2話「映画監督、チェスプレイヤー、それと《戦》」
『映画監督』
『チェスプレイヤー』
『《戦》パイロット』
「…………は?」
十八歳のアキトは、目の前に並んだ三つの文字を見つめた。
もう一度見る。
映画監督。
チェスプレイヤー。
《戦》パイロット。
「なんで最後だけ急に物騒なんだよ」
『物騒ではありません』
「うわっ」
返事が来た。
目の前に浮かぶ女性。
白を基調とした服。
整った顔に、穏やかな表情。
世界管理AIだ。
『《戦》は正式に認可された競技です』
「知ってるよ」
知らないわけがない。
二十メートル級人型機動体を操り、相手の《角》を奪う。
世界中を熱狂させている人気競技。
アキトだって何度も試合を見たことがある。
「でも、見るのとやるのは違うだろ」
『その通りです』
「…………」
『ですので、候補として提示しています』
「そういうことじゃない」
アキトは頭を掻いた。
「そもそも、この三つに共通点ある?」
『あります』
「あるの?」
『映画監督』
マリアが一つ目を示す。
『多数の要素をまとめ、一つの結果へ導く能力』
次。
『チェスプレイヤー』
『盤面を把握し、最適な選択を積み重ねる能力』
そして。
『《戦》パイロット』
『状況を判断し、自らの行動によって結果へ介入する能力』
「…………」
アキトは三つを見比べた。
「同じか?」
『根幹となる適性には共通点があります』
「全然違って見えるけど」
『詳細な説明を希望しますか?』
「どれくらい?」
『推定二時間四十七分です』
「結構です」
『承知しました』
「即答すんなよ」
こういうところが、なんとなく腹立つ。
◆
十八歳になると、《マリア》は本人の能力や傾向から、いくつかの適性候補を提示する。
強制ではない。
選ぶのは本人だ。
生きるために仕事を選ぶ必要がなくなったこの時代。
人生を何に使うか。
それだけは、人間自身が決める。
「映画監督か……」
アキトは一つ目を見る。
映画は好きだ。
でも。
「俺、映画撮りたいと思ったことないんだけど」
『適性と希望は必ずしも一致しません』
「じゃあ、チェス」
これは分かる。
昔から盤面を読むゲームは得意だった。
相手が何を狙っているか。
次に何をしてくるか。
考えるのは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
「これが一番無難かな」
『選択しますか?』
「いや」
アキトの視線が、その下へ移った。
《戦》パイロット。
「…………」
巨大な《キジン》同士がフィールドを駆ける姿が、頭に浮かんだ。
刀。
槍。
拳。
武器も違う。
戦い方も違う。
それでも狙うのは、ただ一つ。
頭部の《角》。
先に奪った者が勝つ。
『《戦》パイロットを選択しますか?』
「……ちょっと待って」
『はい』
「選んだら、どうなる?」
『専門育成課程へ進みます』
「期間は?」
『二年間です』
「二年か……」
『適性は成功を保証するものではありません』
「分かってる」
『敗北する可能性も――』
「マリア」
『はい』
「やる前から負けた時の話すんな」
数秒。
『承知しました』
アキトは三つの候補を見つめた。
映画監督。
チェスプレイヤー。
《戦》パイロット。
別に《戦》に人生を懸けてきたわけじゃない。
幼い頃からの夢でもない。
世界一になりたいわけでもない。
ただ。
「……これにする」
『《戦》パイロットですか?』
「うん」
『選択理由を確認します』
「理由?」
『今後の適性分析に使用します』
「…………」
アキトは少し考えた。
そして。
「一番、面白そうだから」
『…………』
「何その間」
『記録しました』
「絶対なんか思っただろ」
『私はAIです』
「便利だな、それ」
アキトは笑った。
「《戦》で」
『最終確認です』
映画監督が消える。
チェスプレイヤーも消える。
残ったのは、一つ。
《戦》パイロット。
『選択を受理しました』
たった、それだけだった。
世界を救う決意なんてなかった。
大切な誰かを守るためでもない。
人類の未来なんて、もちろん考えていない。
ただ。
面白そうだったから。
十八歳のアキトは、《戦》を選んだ。
◆
一週間後。
「…………デカ」
アキトは、首が痛くなるほど上を見ていた。
巨大な格納庫。
その中央に、一機の人型機動体が立っている。
二十メートル級人型機動体。
《キジン》。
映像では何度も見た。
試合だって何度も見ている。
でも。
実物は、まるで違った。
見上げても、まだ頭がある。
腕一本だけで、自分の身体より遥かに大きい。
「これ……俺が動かすのか?」
隣に立つ教官が答えた。
「違う」
「え?」
教官は《キジン》を見上げた。
「お前が動くんだ」
「…………は?」
アキトはもう一度、巨人を見上げた。
この時はまだ。
その言葉の意味を、まるで理解していなかった。




