第3話「ロボットじゃない。これは俺だ」
「操縦桿は?」
「ない」
「ペダルは?」
「ない」
「……じゃあ、どうやって動かすんです?」
教官は当然のように答えた。
「動け」
「はい?」
◆
アキトは初めて《キジン》の中にいた。
「いやいやいや」
周囲を見回す。
「動けって言われても……」
『右手を上げろ』
通信機から教官の声が飛んできた。
「右手?」
『早くしろ』
「はいはい」
アキトは右腕を上げた。
ゴォン。
「…………え?」
視界の中で。
巨大な右腕が持ち上がっていた。
「…………」
自分の右腕を見る。
上げる。
巨大な腕も上がる。
下げる。
下がる。
「……マジか」
『左手』
上げる。
《キジン》も上げる。
『両手』
両腕を上げる。
《キジン》も上げる。
「おお……」
握る。
巨大な手が握られる。
開く。
巨大な手も開く。
「おおお……!」
『遊ぶな』
「いや、遊ぶでしょ! こんなの!」
『訓練だ』
「分かってますって」
言いながら。
もう一度、握る。
『アキト』
「はい」
バレた。
◆
『身体の動きと脳波を、そのまま機体へ伝える。それがダイレクトモーションキャプチャーだ』
「俺が動けば、こいつも動く?」
『基本的にはな』
「じゃあ、昨日言ってた……」
格納庫で教官に言われた言葉を思い出す。
――お前が動くんだ。
「そういう意味か」
『歩け』
「急だな!」
『右手を動かせた。次は歩行だ』
「腕と脚じゃ難易度違いません?」
『歩け』
「この人、絶対教えるの下手だろ」
『聞こえてるぞ』
「聞こえるように言いました」
『歩け』
「はいはい」
アキトは前を見る。
頭部のメインカメラが捉えた景色が、そのまま視界に広がっている。
高い。
とんでもなく高い。
自分の目線が、二十メートル近く上にある。
「…………」
急に怖くなった。
『どうした』
「転んだら?」
『転ぶ』
「そうじゃなくて」
『壊れない』
「俺は?」
『死なない』
「絶対?」
『おそらく』
「おそらく!?」
『歩け』
「…………」
この教官、嫌いかもしれない。
アキトは息を吐いた。
「よし」
右足を前へ。
ゴォン。
《キジン》の右脚が持ち上がった。
「お……」
前へ。
ゆっくり。
地面へ。
ズンッ。
格納庫が揺れた。
「おお!」
『止まるな』
「分かってます!」
左足。
ズンッ。
右。
左。
「いける」
右。
左。
「いけるぞ、これ!」
『調子に乗るな』
「いや、普通にいけ――」
次の一歩。
身体が前へ流れた。
「――え?」
視界が傾く。
「ちょっ」
さらに傾く。
「待って待って待って!」
『重心を戻せ!』
「どうやって!?」
『普段歩く時と同じだ!』
「普段二十メートルないから!」
倒れる。
「うわあああああ!」
ズドォォォォン!
「…………」
砂埃。
警告表示。
メインカメラいっぱいに地面が映っていた。
『どうした』
「……心が痛いです」
『立て』
「慰めとかないんですか」
『立て』
「はい」
◆
一時間後。
ズドォォォン!
「クソッ!」
◆
二時間後。
ズンッ!
「またかよ!」
◆
三時間後。
右足。
ズン。
左足。
ズン。
右。
左。
止まる。
「…………」
《キジン》は立っている。
転んでいない。
『どうした』
「黙ってて」
『なぜだ』
「今、なんか掴みかけてる」
アキトは右手を上げた。
《キジン》が上げる。
左へ一歩。
《キジン》も動く。
腰を落とす。
巨体が沈む。
「…………」
何かが違う。
最初はずっと、《キジン》を動かそうとしていた。
右腕を上げる。
右脚を出す。
重心を戻す。
一つ一つ考えていた。
だから遅れる。
でも。
「違う」
『何がだ』
「俺、間違ってた」
アキトは右手を握る。
巨大な拳も握られる。
でも今は。
それが少しだけ、自分の拳に見えた。
「これ、ロボットを操縦してるんじゃない」
右足を出す。
ズン。
左。
ズン。
歩く。
もう、一歩ずつ考えない。
いつものように歩く。
《キジン》が歩く。
「俺が――」
二十メートルの高さから、世界を見る。
「デカくなってるんだ」
通信の向こうで。
教官が初めて少しだけ笑った。
『ようやくスタート地点だ』
「三時間かかりましたけどね」
『遅い』
「今ちょっと褒めそうだったじゃん!」
『していない』
「絶対した!」
『次は走る』
「今日!?」
『今日だ』
「マジかよ……」
そう言いながら。
アキトは笑っていた。
◆
走った。
転んだ。
立った。
また走った。
また転んだ。
また立った。
「もう一回!」
『今日はここまでだ』
「まだいける!」
『明日動けなくなるぞ』
「じゃあ最後に一回だけ!」
『さっきも聞いた』
「今度が本当の最後!」
『却下だ』
「ケチ!」
通信が切れた。
「あっ! 逃げた!」
静かになったコックピット。
「…………」
アキトは自分の手を見る。
握る。
巨大な拳が握られる。
「……面白い」
思わず口元が緩んだ。
二年間。
長いと思っていた。
でも今は。
「これ、二年で足りるか?」
この日から。
アキトの二年間が始まった。
走る。
斬る。
避ける。
読む。
そして。
自分が何に向いていて。
何に、致命的なほど向いていないのか。
この時のアキトは、まだ知らなかった。




