一回」
「三時間前から言ってる」
「……聞いてたんですか?」
「ずっといるからな」
スタッフが呆れた顔をする。
「そんなに悔しいのか?」
「…………」
アキトは少し考えた。
「悔しいです」
もちろん。
死ぬほど。
「でも、それより」
モニターを見る。
「分からないのが嫌です」
「分からない?」
「なんで負けたのか」
「相手が強かった」
「それじゃ分かんない」
「新人なんだから、そんなもんだろ」
「嫌です」
即答した。
「理由があるはずなんです」
「…………」
「俺が何か間違えた」
だから負けた。
なら。
そこを見つければいい。
「見つけるまでやります」
「今日は帰れ」
「…………」
「明日やれ」
「…………」
「その顔しても駄目だ」
「まだ何も言ってない」
「言う顔してる」
「ケチ」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言いました」
◆
帰り道。
アキトは歩きながら端末を見ていた。
また試合映像。
「右……」
左。
「…………」
危うく通行人へぶつかりそうになり、慌てて端末を下ろす。
「すみません」
少し歩いてから、足を止めた。
「駄目だな」
一人で見ても、同じところしか見えない。
肩。
腰。
重心。
視線。
全部。
二年間で身につけた見方だ。
「…………」
なら。
違う見方をする人間に見せたら?
アキトは連絡先を開いた。
迷わず一人を選ぶ。
アン。
通話。
数秒後。
『もしもし?』
「アン」
『珍しいね。アキトから電話してくるなんて』
「明日、暇?」
『急だなあ』
「ちょっと付き合ってほしい」
『何?』
「試合映像見てほしい」
『…………』
「何その間」
『デートのお誘いかと思った私が馬鹿だった』
「なんでそうなるんだよ」
『普通、幼馴染に「明日暇?」って聞かれたら少しくらい期待するでしょ』
「しないだろ」
『するよ!』
「それよりさ」
『それより!?』
アキトは少し笑った。
「俺、今日負けた」
電話の向こうが静かになった。
『……プロ初戦?』
「うん」
『大丈夫?』
「全然」
『そんなに?』
「なんで負けたのか、分かんない」
アキトは夜空を見る。
「何回見ても分かんないんだよ」
『…………』
「だから、アンにも見てほしい」
『私、《戦》の選手じゃないよ?』
「知ってる」
『じゃあ役に立たないかも』
「それでいい」
『え?』
「俺と違う見方してくれれば」
少しだけ間があった。
『……分かった』
「ありがと」
『何時?』
「朝」
『何時?』
「七時」
『早い!』
「六時でもいいけど」
『なんで早くするの!?』
「じゃあ七時」
『九時!』
「八時」
『八時半!』
「分かった」
『よし』
通話を切る。
「…………」
アキトはもう一度、試合映像を開いた。
画面の中で、テツが笑っている。
「明日こそ」
何が違うのか。
見つける。
◆
翌朝。
アンはモニターの前へ座った。
「で」
「うん」
「これが噂のモヒカン?」
「そう」
『ヒャッハァァァ!』
「うるさっ!」
「だろ?」
「音量下げようよ」
「昨日三時間聞いた」
「よく耐えたね」
「途中から音消した」
「でしょうね」
アンが画面へ向き直る。
アキトも隣へ座った。
「じゃあ」
端末を操作する。
「最初から」
試合映像が始まった。
しばらく。
二人とも黙って見る。
そして。
アンが言った。
「…………ねえ」
「何?」
アンは画面から目を離さないまま。
「もう一回、見せて」




