第4話「見えるなら、負けない」
「右上」
来る。
アキトは半歩だけ下がった。
ブンッ!
模擬刀が鼻先を通過する。
『クソッ!』
「次、左」
『はあ!?』
相手が刀を返す。
その前に、アキトは動いていた。
左へ。
刀が空を斬る。
「それから――突き」
『なんで分かるんだよ!』
切っ先を身体をひねってかわす。
三回。
全部、見えた。
「次は……」
相手の右足が、わずかに後ろへ。
重心が沈む。
「踏み込んで、袈裟」
『だったら!』
相手が強引に踏み込んだ。
速い。
でも。
「そこ」
『え?』
アキトは避けなかった。
一歩。
前へ。
相手の懐に入る。
振り下ろされる刀より早く。
アキトの模擬刀が走った。
カンッ。
『勝負あり』
相手の《角》が、宙を舞った。
◆
『……気持ち悪い』
「勝った相手に最初に言うこと、それ?」
視界の端。
インカメラには、同期のカイが映っていた。
『だって気持ち悪いだろ! 俺が何するか全部知ってんじゃん!』
「知ってるわけないだろ」
『じゃあなんで全部避けられるんだよ!』
「見てるから」
『俺も見てるわ!』
「見てる場所が違うんじゃない?」
『腹立つな、お前!』
「褒め言葉として受け取っとく」
『褒めてねえ!』
通信が切れた。
「あ、逃げた」
『アキト』
今度は教官だ。
「はい」
『訓練終了。降りろ』
「もう一戦やりたいんですけど」
『駄目だ』
「じゃあ最後に一回だけ」
『次の訓練生が待っている』
「一回」
『降りろ』
「ケチ」
『聞こえてるぞ』
「聞こえるように言いました」
『早く降りろ』
「はいはい」
アキトは名残惜しそうに模擬刀を下ろした。
◆
「で、どうやってんだ?」
訓練後。
カイが聞いてきた。
「何が?」
「さっきの予知みたいなやつ」
「予知なんかできるわけないだろ」
「じゃあなんで俺の攻撃、全部分かったんだよ」
「だから、見てるだけ」
「どこを?」
「肩とか」
「肩?」
「腰。足。視線。重心」
「…………」
「刀を振るなら、その前に身体が動くだろ?」
「まあ……」
「踏み込むなら重心が変わる。斬るなら肩や腰が動く」
「…………」
「人間って、いきなり動けないんだよ」
カイが自分の肩を動かす。
右。
左。
「こんなの見てんの?」
「見てる」
「戦いながら?」
「うん」
「全部?」
「できるだけ」
「…………」
カイがアキトを見る。
「やっぱ気持ち悪い」
「なんでだよ」
「だが、間違ってはいない」
後ろから声がした。
教官だ。
「ほら」
アキトが笑う。
「教官もそう言ってる」
「調子に乗るな」
「どっちですか」
教官が端末を操作した。
先ほどの模擬戦が映し出される。
「ここだ」
カイが踏み込む。
その瞬間には、アキトはもう動き始めていた。
「相手が攻撃してから避けているわけじゃない」
「はい」
「攻撃が始まる前に、次の行動を予測している」
映像が進む。
カイが袈裟斬りを放つ。
アキトは懐へ入り、角を斬る。
「攻撃が外れた後、どこに隙ができるかも読んでいるな」
「まあ」
「『まあ』じゃねえよ!」
カイが横から割り込んだ。
「なんでそんなことできんだよ!」
「分かんない」
「は?」
「見てたら分かる」
「だからそれが分かんねえんだよ!」
教官が小さく息を吐いた。
「アキト」
「はい」
「それは、お前の武器だ」
「武器?」
「相手を見る力だ」
アキトは画面を見る。
そこには、自分より先に動いたはずのカイと。
その先を行く自分が映っていた。
◆
半年。
『勝負あり!』
カンッ。
◆
一年。
「そこ!」
『うわっ!』
カンッ。
◆
一年半。
『今度こそ――!』
「遅い」
カンッ。
◆
相手が変わる。
武器が変わる。
戦い方が変わる。
それでも。
見る。
考える。
予測する。
避ける。
そして。
相手が崩れる場所へ、一撃。
それが。
アキトの戦い方になっていった。
◆
二年後。
「出たぞ!」
カイが端末を持って走ってきた。
「何が?」
「卒業成績!」
「ああ」
「反応薄っ!」
「どうせ後で見られるだろ」
「気にならねえの?」
「それなりには」
「嘘つけ」
カイが端末を押しつけてくる。
「近いって」
「いいから見ろ!」
アキトは画面を見る。
「…………」
二年間の訓練記録。
模擬戦。
身体操作。
戦術判断。
状況認識。
いくつもの評価が並んでいる。
そして。
総合成績――上位。
「おお」
「『おお』じゃねえよ!」
「いや、嬉しいよ」
「もっと喜べ!」
「予想より良かった」
「絶対嘘だろ!」
アキトはもう一度、画面を見る。
二年間。
いろんな相手と戦った。
速い奴。
力の強い奴。
変な癖のある奴。
最初は分からなくても。
見て。
考えて。
何度か戦えば。
だんだん分かるようになった。
「やっぱり」
「ん?」
「ちゃんと見れば、分かるんだよ」
カイが首を傾げる。
「何が?」
「相手が何するか」
アキトは端末を閉じた。
「分かれば、負けない」
「言うねえ、優等生」
「事実だろ?」
「ムカつく」
「なんでだよ」
二人は笑った。
この二年間。
アキトは自分の戦い方を疑ったことがなかった。
疑う理由もなかった。
実際。
それで結果を出してきたのだから。
◆
そして。
プロデビュー戦。
アキトは対戦相手の《キジン》を見ていた。
細い。
通常型より明らかに軽量。
両手には、小型の手斧が一本ずつ。
「二刀流か……」
まず見る。
武器。
構え。
重心。
癖。
いつも通り。
相手を理解すればいい。
理解できれば。
負けない。
インカメラが接続された。
対戦相手の顔が映る。
「…………」
モヒカンだった。
『ヒャッハァァァ! 新人! 楽しもうぜぇぇぇ!』
「…………なんだこいつ」
アキトはまだ知らない。
この男が。
二年間で初めて出会う。
まるで読めない相手だということを。




